曵様がもたらす祝福
「すいません、イネさん。いつからいました?」
「ちょっと前からよ。具体的にはミコトちゃんがちっちゃな猫になったくらいからかな?」
「それなりに前からですね……」
少なくとも天様とお話しする前から居たと……いつ、どこから見てたんですかね……?
イネさんは私を見てフフフと誤魔化すように笑う。どうやってか私の思考や感情を見透かされているような、狐につままれてる感覚……やはりこの人は苦手です。
「それに、私だけじゃないわ」
「イネさんだけじゃない?それって……」
もしかして……と、イネさんと行動を共にしている方に見当がついた時、それを肯定するかのように黒くて重い煙に包まれたかのような感覚に呑まれる。
私はこれを知っている。つい昨日のはずなのに、どこか懐かしくすら覚えるそれを纏いし者はイネさんの背後から私達に歩み寄る。
「……良い余興が見れるとイネに連れられたが……まぁ、気分転換としては悪くないな」
「え、曵様……」
この声と重圧の主は曵様だった。昨日、私の粗相で崩したであろう体調はすっかり回復しており、初めてお会いした時となんら変わりない様子である。
昨日の件もあって少し気まずい、目は泳ぎ、とっさにアルコンさんの後ろに隠れてしまった。礼儀知らずだとは分かっていても私には耐えられなかった。
「俺を盾にするんじゃねぇ……」
そういって私の襟首をつかんで私を曵様に突き出す。抵抗しようにも体格差のせいでどうしようもない。そしてアルコンさんは私を放置して天様とお話を始めた。
助けて……
「えっと……その……お体は大丈夫でしょうか?」
曵様の前に放り出された私は自分の気持ちを誤魔化すように、逃げ出した後の事を尋ねる。
「……ミカンよ。我は貴様に心配されるほど弱くはない」
「あ、すいません……」
……気まずい。やらなければならなかったこととはいえ私は曵様を攻撃した。その私がこうして対面しているのはかなり不味いのでは……?
「貴様はすでに我の眷属ではないのだ、好きに威張れば良い」
「……そういう訳にはいきません。それに、私はあくまでも巫女ですので」
私は世空様に仕える巫女ですが、それは他の神様を貶していい理由にはなりません。眷属になったりは出来ませんが、一人の巫女として、曵様に正面から向き合おうと……ん?
「……っ!」
よく見ると、曵様の後ろの木の陰に誰かの姿が見える。外見は成熟した女性、それこそイネさんより年上のように見えるが、肌の一部が鱗の様に変質しており、目も人のそれではない。私にはその目に覚えがある、まるで蛇のような……
私の視線に気づいた彼女は怯え、慌てて隠れる。それに気づいた曵様は私に答えを投げかける。
「どうした、其奴は我の眷属。人見知りは生来のもの、故に放っておけ」
「……どうして、彼女の肌と目は変質……蛇っぽくなってるんですか?」
「なに、我の眷属として祝福を浴びたのだ。むしろ其奴は元の姿からさして変わっておらぬ」
えっと……つまりですね? 下手すると私もあんな感じになってたと? 体が変質……それこそ、彼女以上もあり得ると……
想像してしまったあり得ない未来を見なかったことにしつつ、この世界のこれからの未来のために、私は曵様に大事なお願いをしなければならない。
「曵様、私は……」
「言わずともよい。彼奴が我を襲わぬというのなら『我は』それで良い。言われるまでもない」
私の意志を読み取った曵様は、我は許すと言った。逆を言えば曵様以外……生き残っているはずの神様達は許すかは別問題。そうおっしゃっているのだろう。
なので、私はもう一つ先、必ず引っかかる問題について意見を述べさせてもらう。
「では、その先を見据えたお願いをさせていただきます」
「……ほう」
「曵様にはミコトさん達の保護……いや、違うか。生き残った神様方との懸け橋になってもらいたいのです。隠れて、生き残った神様方はミコトさんを恨んでいると思います。そこで、曵様ほどの力のある神様に仲裁していただければ……。それくらい、ここの瑕は大きいはずです」
両膝を揃えて膝を折り、両手を揃えて地面に添えて頭を下げる。
「お願いします」
無礼なのは重々承知です。それでも、その役目を担えるのは曵様しかおりません。少なくとも私は曵様しか知りません。
「……我に仲裁を願うか。神に願うならば、我は貴様に対価を求めなければならない」
曵様は冷たい声で、それでいて暖かい視線で私に問う。
「我の眷属になれ。それが対価だ」
ミコトさん達と神様方の停戦及び和平の仲裁をする代わりに私が生贄になれ……そういう要求だ。私を脅し、試しているのだろう。
だからこそ、私は笑顔でこう答える。
「それに私がどう答えるかは……曵様が一番知っていますよね?」
私はミコトさん達の平和という願いを勘定に入れたとしても曵様の眷属になることは出来ない。それを曵様は理解した上で問いかけている。
だからこそ笑顔で、その問いに答えるつもりは無いと返す。
「……然り。試す真似をしたが、それでも貴様は道理を貫いた……よかろう。仲裁の手助けくらいはしてやろう」
「ありがとうございます!」
曵様の答えを受け、私は深く頭を下げる。
仲裁を受け持つ。曵様からその約束を引き出すことが出来て一安心だ。これで全部解決……とはならないにしても、きっとここから少しずつ良くなっていくのだろう。
話に一区切りがつき、少しの静寂ののちに曵様は私に語りかける。
「……ミカンよ。貴様には二つ渡さねばならぬものがある」
「……伺います」
曵様は背後で怯えている体が変質している女性に目配せをする。それに気づいた女性は慌てて何かを抱え、小走りでこちらに近づいてくる。
彼女が抱えているものは、科学技術が殆ど進展していなそうなこの世界から浮いている、統一規格感のあるカバンだった。……ん?
「あ! 私の荷物!」
「失せ物だ。貴様のだろう」
「はい! 私のです!」
ミコトさんに襲われた時にそのまま置いてきてしまったのですが……まさか戻ってくるとは。感謝します。
私は喜びそのままに荷物を眷属の彼女から受け取る。受け取る際、彼女から妙に睨まれたというか……嫉妬のような感情をぶつけられたんですが。え、私悪いことしました? というか荷物が少し軽いような……?
「……もう一つは?」
「そう急かすな、受け取れ」
そういって曵様はナニカを投げた。私はあわてて荷物を置き、空いた両手でそれを受け止める。
曵様が渡してきたそれはからっからに干からびた物で、私にはそれが何かはさっぱりわからなかった。
じっくり観察しても判別出来なかった私は、恥を承知で正体を伺おうとしたその時、一瞬にして黒い何かが私を覆った。黒い何かは一瞬で消え……と、いうよりかは私に吸い込まれた。
私は何が起きたかわからなかった。それでも、あんまり良いものではないという事だけは理解できた。
「それは我の呪いだ。なに、貴様ら次第では益にもなり得るものだ。大事にするとよい」
のろい……呪い!? え、それは宜しくないものなのでは……?
唐突に突きつけられた呪いのせいで状況がさっぱり呑み込めず、唖然としている私に曵様は最後の言葉を紡ぐ。
「……また、我に会いに来い。それだけだ」
「……はい」
曵様は再会の命令だけを告げて踵を返し、御付きの女性と共にそのまま森に消えていった。私は別世界の人間だ、それを知ってか知らずか、再び私にこの世界を訪れろと命じた。
それならば、私はそれに答えなければならない。アルコンさんを元の世界に送り返して、私が自分の力を制御できるようになったらですが……いつになるかな?
一分後、荷物の中から食料だけが全て無くなっていることに気付いて叫ぶことになるのはまた別の話。
「……曵様? ちょっとお話が……」
「美味であった」
「そういう事ではなく……」
ちなみに曵様が投げてきたものは『昨日復活した後に襲撃してきた奴等を呪い殺した遺体』。それに特製の呪いを付与して蜜柑に渡してます。
なんてものを……




