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峡谷を越えて

「ゼェ……ゼェ……」


「おーい、大丈夫ですかー?」


「ゼェ……ゼェ……」


「……駄目そうだね」


 いや~……うつ伏せのまま一向に動かないですね……走り続けたことがよっぽど堪えたようで今なら私がなにかしても反撃できそうにないですね。

 というわけでアルコンさんの背中をさすりさすりと撫でまわします。もちろん優しくですけど。

 ほーら、いやなら起き上がって私の頭でもなんでも掴んでくださいよふふふ……。


 結局のところ、峡谷踏破は何事もなく終えることが出来た。襲ってきたり周囲を飛び回ってるモンスターはアッシュさんに斬られ、洞窟や横穴に潜んでるモンスターは入り口からユーナさんのゴーレムを突入させて制圧してました。しかも走りながら。

 ミコトさんは斥候のメルルさんのお手伝い、耳か鼻かはわかりませんがご自慢のそれでモンスターの索敵をお手伝いしてるみたいです。ちょっと昨日の事が心配ですが彼女が頑張るというのなら私は見守るだけです。

 ……私? 走ってただけですが? 


「アルコンさーん、そろそろ動いてくださーい。イタズラしますよー?」


 ……返事がない、まるで屍のようだ。生きてるけど。

 アルコンさんも走ってただけですが予想していた通りもうバッテバテですね。濃い青の髪をいじっても動く気配がない。少し長めなのもあって髪いじりがちょっと楽しい。


「そういえば囮はどうなっている」


「峡谷突入してすぐくらいに自爆させたわ。さすがに遠隔で大量のゴーレムを操作するのは今の私には無理ね」


「なら生き残りが峡谷に来ていてもおかしくはないな」


「そういうことなら移動しておくか、休むにしてもここは不味いな」


 ホーロンさんとメルルさんの話し合いの結果、ここから離れたところで休息をとる事となった。ならば早いうちに移動しないといけないんだが……。


「おーい、移動するぞー」


「アルコンさんが動けませーん」


 未だに動く気配がないアルコンさん。曵様の大蛇に追いかけられた時以上に疲弊している。割と何でもできる超人みたいな方ですけどこれだけは明確な弱点ですよね、煽りがいがあります。


「担ごうか?」


「念のため勇者は手を開けておけ」


 体格の良いアルコンさんを担ぐには同じ男性で力持ちなアッシュさんが良いのですが襲撃された時の事を考えると一番の武力である勇者の手が塞がるのは良くないとホーロンさんは指摘する。

 話し合いの結果、ユーナさんのゴーレムに担いでもらうことになった。塩でできたゴーレムに担がせるのはあまり良くない気もしますがアッシュさん以外にアルコンさんを担げる方がいません。単純にデカいんですよこの人。


「大男の塩漬け……」


「お姫様抱っこの塩漬け……」


 ユーナさんと二人でこのアルコンさんが塩ゴーレムに抱えられているという奇怪な状況に対して率直な感想を述べる。持つにしてももう少し持ち方をどうにかしてあげれなかったのか……。

 アルコンさんの体に良いのか悪いのか少し心配にはなりますがひとまずはアルコンさんが動けない問題は無事解決しました。


「てめぇらあとで覚えとけよ……」


 アルコンさんはお怒りですけどね。覚えとけと言うならまずは体力を回復させてくださいね?






 このあとはモンスター達に襲われることなく順調にブランリーに向けて進むことが出来た。とはいえ本来の順路から迂回した上にそれまでは何度も襲撃されたのもあって思ったよりは進むことが出来ていないらしい。アルコンさんの体力切れもありましたからね。

 そんなこんなで気がついたら既に夕方。峡谷踏破がお昼頃なのであれから既に四時間くらい経過し、今は夜を越すために野営地の設営中なんですが……。


 ……いや、全く動けないくらいボロボロでしたよね……? アルコンさん?


「待って! なんでもう動けるんですか!?」


「うるせぇ! 移動中散々ふざけやがって!」


 まったく動けないくらいバテていたアルコンさんはもうすっかり元気になり私の事を追いかけてきている。数時間経過したとはいえ回復早すぎませんかね!? 道中はゴーレムに運ばれて休憩出来てたとはいえおかしいと思うんですが!? 

 ……え、私が移動中になにしたかって? 頬をつんつんしたり、大きな掌を揉んでみたり、髪の毛をいじったり、私の頭をなでなでするように腕を動かしたり……まぁ色々です。

 そりゃキレられるって? ……そうだね。


「謝りますから! そろそろご飯を作りたいのでそろそろ許してもらえると助かります!」


「俺の気が収まったら許してやるからさっさとくたばれぇ!」


「私になにするつもりだぁ!?」


 どうやら越えてはいけないラインをちょっと越えちゃったらしい。さすがにちょっとやりすぎたか。

 とはいえくたばりたくはないのでひょいひょいっと木の上に登り、アルコンさんから距離をとる。


「降りてこい!」


「ひえ……だ、誰でも良いので助けてくださーい」


 私からの救援要請に応じてくれたのはミコトさんとメルルさんだった。


「アル兄、そろそろその辺で」


「そうだな、いちゃつくのはそんくらいにしてくれ」


「いちゃ……!?」


 待ってください、これのどこがいちゃつきなんですか。私は断固抗議しますよ。


「……これが仲のいい戯れに見えるか?」


「そうですよ、いちゃついてなんてないですよ」


 ……なぜかアルコンさん以外の全員から奇異の目で見られた……なぜだ?


 制裁の件は皆様の仲裁もありなんとか丸い所におさまった。食事が終わった後に軽く済ませるという形に……結局人としての尊厳が削れることは免れなかった。まぁ怒りをそのままぶつけられるよりかは百倍マシでしょう。


 そんなこんなで私が作ったささやかな食事を取り、束の間の平穏を堪能した後にまた私は兎に変えられた。折角なのでユーナさんとマリーさんに目一杯可愛がってもらいました。少しユーナさんが困惑していますがこういうのは開き直った方がいいですよ?

 そうして変化が解けるまでの一分間、二人に目一杯可愛がってもらいました。小さな兎に変えられた上で自分より小さなマリーさんに可愛がってもらえたのはなんだか貴重な経験だった気がします。


「まぁなんだかんだ不思議な経験だったわ。疲れてるでしょう? お水ならここにあるわ」


「あ、ありがとうございます」


 気を使ってくれたマリーさんからお水を受け取り一口飲む……ん?水ってこんな味だったっけ? ん~……ま、いっか。のものも────






────……だーかーら! わたしにはみかんというなまえがあるのよあるこんさん! おかあさんがくれただいじななまえが~いっかいくらいみかんってよびやげれー!」


「離れろ酒臭い」


「やだー!」


「……ミカ姐が壊れた」


 ミカ姐が恥も外聞も捨ててアル兄に引っ付いている。本人が意図せず飲んでしまったお酒の所為で理性のたがが外れたようだ。アル兄に対する無自覚な好意が全面的に出た結果がこれらしい。


「うさぎは! さみしいと! しぬの! かまえ!」


「誰だこいつに酒飲ませた奴は」


「ふふーん! 私よ」


 心底嫌そうにしているアル兄の問いに答えたのはマリーさんだった。どうやら先ほど酒を水と偽ってミカ姐に飲ませたらしい。妖術で嘘を纏わせたからかミカ姐が気付くことなく飲んでしまったようだ。


「なら責任持ってこいつをどうにかしろ。鬱陶しい」


「えー……ま、しょうがないか。任せなさい」


 マリーさんに面倒事を押し付けたアル兄はミカ姐を無理矢理引きはがして森の中に逃げ込んだ。

 ……わざわざ逃げなくてもいいと思うんだけど。


「あ~……にげないであるこんさ……?」


 当然ミカ姐は逃げたアル兄を追いかけようとしたのだが途中で足が止まる。目的の人物は目の前にいるのに周囲を見渡し、何かを見つけたのか走り出しそれに向かって突撃する。


「にげるなあるこんさーん!」


「まってアタイは違……ぎゃー!」


 突撃した先はメルルさんだった。まったく想定していなかったのか突撃される直前まで受け止める体勢を取れておらずその小さな体が吹き飛ばされた。心配になって駆け寄ったが二人とも元気そうにしていたので一安心。

 そうしているうちにアル兄は森の中へと消えていった。が、今はそれどころではないのでアッシュさん達と一緒にミカ姐をメルルさんから引きはがす。


「あっはっはっはっは!」


「マリー!」


 少し離れたところで笑っているマリーさんにメルルさんが怒りを向ける。どうやらまた嘘の妖術でミカ姐を惑わしたらしい。アル兄から認識を逸らした後メルルさんにアル兄の姿を写してそこに向かうように仕向けたらしい。


「あるこんさーん……」


「あー……よしよし」


 アル兄と誤認しているメルルさんに対してミカ姐が泣きついている。メルルさんは諦めたのか誤認されながらもミカ姐をなだめて落ち着かせている。


 ……こう見るとミカ姐も普通の女の子だ。きっとオト姐みたいにちょっと強気なだけの普通のお姉ちゃん。

 だからこそ、時折ミカ姐が怖くなる。そんな普通のお姉ちゃんが自分の命を顧みず……いや、違う。自分の命を勘定に入れず……これも違う。ミカ姐は自分の命を軽く見ているわけではない。それでも誰かを助けたいと思ったら迷わず助けるだけ。手を差し伸べたが故に命を失うことになっても……。

 なぜそういう行動を取るのか、ミカ姐が心の奥底になにを秘めているのか……アタイにはそれがわからない。


「ミコト? なにか考え事?」


「あっ……いや、なんでもない」


「ふーん……」


 表情に出ていたのかユーナさんが心配そうに声をかけてくれた。考えてたといってもミカ姐の事だ。今は重要なことじゃないと雑念を振り払う。

 結局、どれだけ考えてもアタイを助けてくれたのはミカ姐だ。ミカ姐が抱えるそれにアタイが答えを出す必要はないのだから。


「思い悩むことがあったならお酒で忘れる?」


「いらない」

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