異世界から現世、現世から異世界
「おーはよーございまーす!」
「……もう少し寝かせろ……zzz」
翌朝、あの後すぐ寝てしまった私と違って夜更かししてたらしいアルコンさんを起こすだけ起こす。一日経ったら勝手に戻ってたとかもなかった。戻ってたら楽だったんだけどね?
起きようとしないので耳元に衝撃を増幅させるお札を貼った目覚まし時計だけ置いて私は境内の掃除を始める。お札を貼って爆音になった時計は掃除が終わる頃にはちょうど鳴り始めるだろう。目覚まし時計が鳴るかアルコンさんがその前に起きるかの勝負、どちらが勝つか楽しみにしつつ境内の掃除を進める。
境内の掃除は私にとって朝の日課であり世空様の領域であるこの神社を綺麗にする大事なお勤め。巫女として世空様に奉仕し、無代神社を清らかに保つための重要な仕事、掃除をすることで私の心も綺麗になる気がするから私はこの時間が好きだ。
丁寧に、かつ迅速に、おかあさんと二人で境内全部……は、さすがに無理なので曜日ごとのローテーションで掃除する場所を決めている。今日は参道及びその周辺の掃き掃除と狛犬さんの拭き掃除。……時間が余ったのでついでに草むしりもちょっとだけ。
何事もなく清掃も終わり、朝ご飯の呼び出しついでにアルコンさんvs爆音時計の対戦結果を確認しに行く。さて、そろそろゴングの時間だが……お、鳴った鳴った。
『Giriririririririririririr!!!』
「うるさ!誰このうるさい時計鳴らしたの!」
私です。自分で鳴らしといて自分でうるさいと言ってたら世話ないよね。
耳を塞いで爆音に抵抗しつつアルコンさんが寝てる空き部屋を覗く。さて、結果は……
「あれ?居ない……?」
アルコンさんはいない、ということは既に起きてどこかに行ってしまったようだ。ということはアルコンさんの勝利という結果で確定。アルコンさんの生活リズム次第ではあるがさすがに7時ともなればもう起きる頃か……とりあえず目覚まし時計は止めておこう。
ところで肝心のアルコンさんはどちらに?
「……実は行動読まれてて逆に見られてるとか?」
隠すつもりもなく堂々と目覚まし時計を置いたからバレてるかバレてないかだとバレてても全然おかしくは無いんだけど……、こういう時に後ろ見たら切れたアルコンさんが立ってたりしない? ……しないか。じゃあどこに?
考えても仕方が無い、とりあえず朝ご飯食べに行くか。既におかあさんが用意してくれてるはずなのでそれを食べてから探しに行こう。アルコンさんを元の世界に戻す方法を模索するのはその後にでも……というわけでキッチンに来たのだが……。
「……何事もなく普通にご飯食べてた」
「(モグモグ)……?」
「変な事やってないでご飯食べなさい」
「はーい…………いただきます」
なんでこんなに馴染んでるんだこの人は? 長年ここに住んでますよーみたいな雰囲気醸し出してジャムを塗った食パン普通に食べてるの? ここの家の人どころかこの世界の人ですらないですよね? 馴染みすぎでは?
あとおかあさんはこの状況でも平然としすぎじゃないかな? おかあさん視点だと正体不明の謎の大男だと思うんだけど……おかあさんだしそういうものか、私も見習わねば。
というわけでなんか適当に話題を振る。
「……アルコンさん」
「……なんだ」
「手慣れた感じで食べてますけどパンってそっちの世界にあるんですか?」
「ある。が、こっちのパンは少ししっとりしてる。……まぁ、悪くないが昨日食べた白米とやらの方が美味かった」
「なるほど……やっぱりこことは違う異世界だと食糧事情も違うんですね。……お米を知らないのに箸は普通に使えるんですね? 初めて使ったと聞いたんですが?」
「使い方さえ知れば何とでもなるだろ」
「……人生で嫉妬された経験は?」
「ある」
私が初めて使った時は慣れるまで結構時間かかったんだが……やっぱりそういう人はいるんだなぁ。天からもらった才と書いて天才、私もそんな人間になりたいもので……あ、世空様から何かしらの才が欲しいと言ったら怒られそう。真面目に頑張ります。
そんな感じのノリで朝ご飯を済ませ、アルコンさんを元の世界に戻す準備を始める。
巫女服に袖を通し、髪を纏める。別に巫女服を着る必要は無いがこれを着て気を引き締める。なんとなくだが異世界に干渉する能力は明確なイメージを持つことが重要そうなのでとりあえず形から入るのは悪くないと思う。折角なので神楽鈴も倉庫から取り出そうかとも考えたがさすがに踊りながらだと上手くいく気がしなかったのでやめる。
一通りの準備を整えた私は魔術書を携え本殿の前に移動する。
「……外でやるのか?」
「ちょっと嫌な予感がしましてね……」
ちょっとした懸念点、それは魔術書に書かれた『渦』である。可能性としては色々あるがもしこの渦がワープゲート的なものだった場合室内が大惨事になること請け合いなので外ですることに。本殿前なのはここが一番人の目に付かずかつ広かったからだ。あまり人が来ない神社とは言えさすがに拝殿前でやるわけにはいかないので……
「それではアルコンさん、少々時間を頂きます」
「元の場所に帰れれば少しくらいは気にせん。それよりまず……お前が出来るのか?」
「大丈夫です!来る道があるなら帰る道もある。世空様のご加護ある限りアルコンさんは元の世界に必ず帰れます!」
「……」
……なんですかその疑心に満ちた目は。私はいいとして世空様を信用できないと申しますか。ここは本殿前なので世空様の御前ですよ、そういった目は止めていただきたい。
「……そもそもその加護とやらの所為で俺はここにいるはずだが?」
「それは私が失敗しただけです、世空様は何も悪くありません」
「……随分と神に都合がいいんだな」
ここで突っかかったら時間を浪費するだけになりそうなのでアルコンさんの発言は置いておきます。そもそも習得及び習熟が出来てない状態の事故……うん、事故です。つまり未熟な私がやらかしたってだけなんですよね。未熟な錬度で責任の取り切れないことはするな、という教訓は得ました。
さて、いい加減始めますか。
「では、始めます」
目を閉じ、足を揃え、集中する。
今回はアルコンさんを拉致ってしまった時とやることはあまり変わらない。しいて言うならあっちの世界からこっちに持ってきた時とは違い今度はこっちからあっちの世界にアルコンさんを送り出すイメージを持つこと。
私の中にある霊力を呼び起こし本殿前の何もない空間に集める。その霊力を異世界に繋げて道を作るイメージを描く。異世界への手応えを探りながら……。
────────集中し始めてそれなりの時間が経過し、ついに手応えを見つけたのはいいが……。
「……なんか……違う?」
「なんかって何だよ」
なんかとは……なんかです。自分で言うのもアレですが曖昧過ぎる……。何と言いますか……アルコンさんを引っ張って来た時と感触が違う気がする……で、いいのかな?引っ張って来るのと道を作るのとでは根本的に違うからと言われればそうなのかもしれないが……うーむ。
これ以上無駄な体力の消耗もよろしくないのでとりあえずこの手応えでやってみますか。
「というわけでー……開け!」
ゴマ!……とりあえず言っとけ魔法の呪文。これの元ネタよく知らないけど皆使うよね。
さて、肝心の異世界への道だけど……。
「……なんか出ましたね」
「さっきからあやふやだな、お前」
何もかもあやふやですいませんねー! ……現状自分の存在意義すらあやふやなのでは?今の所迷惑しかかけてないぞ?
それはさておき、手応えを軸に道を作ろうとしてみた結果、何かが出た。なんかワープゲートみたいな変な渦。というか本当にワープゲートでしたね。部屋でやらなくて良かった。PCとか漫画もろもろ異世界送りとかシャレにならないよ。
ちなみに疲労度に関しては昨日ほどでは無いが結構疲れた。慣れたらもっと楽にできそうではあるが……現状はこんなものだろう。
「……これで本当に戻れるのか?」
「おそらく、少なくともこれに入ったら死ぬとかはないかと」
「……出来ればネズミあたりの動物がいればよかったんだが、即席でもいいだろ」
……私をネズミにする気ですか?と思ったが違うようだ。何処からか拾ってきた蔓の先に石ころを縛り付け投げ入れた。
「……これもしや安全かどうかチェックしてます?」
「そうだな。……正直信用できんしこっちでやれるだけやる」
ぶっちゃけ私も初めての事なのでそうしてもらえると助かります。
「……石を入れても引き込まれはしない。引っ張り出そうとすると全く動かん。微動だにしない……か。『魔法・ω』……渦の先は完全に解析不能……マジか……解析で理解出来んことはたまにあったが魔法そのものが効果無しは初だな……」
……あんまりよろしくなさそうですね?
少なくとも一方通行ということだけは私にも分かる。それ以外はさっぱりですね。
「もしかして失敗……ですか?」
「………………いや、おそらくは成功してる……はず。確証はない」
「……その根拠は?」
「解析が出来ない事。仮に中で悲惨な状況になってる場合は解析そのものが失敗したりそれ相応の解析結果が出る。こことは異なる世界に転移したとなれば解析不能になるのも分からなくはない……が、逆にそこ止まりだ。それ以上推察する根拠がない」
なるほど……解析不能なのが逆に成功の保障になると……保障にはなってないか。分からないけどとりあえず最悪の状態ではないということが分かっただけか。……不安だな?
「……一つ聞かせろ、お前のこの魔法はなんだ」
急にどうしました?なんだと言われましても……。
「あの本に載ってあったものですけど……アルコンさんもそれは見ましたよね?」
「あの落書き見ただけでこれが出来るなら今頃世界は拉致被害者だらけだ」
「う゛っ」
「少なくとも俺の周りにはこんな事出来る奴はいなかったしこれに関しての著書も見たことがない」
そう言われればそう……なのか? でも事前に霊力の感覚を掴んだからこそ出来た事だと思いますし……でもでも感覚を掴めば誰でも出来るなら世界は拉致や神隠しの事例で溢れてるかも……? うーん……。
「そちらの世界には無いこの世界特有の力と言う可能性は……」
まず世界毎に同じ法則が適用されてるとも限らないのではないか?そちらの世界に居なくても、こちらの世界には探せば意外と沢山いる可能性も……。
「お前の魔力特性が特殊というのが有力だが……、前提条件が不足してるのにこれ以上考えても時間の無駄だな。……ほら、持て」
「え、なんですかこの荷物」
なんか結構な大荷物持たされたんですけど何ですかこれ?……ん?よく見たらこのリュックの中身私の衣服とか保存食、お札とかスマホ等もろもろなんだけど……というかアルコンさんが私の首根っこ掴んでるんですけど……いろいろとなんで?
「……あのー、出来れば説明して欲しいんですけど……」
「大前提としてあれの先が俺が住んでた場所である確証がない。その場合お前がいないと話にならん」
「それはそうですけど……だからって急に連れて行かれるのは……」
私にも色々準備ってものがありましてね、そういうことするなら前日かせめて朝の時点で言っておいてほしかった。朝からやり直しませんか? 心の準備が……。
「……安心しろ、柊さんに話は通してある」
「ふぇ!? なんか知らない間に話が進んでるんですけどー!?」
おかあさーん!?
ちょっとおかあさーん!!?
私に話が通ってないんだけどおかあさーん!!!?
「うおー! 離せ離せーはーなーせー!」
うーん、今更慌てて暴れてももう遅いよねこれ。首根っこ掴まれて宙に浮いた状態じゃじたばたしてもどうにもならない、猫か私は。そもそもアルコンさんの力強くない?大男ではあるが私を片手で持ちあげれる筋肉量には見えないんだが……あ、強化魔法みたいなの使ってるならあり得るのか……いやそれどころじゃない。助けて。
「さて……一蓮托生、旅は道連れ、死なばもろとも。とりあえず試してみるか……いくぞ」
「助けて世空様あああぁぁぁぁぁあああ!」
おかあさんには裏切られ(?)、世空様への願いも届かず、私とアルコンさんは共にワープゲート的な何かに身を投げ入れる。
その中で落下し続けたり不思議な感覚に囚われる……なんてことも無く、私達はすぐに草木生い茂る地面と再会することになる。
「いだぁ!!!」
「お……っとと。意外とすぐだったな」
私は既に二つに割れてる臀部が地面と激突し、アルコンさんは体勢を立て直し綺麗な着地を見せた。……思いっきりぶつけてお尻が痛い。
「親公認の誘拐の上でお尻も打ち付けられるとは……」
私達が通ったワープゲートはすでに消滅しており逆走することは出来ないようだ。一応ワープゲートに入る前から分かってはいたがこれで一方通行という確証は得た。つまりは私が居た世界に戻るにはもう一度私が居た世界にワープゲートを繋げなければならないというわけだ。ちゃんと繋げて帰ること出来るのかなぁ……という一抹の不安が思考によぎるが今の問題はそこではない。
「さて……何処だここ?」
「少なくとも家があるようには見えませんね……辺り一面全部森です」
「せめてもっとましな所に繋げやがれ……!」
「ごめんなさーい」
アルコンさんの家に直通……とはならなかったようだ。それが一番早かったんだがそうはいかないらしい。とりあえずお尻に付いた泥を払い起き上がる。アルコンさんの怒りゲージがちょっとずつ上昇してる事からは目を逸らす。
それにしても何処を見ても木だらけ、どうやらどこかの森の中のようだ。薄暗くじめじめしており見通しも悪い。普遍的な木しか生えておらずもはやここが異世界かどうかの確信すら持てない。
「どーしましょーかー……」
「俺がいた所かお前がいた所か、そのどちらかでもないか……確信が持てれば良いんだが……」
正直なんの準備も心構えもしていなかったから何をすればいいかさっぱり分かんない。いや、こういう時の為の文明の利器かな!早速荷物の中から取り出して……電波が来てない。インターネットに繋がれば色々出来たんだけどねー、そう都合よくはないそうで……役立たずの板切れは電源を切って仕舞っておく、今は役立たずでも私の世界では大事なものなので失くしたり壊すわけにはいかない。
「……とりあえず川を探すぞ、何するにしても川か水源は見つけておきたい」
「了解です!山歩きは慣れてるので任せてください!」
「最終手段はお前を鳥に変えて空に飛ばす」
「え゛」
川が見つからないとまた私が人間を辞めないといけなくなるらしい。今度は豚ではなく鳥にされるようだ、立場的に難しいのは置いておいてこの扱いには断固として抗議しないといけないのでは? ……というかそれ以前に本当に空飛べるの? 豚にされた時ですら自然に立つことが出来なかったのに飛べと? 人体には跳ぶという機能しか搭載されてないですが?
そんな不安はあっさり見つかった川の水と共に流れていった。とりあえず最低限の目標は達成できて一安心だ。川さえ見つかれば出来る事も大きく広がる、はず。アルコンさんの世界の技術で何が出来るかは知りませんけど。
「次はどうしますか?」
私には山を走り回る事は出来てもサバイバルをする知識は無い。そういう時は余計なことはせず賢いアルコンさんに任せる。
「俺もこの手の知識は無い」
アルコンさんも無かった。どうするんですかいきなりお先真っ暗ですけど……この調子で私達は無事に帰れるのだろうか……せめて何かとっかかりがあればいいんだが…………。
ん?今なんか視界の端で動いたな? 動物でも十分な足がかりだ、捕捉しておきたい。
「アルコンさん! 今川の上流の方に何かいました、追いませんか?」
「……お前が見かけたってのはあれか?」
あれ?どうやらアルコンさんも何かを見つけてたらしい。指を差した上流側の川の中を確認すると毛むくじゃらの何かが泳いでいた。緑色の毛と体表に水かきらしきものが付いた手足、甲羅のようなものを背負っている?そ して、何より特徴的なのは……。
「白い円形の頭頂部……? もしかして、河童……?」
「『Κ』?」
確信は無いがアルコンさんは多分違うものを連想してる。
「えーっと、河童というのは妖怪と呼ばれる人ならざる存在の一種で工事の手伝いなどの人と友好的な逸話もあれば人を川に引きずり込むといった悪事をする逸話も存在する妖怪ですね」
「ふーん……セイレーンと似たような怪物ってことか」
セイレーン……ってなんでしたっけ? 聞いたことはあるんですけど……。
「私達の世界ではあくまで伝承上の存在です。少なくとも私は見たことありません」
「俺はそもそも知らん、聞いたことも初めてだ」
私の世界にもアルコンさんの世界にも居なかった存在が今こうして目の前で泳いでいる、ということはだ………………。
ここはそのどちらでもない、さらに別の異世界に来てしまったということだ。
「…………どうしましょうか、これ」