追憶 選定の剣は勇者の手に
「────今、アッシュが抜いたそれが聖剣よ。どう? いかにもって感じでしょ?」
「そうだな。重くて、素朴で、それでいて見栄えがいい。まさしくって感じだな!」
「おかしい……僕が知ってる物語だと聖剣はこんなあっさり抜けるはずが……」
「抜くだけなら誰でも出来るからね。さすがに聖剣を扱えるだけの筋力はいるけど」
オレは今、王都の外れの森に安置されていた聖剣を引き抜いた。様々な物語において聖剣とは選ばれし者のみが台座から抜けるとされているが、この聖剣は力さえあれば誰にでも引き抜けるらしい。
知っている物語と違うことにディナが落ち込んでいる。オレも少しばかりの困惑を覚えるが事実として割り切るしかないだろう。
聖剣を引き抜くことは特別なことだ。と、昔に彼女が物語の聖剣について楽しそうに語っていたことを思い出す。
「物語は所詮物語、尻尾はきらびやかに整えておかないとね」
「つまりは嘘じゃねぇか」
「そりゃ私は嘘つきの妖精だからね」
「どっちなんだよ」
「聖剣の妖精じゃないの?」
聖剣に宿る妖精、マリー。自称嘘つきの妖精である彼女は誇張してこそのフェアリーテイルだと存在しない自身の尻尾を撫でるそぶりをしながら語る。
聖剣の妖精か嘘つきの妖精か、メルルとユーナはどちらか明確にするべきと言っているがそれはマリー自身に合わせるべきだろう。つまりはどちらもということだ。
しかし、聖剣を引き抜くだけなら誰でも出来るというのならば、聖剣に選ばれたかどうかはどうやって判別するのだろうか。
「マリー。オレはどうすればいい?」
「そうね。貴方の正面に大きな岩があるのが見える?」
そう言ってマリーがオレの正面を指さす。しかし、オレの前は大きな岩と呼べるものはない。
マリーがまた嘘をついているのかと疑問に思っていると察した彼女が嘘ではないと訂正する。
「正面といってももっと先よ。ほら、もっと遠くを見て」
「すまん、どれだかわからん」
「私も」
「僕も」
「あー……もしかして妙に縦長の岩か?」
「そう、それよ。私でも見えないのによくわかったね」
「おい」
遠く、そう言われてじっと目を凝らすがやはり見当たらなかった。メルルはどうにか見つけたようだがマリーにも見えないものを見つけることが出来るのはさすがメルルだ。
近づいてみると確かに大きな長方形の岩があった。しかし、それ以外の特徴がない板って普通の岩だった。ただひたすらに遠く、先ほどの位置からおよそ2kmは離れているだろう。
「ま、これでここに岩があることはわかったよね。じゃあさっきの場所に戻るわよ」
オレ達は言われたとおりに元の聖剣が突き刺してあった台座の場所まで戻ってきた。
改めて大岩の方に視線を向けるがやはり見えそうにない。かなり遠く、ディナの魔法でも撃ち抜くのは難しいだろう。
「それじゃあアッシュが聖剣に選ばれているかのテストをするわよ」
「うむ、なにをするにしろ全力で事に挑もう」
「さっきの岩を斬って」
「……はい?」
オレ達全員から困惑の声が漏れる。岩を斬る、それ自体は聖剣ならば可能だろう。だが目視出来ないほど遠い所にある岩を斬れというのは冗談に思えるが本気で言っているらしい。
「……聖剣ならできるのか?」
「貴方が聖剣に選ばれているならね」
聖剣ならば簡単にできるとばかりに口角をあげる。ならば可能なのだろう。オレはそれを信じるだけだ。聖剣を一度地面に突き刺し体をほぐす。あるはずの大岩に意識を向け、精神を整える。
「どうすれば斬れる?」
「自分なら斬れると強く念じながら剣を振りなさい。剣は貴方に答えるわ。剣は振ったことある? なければ武芸の経験でもいいわ」
「剣術の基礎は修めてる。それだけと言われればその通りだ」
「十分よ」
聖剣を再び握り、地面から引き抜く。聖剣は見た目よりやや重く、振りぬくどころか持ち上げるだけでも少し苦労する。
「頑張れ、アッシュ」
「駄目だったら僕がやってもいいんだぞ」
「ディナじゃ振れんだろ……まぁ、王都訪問記念の挑戦だし気楽にすればいい」
「わかった。全力でいこう」
確かに今回の挑戦はあくまでついでだ。必ずしも勇者になる必要も、聖剣に選ばれる必要もない。それでもユーナの事を考えれば選ばれた方がいいはずだ。体質と意気込み故に聖女になった彼女を一人にしないためにも。
その意気込みを胸に聖剣を空高く持ち上げる。剣が太陽の光を受けて神々しく輝く。その輝きはきっと空をも簡単に切り裂いてしまえるとすら思える。
「詠唱のような準備はあるのか?」
「それはこっちでやるわ。私の言葉を反芻して」
「わかった」
聖剣を強く握り、はるか遠くの大岩に視線を向ける。この剣さえ振り下ろせば必ず真っ二つに出来るという確固たる意志を固めつつその時を待つ。
横目にマリーを見るとそれが分かっていたかのようにニヤッと笑った。そんなことをされたのならオレも返してやらなければと思いニカリと笑った。目と目も合い、なんとなくだがマリーと少しだけ通じ合えたような気がする。
あらためて大岩に意識を向けると同時にマリーは言葉を紡ぐ。オレもそれに合わせるように口ずさむ。
────我らが秩序は世界を偽典で紡ぐ
虚ろな夢、散りゆく幻、刹那に輝く灯火は泡沫の如く
幾千の空想は理想を廻り、我が剣は燦光と共に願いを宿す
さぁ、世界に語り継がれた嘘物語よ!語れ!笑え!世界を謳え!
紡いだ偽典はいつしか我らを導く正典へと至らん!
斬滅せよ────
────キャリバーン。大岩を縦に切り裂くようにオレが聖剣を振り下ろすと共にマリーはそう宣告した。それがこの聖剣の名らしい。
あの大岩を二つに切り裂く意気込みで振り下ろしたのは良いが……本当に斬れたかどうかがわからん。ぎりぎり大岩を視認できていたメルルに聞いてもよくわからないらしい。メルルにもわからない以上近づいてみるしかなさそうだ。
とはいえ、なんとなくだが斬れたという確信がなぜかあった。衝撃波が出たわけでもなく、特殊な光が放たれたということもなく、目に見えたなにかがあったわけではない。それでも、斬ることが出来たと宣言することが出来る。
その確信は心のうちに秘め、軽い雑談をしながら答え合わせをするためにオレ達は大岩へと近づいた。
「……おめでとう、貴方は聖剣に選ばれたわ」
「どうやらそうらしい。実感はわかないがな」
先ほどまでなかった小さな隙間が一本縦に出来ており、それでいて倒れることなく二分された岩が直立していた。オレは間違いなく大岩を斬ったのだ。
「おめでとうアッシュ。ふふ、もう少し喜んでもいいと思うよ?」
「まだあまり実感がな……だが、ユーナを一人にすることはなさそうだ」
「……変な言い回し」
からかうような表情で祝福してくれるユーナにオレは考えていることをそのまま話した。それを聞いたユーナは少し照れくさそうにしていた。
少し甘酸っぱい雰囲気がオレ達を包んだがメルルがそこに割って入ってきた。
「おめでたいのは山々だがそこの二人、あんまりディナの前でイチャイチャしないでくれ。癇癪を起こす」
「聖女がなに……勇者がなに……皆の中じゃ僕が一番凄いんだもん……昔二人が言ってたもん……」
「あーもう……ディナは凄いから! 偉くはないけど可愛いしカッコいいから!」
「なんで偉くないって挟んだ?」
ユーナが聖女に、オレが勇者に選ばれたことでディナの心に傷がついてしまったようだ。天才少女と呼ばれていた彼女にとって何にもなれていない事がプライドを刺激してしまったらしい。ディナはオレ達の中で一番若いし魔法の才能も村の中では追随を許していない、焦る必要はないと思ってるんだが……ディナはそう思わないようだ。
その様子を見ていたマリーは微笑ましそうに、それでいて少し羨ましそうにしていた。
「ふ~ん、仲が良いのね」
「あぁ、オレの大事な友達だ」
「いいんじゃない? あの子はちょっと心配になるけど」
マリーからも心配の声が上がる。確かにこのままだと良くないことが起こる気もする。が、選ばれた側のオレやユーナが下手に逆効果だろう。こうなってしまった以上本人とメルルを信じるしかない。いつかディナが卑屈になることなく前を向けるようになる日をオレは願う。
「あ~……勇者が現れたのは本当に久々ね。やっと私もここから離れることが出来る。やりたいことがいっぱいあるのよね」
「なら今からでもやりたいことをやろう。オレは付き合うぞ」
「自由な時間はそこまで多くないけどね。事前に言ったけど貴方はこれからモンスター討伐、ひいては魔王を倒して世界を救う……いや救わねばならない責務があるわ。貴方の人生全てを使っても成し遂げられる保証はない、それでもかまわない?」
「あぁ、覚悟は出来てる」
オレはそう宣言し、横目にユーナを見る。彼女が世界に選ばれ、その身を捧げるというのならオレは喜んで剣を握ろう。それがユーナを一人にしないためならば。
「それにしても、今代の聖女と久しぶりの勇者が同郷か~……国王と教皇が知ったら目の色を変えるんじゃないかしら?あの二人って下世話な話好きだしね。今から報告に行っちゃう?」
「……なんか余計な話を聞かされたんだが……全員今の話は忘れていいからな」
「あ、私嘘つきだからそこのところよろしくね?」
「おい、今までの話をどこまで信用すればいいんだ?」
「さぁ?」
「アッシュ、早いうちにこいつを締め上げるべきだぞ」
「ハハハ……」
これが聖女に選ばれたユーナの付き添いでオレ達が王都に訪れ、そしてオレが勇者に選ばれた時の話だ。
────終わらない物語、その舞台に上がるきっかけとは案外偶然によるものなのかもしれない。それでも聖女として生きることを定められたユーナを一人にさせたくない、そんなオレにとってこれは渡りに船だった。それが苦難の道だとしても、俺を塗りつぶしてくれた色彩豊かなユーナの色を守れるのなら────
まぁ、これは誰にも話すつもりはないがな
こんな調子だが普通に超優秀なディナちゃん
アッシュとユーナが特殊な才能持ちならディナは天才
ユーナに魔法を教えてるのもディナ
だからアッシュとユーナは年下のディナのことを一切見くびってない




