良縁すなわち奇縁なり
逃げた(私視点)おかあさんを捕まえて事情を説明してから改めて拉致してしまった人に土下座をする、と言うかおかあさんに土下座させられた。具体的には頭を掴まれてそのまま地面におでこを押し付けるような感じに……いや、別に押さえつけられたわけではないが気が付いたら既に引っ付いてた。何を言ってるかよく分からんと思うがこれがおかあさんの圧という奴だ、多分。
「……」
「……」
「……」
……誰も喋らない。これどうすればいいんだ? おそらくおかあさんはこのまま動かないだろうし私が拉致ってしまった人もこの状況に困惑してるのか何も切り出さない。ということは私が動くしかないのか?そもそもの発端は私なので私がどうにかしないといけないのは当然か。
「えーっと、そのー……」
「「……」」
「今更で申し訳ないのですがお名前を教えていただきたいのですが……あ、私の名前は『巫 蜜柑』と申します……ちょっ、おかあさん、それ痛い……」
私の頭におかあさんの親指が食い込む。今回は圧ではなく確実にぐりぐりされている。
名前くらい聞いとけというのはそうなのですが話の流れ的にお互いの名前を聞くタイミングが無かったから仕方がない、これは不可抗力という奴だ。
「……『アルコン』。ただのしがない道具屋だ」
「うちの子がごめんなさい、後できつく叱っておきますので。……私は『巫 柊』、無代神社の巫女で一応神主も兼ねてます。簡単に言えば巫女も神主も神に仕える職ですね」
「アルコンさん!一応私も巫女です!あ、待って痛い痛い痛い」
おかあさんの親指がさらに食い込む。というか若干爪立ててない?私そういうの良くないと思う。私の頭蓋骨にヒビ入るよ?
「神……ねぇ。悪いがあんなのを敬う気にはなれん」
「あら。無神論の方ですか? この神社の巫女としては残念ですが個人としては別にそういうのも否定は……」
「……神はいるだろ。神を敬う気が俺には無いってだけだ」
「で、でしたらこの機会に世空様をあがぶべぃ!」
顔をあげて世空様の事を布教しようとしたら怪我しない程度の勢いでおでこを床に叩きつけられた。まぁちょっと待ってよおかあさん。世空様を崇めるか崇めないはまず世空様の事を知ってもらうのが大前提だと思うわけで、それならおかあさんの代わりに世空様にまつわる伝承を一から語ろうとしたわけで……だめ? だめか……。
「せめて良縁祈願のお守りだけでも……」
「お前も懲りないな……」
私は間違ってない、おかあさんが間違ってるとも言わない。矛盾してるようにも思えるが多分これで正しい……と思う。
とは言え、おかあさんは信教の自由を尊びすぎなのではと思うわけで、そりゃ無理強いは良くないが世空様に仕える巫女である以上もう少し積極的になってもバチは当たらないのでは?ただでさえど田舎で人がたまにしか来ない僻地なんだし……。
「こほん。蜜柑の折檻はこのくらいにしてそろそろご飯にしましょうか。アルコンさんもいかがですか?」
「そうさせてもらう」
「おかあさん、今日のご飯なにー?」
「蜜柑の分はアルコンさんに渡すから冷蔵庫から余り物食べてなさい」
「横暴だーっ!」
本来は私とおかあさんの二人分の食事で十分なのにアルコンさんが増えたとなれば一人分足りなくなるのは当然で、じゃあ誰が飯を抜かれるかとなれば私であるのはもはや必然である。飯抜きと言われなかっただけラッキーかもしれない。尽きた霊力と溜まった疲労を回復するには食べて寝るのが一番簡単で確実で、飯を抜かれるのは結構死活問題になりかねないというわけだ。アルコンさんを元の世界に戻すためにも霊力は回復させとかなければならない。返し方分かっても霊力が足りません、そんな笑い話はご遠慮したいものだ。
というわけで冷蔵庫を漁り、冷凍されたご飯と余り物のおかずを少々、あとはお茶漬けの素と貰い物の胡瓜を拝借しこれをもって即席晩御飯の完成とする。適当に見繕ったわりには上々ではなかろうか? 本来のご飯、味噌汁、魚、肉じゃが、漬物と比べたらさすがに劣るが十分だろう。とりあえず電子レンジに冷凍ご飯を放り込みその間にお茶の準備を……。
何故かは知らないがアルコンさんがこっちを見てくる。何故だ、少なくとも今は何も粗相はしていないはず……!
「……気にすんな、お前の事は見てない。後ろのそれを見てる」
「あ、そうですか……一先ずご飯を先に食べてください。ご飯粒を残しては駄目ですよー」
「それもそうだな」
確か道具屋と言ってたし未知の道具が気になるのかな? ……というか道具屋ってなんだ? メカニックゴーグル付けてたし技術系の職業? 魔法で動く道具とか整備するのか? 分からんし後で聞いてみよう。
それよりもアルコンさんが箸を自然に使えてる方が凄い気になる。ご飯の準備中に初めて使うって言ってたような気がするんだが……これが道具屋の力なのか?
とりあえず、
「いただきます」
食事への感謝の言葉を述べ、食べ物を口へ運ぶ。
────────迂闊だった。
ご飯を食べ終え風呂に入るのまでは良かったが……まさか湯舟にお湯を溜め忘れていたとは……さっきの騒動の所為で完全に忘れてた……。ちゃんと確認していればこんなことには……。今が夏で良かった、冬にシャワーだけと言われた場合と比べると幾億倍も体に優しい。諦めて熱めのシャワーで体を洗い風呂場を出る。
「おかあさーん!お風呂沸かすの忘れてたから次入るの少しまt……うぇ?」
「やはり一番の謎は制御に関する部分か。魔力にも物理的な動力にも依存しないで洗濯機なる衣類の洗濯道具だけでなく光や冷気等を異なる道具で複数出力してもなお尽きない動力にも興味は惹かれるが、こと洗濯機においては一度入力すれば洗濯だけでなく脱水乾燥まで操作もしくは制御式を弄らずとも勝手にこなすという制御能力の高さに驚く。解析しても制御回りだけは不明な要素が多すぎる。制御部にはおおよそのアタリは付いたがあまりにも小さい。この大きさで洗濯から乾燥だけでなく衣類に合わせた洗濯方法まで制御できるというのは眉唾だな。実際に実例を見ないと信用できない……逆に洗濯そのものを実行する部分はこっちの技術の方が優れている可能性が高いな……戻ったら得意そうな奴に聞いてみるか?」
なんか居た。
え? あの……え? ……え? 何やってんのこの人? 水回りと脱衣所が分離してないタイプの家だからたまたま鉢合わせたとかならまだ分かるけど……この調子だとずっとここで洗濯機見てたよね? ……というか私女ぞ? 女の子ぞ? もうちょっとそこら辺考慮するべきなのでは?
いや、違う。もしかしたらアルコンさんの世界では考慮しないのが当然の世界ということもありえる? 世界が違えば常識も違う。ならば異性を考慮しないのがあっちでは正しい可能性も……?
「あ、あのー……」
「いや、魔法の場合は使い手に依存する。道具を介する場合でもそれは同じ。魔法が苦手、魔力が適していない者はこの道具に劣る可能性は大いにあり得るな。使い手本人の魔力や技術に左右されず、他の道具と並行して一定の出力を常に維持できる状態を地位を持たぬ者が作り出せるのはかなり革新的と言えるかもしれん」
「……アルコンさーん?」
……そもそも気付いてない場合はどうすれば? 漫画とかアニメとかでそもそも男の人が気付かないなんてパターンを私は見たこと無いし正解の行動が分からん、声かけても反応なしとなると私の知識では白旗をあげるしかない
もういっそ見なかったことにして無視するか? いや、でも……ねぇ
ラッキースケベ、正直ちょっとやってみたい。やられてみたい。この村で生活してる限りこれがラストチャンスすらありうる
ならばやることは一つ
「いや、この家の主は神職だったな。ならば・・・」
私は大きく息を吸って……
「アールコーンさあぁぁぁぁぁぁああああぁん!!!」
大声で叫んだ
「……ん?」
やっと気づいた。どれだけ集中してたんだこの人は……。
もうそういう雰囲気は完全に無くなってしまった……わけでは無い。ここでアルコンさんがそういう反応してくれるならまだワンチャンある。ぶっちゃけ異性<家電の時点で望みは蜘蛛の糸ほどでしかないがゼロではない。ゼロかゼロ以外は天と地の差だ、賭けに出る価値はある。
……私は何を血迷ってるんだ? 巫女としてこの行いはどうなんです?
「……あ。あぁ、悪い。すぐに出る」
「あ、はい……いやちょっと待ちやがれですが!?」
異性に配慮する文化普通にあるじゃん! なんで堂々とここに居たのかな!?
……あまりの事に口調がおかしくなったがとりあえず冷静になろう。待てと止めてしまった以上私から何か切り出さないといけない、何を言う? ……いや、ここは初志貫徹。このままラッキー要素も消え失せたスケベ方面に勢い任せに突っ走る。
「私の裸を見られたからには聞かないといけま「貧相」せn……誰の体がひんそうでうわあああああああ!!!」
誰の胸がぺったんこだあああああああああ!!!
「……あんまり気にしてなかったけど……真正面から貧相って言われるとその……心に来るものが……こう……言葉の棘がグサッと……」
「……そんなにへこむことか?」
アルコンさんには分からないですよ……貧相と言われたこともそうだけど貴方が気付かない間に独り相撲した上で盛大にすっころんだ私の気持ちなんて……。
独り相撲の結果は体を見られたのにも関わらずラッキーもスケベもないという面白味のないものになった、人生とはなかなか上手くいかないものである。
服を着て、机に枕を置いて、それに私は顔を埋めても苦い記憶を思い出すだけなのが人生が上手くいかないことの証左である。記憶を消せるなら消したい……記憶が少し消えたところで誤差ですよきっと。
沈んでいる私をよそにアルコンさんは部屋の物色をしているようだ。さっきもやってたのにまだやるか、見られて困るような物はもうないけどお菓子ももう無いですよ……
「おい、この絵が詰め込まれてる本はなんだ?絵本というにはやけに絵の数と文字が多いが……」
「漫画ってやつです。面白いですよ?」
「ふーん」
漫画、面白いですよ。小説と違って緩く読めるのが良いよね、絵で状況が直感的に分かりやすいというのが良い。小説は小説の良さはありますが私は漫画派ですね。違う事してる時にもつい読んじゃいます……それは私の集中力が無いだけか? それはそうと、今アルコンさんが読んでる漫画は特におすすめですよ。主人公の見た目がアルコンさんにちょっと似てますし親近感も湧くんじゃないですか? そういうのって重要ですよ?
……ずっと沈んでても仕方ないし私も何かしよ。というかアレだ、アルコンさんを元の世界に戻す為になんかしないと。とりあえず例の本の最後のページを開くか……うん、なんも分からん。『時計』『渦』『地球で出来た数珠』ってなに? 厳密には『時計の周りを地球の数珠が囲んでて地球と地球の間の一つに渦がある』という感じだけど……やっぱりこれ根本的に書き方が悪いと思うんだよなぁ。
ただし今回は考察の必要がない。なぜならやることは分かっているからだ。異世界から何かを引っ張ってこれるなら逆に送り出すことも出来るはず、というか出来ないと困る。すごい困る。具体的にはアルコンさんを異世界に帰さないと私が人間の形を保てる保証が無くなるという点で凄い困る。外見的な意味でも命が消える的な意味でも……。
「……で、それが例の本か」
「うぉあ!ビックリした!」
急に後ろ立たないでください、気配でどうこうとか私出来ないんですよ。
「……そうですよ、これが例の魔術書的な本です。読みますか?一応ここ以外のページは真っ当な本ですけど……」
「んー……まぁ後で借りるわ」
実際ここ以外はすごい真っ当な本なのがなー……どうしてこうなった感を助長させる。霊力とかよく知らなかった私でもそれなりに理解出来るようになるくらいには良い本なんですよ?
まぁ今それは別に良いんですよ、うん。私が一つ言いたいのがですね
「なんで私の頭を掴んでるんですか?」
「……放置してた疑問が一つある」
はいもう嫌な予感しかしない。どうにかアルコンさんの手を引きはがせないか試してはいるがびくともしないし、アルコンさんを殴ろうにも腕の長さが足りない。宗助おじさんにもやられたことあるけどホントこれ嫌い。体格差って無常だね……。
「何故俺が何かしたわけでもないのにお前が豚から戻ったか、だ」
やっぱりこの件か。おかあさんの眼前という最悪のタイミングで豚から私(人間)に戻れたのは私もアルコンさんも疑問だったし。ぶっちゃけ私は気にしないでそのままにしておくつもりだったがアルコンさんは放置するつもりはないようだ。そういう気質なのかな?というかさ、その話題を引っ張り出すということはさ……。
「……もう一度私を豚にするつもりで?」
「もちろんそのつもりだが?」
そのつもりだったようだ
「ちょっとお腹が痛いのでトイレ行ってきmあs……」
抵抗虚しく私はまた吐きそうになるほどの不快感を覚え……今回は何とか意識を落とさずに済んだ。人生で二度も豚にされる人間なんて私くらいなのでは?実績解除とか無い? ……というかこれ意識落とした方が楽だな? 本当に吐きそう。いっそのことアルコンさんに向けて吐いてやろうか? とりあえずアルコンさんの方を向いて……。
「……なんか企んでそうだしひっくり返しておくか」
「ブヒ!?」
あーやめてー!吐きそうなのにひっくり返されると本当に吐くからー! あー! あー!
……結論で言うと豚にされてから一分くらいで元に戻った。私はギリギリ吐かなかった。曰く、本来は永続らしいのでそもそも勝手に人間に戻ること自体が異常事態らしい。……もしかしなくても一生豚で過ごすことになる可能性もあったってこと?
「おかしい……どうしてこうなるんだ? 変化が不完全だから元の姿へ戻ろうとする現象が発生してるのか? その場合そもそもなぜ不完全に……?」
「わ、私としては不完全なほうがありがたいですけどね……」
アルコンさんが元の世界に帰る時に嫌がらせで豚にされて戻れないという可能性が消えるだけでもありがたい。さすがにそんなことする人ではないとは思うが一応ね……事故が起きる可能性もないわけではないし……まぁ杞憂ならそれでいいか。
「とりあえずトイレで吐くもん吐いてこよ」
「……ついでだし俺も行くか」
「……連れションならぬ連れゲロ?」
「別に俺は吐かん」
腹の物を物理的に吐いてこそ仲良くなれると思うのですがそこんところはどう思います?腹を割って話すってそういう意味じゃないって?……そうだね。
「スピー……スピー……」
「コイツ…………」
部屋に戻ると、このバカはまるで魔力が切れた人形かのように眠りに落ちた。俺を放置して。
「……はぁ、後で覚えとけよ」
コイツを叩き起こして動物に変えてもいいが、それをすると明日に支障が出て、損をするのは結局俺だ。
非常に、非常に不本意だが、募る怒りを押さえつけて心を落ち着かせる。後でキレる、明日キレる、そうやって怒気を先送りにして無理矢理霧散させる。昔、アイツが教えてきたやり方だ……まぁ、たまに暴発するが常時爆ぜてるよりかはマシだろ。
そうして募る苛立ちを濁すかのようにこいつが持っていた本と手に取った。
「魔術書……ねぇ」
ざっと見たところ、俺が知っている魔術とは基礎から異なる魔法が数多く記されている。しかし、記されている魔法は理解出来ないものではなく、むしろ基礎が異なるだけの魔法でしかない。
最後の二ページは除いて
「……ただの落書き、だな」
ここに記されたものが俺をここに連れて来た魔法だとは到底思えない。何か裏がある、そう考えるのが自然だろう。
コイツ、もしくはコイツが敬う神あたりが妥当なラインだが……肝心の神の痕跡が無い。隠れてるのか、そもそも……。
答えの出ない思考を巡らせていると足音がこちらに近づき、部屋の扉を叩く。
「入るよー…………蜜柑、」
「あー、別に。寝かせておけ」
「……申し訳ありません」
コイツの母親はバカが先に寝ていることに複雑な表情を見せた。自分の娘が知らん男を家に招いた、かと思えばそいつに失礼な態度を取ってる。親としても頭が痛いだろう。さすがにその頭痛を悪化させるつもりはない。
彼女は娘の残念ぶりに大きくため息をつき、その後意を決したかのように俺に目を合わせる。
「アルコンさん、少し外で話しませんか?」
「奇遇だな、俺もあんたに効きたいことがある」




