優しい悪夢
人生の転換期というのは予期せず来る、なんてそれっぽい事はよく言われるがあいつとの出会いは本当に突然だった。
「あー……悪いけどなんか食べれるもん恵んでくれへん? ウチもうお腹ペコペコなんよ」
「……誰だお前?」
なんの変哲もない日、その女は俺の前に腹を空かせて現れた。数多の防犯装置を無傷で突破し、店の奥で作業をしていた俺の前に────
「ん? ドウしたんヤそんな呆ケて? あぁ、ウチに見惚レてるンか。そリゃウチは可愛イからナぁ、一回クらいウーティスちゃン可愛イって言ッテくれてもエえンやで?」
「離れろ、こっちは困惑してんだよ……」
「むぅ、イけずやナぁ」
……どうしてこうなった。いや、なんでこうなったかは明白だ、俺が悪い。後ろ髪惹かれてやぶ蛇をつついた、それだけだ。
俺の目の前には百年前の亡霊がいる。いや、ここにいるのは百年前の後悔を写し出しただけのゴーストだ。
そのゴーストは俺から冷静さを奪うように俺の周りをグルグル回りながらまくし立てる。
「そリゃウチは魅惑ノ美少女ヤからなぁ、アンタみたイなウブな男はドギマギしテしまうのは仕方ナい事か。いやぁ可愛イって罪やな。あんたモそう思うやろ? あ、そうイうと反発するタイプやったッケ? いやぁすまんすまン。マタあんたを困らせてもウたわ」
深呼吸しろ。惑わされるな。心を落ち着かせろ。
「それはそウと、あんたはもっと表情は柔らかクした方がええで? そんなンやからウチが店の手伝いしタるまで客足ゼロやったンやで? ほら、笑顔笑顔」
これはあいつじゃない、あいつじゃ……
「……こラ、そうやって賢いフリするノはあんたの悪い癖ヤ。あんたの想い人はコこにおるんやからもっト素直になればええんやデ?」
……あぁ、そうか。今の言葉でわかってしまった。いや、元からわかってはいた。認めるのに時間がかかっただけだ。
「結局、お前は俺の記憶でしかないのか」
「……なンや、思ったより冷静にナるの早いなぁ。もっと驚いてくれててもええンやで?」
「なら甘言は考えるんだな」
お前が本当にウーティスなら俺が惚れていたことを知らない……知っていたとしても口に出すことはないはずだ。俺はあいつとの最後の日、いつになく真剣な表情をしてたあの誘いを断ったんだ。
……もしかしたらあいつは助けを求めていたかもしれない。それを俺はつまらない意地でその手をとってやれなかった。その時点で俺はあいつに顔向けしていいはずがない。こんなことしてる時点で今更だがな。
「結局は泡沫の夢ってことか」
「うちとシては覚めぬ夢にしたいとこロやけどな。うちらゴーストはこウして自我に近いもノを持てるのは奇跡に近イ、あンたの想いと理解が強い証拠や。おおきニ」
「煽ってんだろ」
少しだけ生気が抜けた表情でこちらに礼を言う。どうやらゴーストも面倒くさい生態をしているらしい、同情するつもりもないがな。
そしてこいつと話していて確信を持った、こいつらの生態は人類に害しかない。透明度が聞いてたより低いあたりこいつらの自我が強くなればそれだけ人類に近くなっている。つまり、ゴーストという悪意しかない生態を持った生き物が悪意に気付かれず紛れ込む可能性がある。
現に俺を惑わせ続けようとしてるあたり、憑いて殺す生態は形を変えつつも残る可能性が高い。現に最初と比べて幾分か声に混じるノイズが減ってきている。
「夢は覚めてこそだ。未練がましい悪夢なら、なおさらな」
俺は堂々と亡霊の目を見て宣言する。お前を殺すと、未練を断ち切ると。
ゴーストの生態だのなんだの色々理屈は並べたが……結局のところ、こいつは俺が後始末をしなければならない。
それを聞いたゴーストは失望したような目をしていた。
そこで悲しみを押し殺して笑わない時点でお前は偽物なんだよ、クソが。
「なら、うちらノ夢は否定されるんか? ゴーストが生きタいと思うのもダメなンか? ……それはいヤや。うちと共に終わらナい夢を見よウ。辛く悲しい、優しい悪夢を」
亡霊はウーティスを騙ることも、俺と語ることを諦めて敵対の意志を見せる。本来なら不意打ちで殺しておきたかったがこうなっては仕方がない。
宙に浮いた亡霊は魔力の仕込みを亡霊自身の周囲にちりばめる……想定はしてたがやはりこの戦い方はウーティスの戦い方そのものだ。だとしたらかなり不味い……それでもやるしかない。
後に響くが今あるリソースと周囲にあるものを全部使うつもりでやるしかない。集中しろ、集中……
その時だった、
「助けてアルコンさーん!!!」
「ぐはぁ!?」
背中に鈍痛、意識の外から繰り出された攻撃になすすべもなくうつ伏せに倒れた。いや、攻撃ではない。アホが俺に向かって突撃してきただけだ。
「助けてくださいアルコンさん! またユーナさんにお酒を飲まされそうなんですよ、ちょっと匿ってください」
「今それどころじゃねぇ……」
このアホは空気どころか状況すら読めねぇのか!? 俺を突き飛ばした後に背中をぺしぺしと叩いてきやがる。幸いゴーストからは魔力反応も消えているし攻撃してくる様子はない、今のうちにこいつを兎に変えた上で体勢を整え……
「あ、またイチャついてる! それならいっそお酒のんだらいいのに~」
「ぎゃー!」
くそ、余計な奴が追加された。メルルはちゃんとこいつらの面倒を見ててくれよ。とにかく今はそれどころじゃねぇ
「お前らどいてろ、俺は今からその亡霊を殺さなきゃならねぇんだよ……!」
「え、亡霊……ゴースト!?」
「ゴースト! 任せて私が……」
よし、さすがにゴーストともなればこいつらも危険性故に臨戦態勢に入る。その間に体勢を整えて……ん?
「おい、なんでお前らがゴーストを見て呆けてるんだ」
「「……彼女さん?」」
「違う」
こいつらは後でまとめて動物に変える。今決めた。この期に及んで俺の神経を逆なでする発言をするのはある意味尊敬する。それはそれとして後でシバく。
とはいえそれは今じゃない。アホ共が騒いでいる間、なぜかウーティスを模した亡霊は動く様子がなかった。嫌な予感がありつつも亡霊を見ると何故かこいつも呆けていた。
「今カノちゃンが二人……!」
「殺す」
そういえばウーティスも割とこっち側だった。なにをどう見たらこいつらが今カノになるんだよ? こうなったら全員まとめて吊るすか。
「あー……いろいろ言いたいことはあるが今は下がってろ。こいつは俺一人やる」
アホ共のアホさ加減に頭が痛くなるが今はそれどころではない。こっちのアホ二人を下がらせて改めて亡霊と相対する。亡霊も俺の意図を理解したのか少し恥ずかしそうに咳払いし、改めて敵対の意志を見せる。
「……大丈夫なの? なんだったら私が……」
「余計な世話だ。安心して後ろに突っ立ってろ」
酒カスのアホが助け舟を出してきたがそんなものはいらん。不本意だがお前らのお陰で頭は冷えた。
もう俺は過去に後ろ髪を引かれることはない。
「なンや、さっきまでと違っテ自信ありげやなイか」
「言ったろ、もう夢から覚める時間だってな」
「そんなこと言ってたんだイダダダダ」
生粋のアホにはお灸を据えておく。アホは死ななきゃ治らんとも言うが灸くらいは据えんと俺の気がすまん。
亡霊はそんな俺を気にも留めず不敵に笑う。
「喧嘩でウチに一回も勝ったコとない癖によう言うたナ! アルこン!」
ウーティスは宙に浮かべた魔力の塊から武器を取り出して俺に突き付ける。やはり俺が知ってる武器の一つで俺の知ってる戦い方だ。
それがどうした。だからこそ、この殺し合いは俺が勝つ。
出るタイミングを逃して物陰から様子を見てたメルル「あいつの女の好みわかりやすいな……」
なにかを察知したアルコン「違うが?」




