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神のまにまに

これは、私が責任を果たすまでの物語である




「もっと走ってください!大蛇に食べられちゃいますよ!?」


「うるせぇ!これでも……全力、なんだよ、ハァ……」


 薄暗い、光もろくに射さぬ森を私達はひたすらに駆ける。

 人の手が入ってない荒れた森。慣れてない人には酷だろうか、それでも逃げないと間違いなく死ぬので走るしかない。木々をなぎ倒す音的にちょっとずつ追いつかれてる気がするので私より遅い人を急かす……だからと言って速くなるわけでは無い。


「走るのがしんどいのなら、いっそのこと直接退治するのはどうでしょうか!」


 このままではじり貧なのでどうにか追い払う事が出来ないかと聞いてみるが……あまりよろしくない表情。確実性が無いのかそもそも無理なのか、逃げる方がまだマシといった感じだ。撃退路線は諦め、改めて逃げることに集中する。

 割と新品よりだった巫女装束に幾度も木の枝や茂みが引っかかり、平時だったら見逃せぬ傷が目立ち始めた頃にやっとの思いで森を抜けた……が、


「嘘、ここまで走ってきて……」


 崖。


 ……うん、まぁなんというか……お約束みたいなものだよねーこういうの。トンネルを抜けたら雪国ってくらいのベッタベタな展開、これは漫画じゃないんだぞ?命の危機だぞこちとら。

 崖という物理的な絶望の形を前に。途方に暮れて私は足が止まり、それ故になんとか追いついた足の遅い人に飛ばした救難信号(視線)を察した彼は少し笑みを浮かべ、走りながらそのゴツい手で私の頭を掴み。


「飛ぶぞ、腕広げとけよ」


「え、」


 え、


 ……飛んだ。


「ええええええええええええ!?」


 有無を言わさぬ大ジャンプ、100mはゆうに超える高さを躊躇いなく飛びやがったよ、この人。恐怖とかそういうの無いんですか!? というか私の頭掴んでるってそういう事ですよね!? ……私を()()()()()()()()()()ってことですよね!? ヤダー! 助けておかあさあぁぁぁん!


 あぁ。どうして、どうして……


「どうしてこんなことになっちゃったんですかああぁぁぁ!」


「お前の所為だボケェ!」


「ごめんなさあぁぁぁぁぁぁぁあい!」


 誰が悪いかと言われると、悪いのは全て私なのである────────










 時はさかのぼり……


「……ふぅ、これで最後っと……おじいちゃーん! 野菜全部降ろし終わりましたー!」


「おう。ありがとうな蜜柑ちゃん、柊さんにも宜しく言っておいてくれ」


「はーい!」

 

 風鈴の音色が似合う暑さが私達に降り注ぐ季節の出来事。

 泰彦おじいちゃんの収穫作業の手伝いも終わり、ビニール袋に入ったお裾分け(お駄賃)の野菜を受け取って私は軽トラに乗り込む。ピーマンに胡瓜……あとは茄子かな? 地元の旬の夏野菜といえばというラインナップ。おかあさんに美味しい料理でも作ってもらおうかなー……なんてことを考えつつエンジンキーを回してアクセルを踏み込む。

 走り慣れた道、見慣れた光景、家に帰った後の事を考えつつ帰路に着く。境内の掃除は済ませたし平日故に人もそんなに来ないとのことなので手伝うことも無い、お守り等の補充も昨日やっちゃったしまだ日も沈まぬ時刻でネットのゲーム友達はまだいないはず。うーん、暇だ。

 

「折角時間あるんだしアレでも取り出すか?」


 アレ、それは数年前に倉庫の奥で埃被ってた謎の本、一見すると魔術書のように見えるが……ぶっちゃけ一見どころか普通に魔術書っぽい何かである。この魔術書、内容自体は間違いなく本物である。別に火を出せたり水を生み出せたりとかそういったものではない、ちょっと怪我が早く治ったりとか体調を変動させるとかちょっと風起こしたり血行良くしたりその程度のモノ。本来この世界にあるとは思えないおかしな力、そんな不思議さを秘めた本。

 ぶっちゃけこれだけでも大問題だと言えばそれまでだけど……この魔術書の問題はそこじゃない。


「最後の2ページだけ質が違うのはなぜなのか……」


 それまでは不思議な力の使い方を親切丁寧に書き綴っていたのに最後の最後で急に『謎の模様』が書かれていた。なんというか……解説も無しに凄い雑に2ページ追加しましたー、みたいな雑さを感じる。今までが丁寧だった分温度差で風邪引いても納得するレベル……。


 「まぁ……何とかなるでしょ。神のまにまに……です!」


 その2ページにたどり着くまでにも散々苦心したし今更雑ってだけで投げ捨てるほど諦めやすい性格はしてないですよっと。それに、『この本が家にある』それすなわち神様の思し召し! 具体的に言えば私の家の神社で祀ってる神様のご意向なり!多分ですけど!

 そんなことを考えてる内に家に着いた、考え事してるとあっという間だねー。関係者用駐車スペースに軽トラを止めて社務所兼自宅へと歩き始める。もちろん貰った野菜も忘れずに。うーん、美味しそう。

 よだれが垂れるのを我慢しながら参道の右端を歩いていると、木陰でそれっぽく綺麗な黒い髪をなびかせているおかあさんを見つけた。暇そう。

 

「おかあさんただいまー!」


「お帰り蜜柑。またお野菜貰って来たの?」


「断るのも申し訳ないからねー。ほら、こんなにいっぱい。服は着替えておくから忙しくなったら呼んでねー」


「夕方になったらお風呂を忘れずに沸かしておいてね」


 呼ぶことは無いから遊んどけみたいな表情をされたが私はそれをスルーして自宅へと駆け込む。部屋のエアコンを動かし貰った野菜をキッチンに置いてから軽く汗を拭いて巫女服に着替えとやるべきことをテキパキと済ま……ちょっと漫画読も。この漫画面白いし読まないと損だよねー、何回も読んでるけど。


 ……着替え終えてから読めって話ですよ。はい、


 改めて着替えを済ませ自分の部屋に転がり込む。部屋の涼しさを享受し、文明の利器に感謝しつつ一先ず読み終えていない漫画を読み切る。一応(推定)魔術書の最後の方を読み解くという予定を忘れたわけでは無いが中途半端だと気が散ってしまうので先に読み終えておくという算段。……ホントですよ?


 自分の両頬をひっぱたき目的の本を取り出す。改めて最初から読み直しても「不思議な力の使い方入門書」といった感じの本で、いわゆるファンタジーな世界で若い子が読むんだろうなーという感じがひしひしとする。そういった世界にあるのなら何もおかしくは無いが、ここはそういった世界ではない。でもそういう力は間違いなく存在していることはこの本が証明してる……、やはり神様の思し召しということか。この力を習得し発展させて力を高めろと……。

 正直それが出来る確信は無いが……神様の思し召しとあれば習得してこそ巫女というもの。

 そのためにまずは残っている2ページをしっかり習得及び習熟しなくては……。で、この『謎の模様』は何だろう……よく分からない模様もあるけどとりあえず読み取れる要素を並べていくと。


 1ページ目は 『窓』『2つの球』『無数の手』

 2ページ目は 『時計』『渦』『地球で出来た数珠』


 ……分からん!意味深なワードを並べて考察させたい作家のやらかしにしか見えない、これ教本だったと思うんだけど……迷走からの路線変更は教材作家ではなく漫画家の特権だぞ?

 え?世空様が漫画家という線も無くは無い? ……そんなわけないじゃないですか!

 

 とかいろいろ言っても仕方ない、謎の模様を元に不思議な力を行使した時に起きそうな事のイメージでもしてみるか……。困った時はイメージトレーニングをするのが意外と現状打開のきっかけになったりもするもの、アクションゲームでも強敵相手のイメトレ大事。相手の顔面に裏拳ぶち当てていこう。


 それはともかくとして、鏡、2つの球、無数の手。それぞれを分割して抜き出すとこうなるが……分割せずに本に書かれてる模様をそのままに見ると『普通の球と窓越しに見える球があり窓に映る球の方に無数の手が伸びている』という風に見える。まるで鏡に映る球をこちら側に取り出すかのような……

 あり得そうなのが何かを取り出す力とかかな? 窓は何かとの仕切りとか障壁とかの比喩表現ととらえられるが何と隔てられてるかが問題かな。安直に壁とか? 物理的なものでもありえるし困難にぶつかるという意味の壁かもしれないし、意外と直球に窓、ガラス、鏡……うーん、なんかパッとしない。


「小さな隔たり、というよりかはなんというかもっとこう……壮大な感じがするんだよねぇ表現的にも」


 ここのページとそれまでを比べて明らかに表現方法が違うから基本的なことを確実にやってた部分から一気に広がる可能性もゼロではない気がする。メタ読みと言われればそれまでだが……それこそこの本が似合うような場所、


────────ここではない別の世界、とか?


 ……今度はスケールが大きくなりすぎた気がする……まぁとりあえずやってみましょう。当たって砕けろ、です。


「見ていてください『()(から)』様! (かんなぎ) 蜜柑(みかん)、必ずやこの不思議な力を完全に習得して見せます! ……なんとか頑張って、ですけど」












「で、色々あった結果お前が俺をここに連れてきた……と」


「申し訳ありません……」


────────出来ちゃった。


 出来ちゃったのはいい、問題は全く関係なさそうな方を拉致してしまったことだ。

 メカニックゴーグルが特徴のちょっと古風な服を着たデカイ若そうな男の人、濃い青色にメッシュがかった髪がとても綺麗で見とれてしまうような美貌の方だ。

 どうやら作業中だったようでいじっている最中だった謎の物体も一緒に連れてきてしまったようだ……あれも彼の世界の道具なのだろうか?


 初手経緯説明からの謝罪、異世界から拉致してしまった以上私に非があるのは間違いない。意味が通じるかは分からないが土下座をして反省と謝罪の意を示す。頭を下げるという行為は『全世界』共通で誠意を示すものであると思いたい。


「異世界……か」


「あくまで状況を鑑みての推測ではありますが……」


 怒ってる。どう見ても怒っていらっしゃる。当然すぎる、急に拉致られたら私だってキレるよ。急じゃなくてもキレるよ。というか190cmは超えてそうでガタイもそこそこ良い若い男の人に詰められるの滅茶苦茶怖い! 助けておかあさん!

 ……く、自業自得だから自分で責任取りなさいという声が聞こえる気がする。それを言われたらぐうの音も出ないので精一杯なんとかしたいと思います。いやうん怖い、獅子に睨まれる小動物ってこんな気持ちなんだろうね。


「……思い当たる節は無くも無いが……実際、俺の常識では測れない物がこの部屋だけでもいくつかある。魔力を必要としない魔道具類、見慣れない衣服や家具、あと知らん菓子。俺が知らないだけという可能性もあるが……持ってる知識からあまりにも逸脱している以上少なくともかなり遠い国に飛ばされたのは間違いない……(ポリポリ」


「あ! 私が隠してたお菓子! いつの間に……!」


 おかあさんに見つからないように隠してたお菓子を……! 慌てて隠し場所を確認するが当然の如く無くなっている。おのれ異世界人め、美味しそうに食べやがって……。というかこっちを挑発するような顔してるのすごいムカつく、そんなこと出来る立場じゃないのは分かってるが睨み返しておく。……鼻で笑われた。


「もしかしてこっちに隠してたお菓子も……」


「まだ隠してあるのかよ(ボリボリ」


 もちろん見つかった時用に複数個所に分散して隠蔽してる……わけでは無い、へそくりは全て消えた。隠してるお菓子の確認作業をするフリをして不思議な本由来の力を込めた防犯グッズもどきを服の中に仕込ませておく。

 具体的には霊力運用初心者が初心者なりに霊力を込めて作った『風を起こすお札』と『衝撃を増幅させるお札』の二つ。効果はほぼ名前の通り、とりあえず対象にぺちーんと叩き付ければ使える意外と便利な手作り防犯グッズだ。

 ふっふっふ……ただ蹂躙されるだけの小動物とは思わないことですね!


「こっちは無事だった……美味しいですか? それ」


「んー……まぁ悪くない。菓子にしては固すぎるが」


「お煎餅なんてそんなものですよ」


 動画見ながら食べる用のだったんだけどなーと落ち込みながら所定の位置に戻り姿勢正しく座り直す。武器を仕込み少し気が大きくなったからか怖さもちょっとマシになった気がする。

 とは言え誰が悪者か、それは間違えないようにしないといけない。


「さて、長話の必要も無いし単刀直入に問う」


「……はい」


拉致された人間が拉致した奴に問う事なんてただ一つだ。


「俺を元の場所に戻せ」


 当然これである。そりゃ帰らせろってなるよ、とは言っても帰らせてあげる方法が分からない。厳密には思い当たる節はあるが……じゃあ今すぐ出来ますかと聞かれたら多分出来ないので実質無いと同義である。

 というわけで私のやるべきことは一つ、


「そうしたいのはやまやまなのですが……はっきり言って戻し方が分かりません! むしろ教えてください!」


 出来ない事は出来ないと相手の目を見てはっきり答える事、結局これが一番最善なんですよ。変に抗ったって後々ろくなことにならないのは分かってます。余計な真似をしておかあさんを怒らせた時に学んだ。あれコワイ。


 ただし、この持論で注意しておかないといけないのはあくまでその状態で掴み得る最善とは相対的なものであり……選択肢の中に幸運と呼べるものが無い事も多々あるということだ。

 それはさておき、『正直に謝る』私の選択の結末についてだが…………


 滅茶苦茶呆れた顔されてる。……うん、そりゃそうよ。拉致同然のことしておいて帰らせ方分かりません!逆に教えてください!とかため息つかれても仕方ないと思う。むしろもうちょっと怒っても良いと思う、これで怒りゲージ下がるのそれはそれで不穏よ?


「……言いたいことは分かります。アホと罵られても謹んで受け入れます」


「アホと言うか愚か」


「うぎゅっ。……可能な限り迅速に元の場所に戻す為尽力いたします。ですので、何卒ご容赦を……」


 嘘偽りはない、彼を元の世界に帰すのは私の役目。そのためには役目を果たせる状態にまで持ち込まなければならない。すべては彼の返答にかかっている。……とは言え愚かはさすがに言いすぎじゃないですかね?


「……はぁ、ここまでアホだと怒る気も失せるわ。現状は大体把握したし生活の工面さえしてくれるなら一先ずそれでいい」


「!……分かりました」


 脳内で勝ち鬨があがる。アホだの愚かだの散々な言われようではあるがほぼ事実なので他にも言われそうな罵倒と一緒に飲み込んでおく。なんとか通さないといけない部分は通しきれた、彼を元の世界に帰すこと自体は当てがないわけではないのでなるようにはなると思う。今日はもう霊力も無ければ疲労もヤバいのでどうすることも出来ないが。……というか外が暗い、異世界へ繋がる道探しに思ってるよりかなり時間かかってたなこれは。


「それはそうと」


「はい?」









「──────────────いっぺん反省しとけ」


 大きな掌が私を掴もうと襲い掛かる。直前まで呆れて脱力してた人と同一人物とは思えないスピードで、左腕を伸ばしてきた。さっきまで完全になあなあで済ます流れだったじゃないですかー! 顔めっちゃ怖い!

 しかし予想出来た展開でいいようにされる私ではない、事前に用意してたお札を伸ばしてきた腕に思ガシッいっきり貼りt……


「…………あれ?」


「隠してるのはバレてんだよ。道具屋なめんな」


 荒事になった時用に隠し持ってたお札はあっさり見破られ防がれた。彼の温かい掌が私の頭を鷲掴みにし、とっておきの対抗策も上手くいかなかった。こうなったら体格差も相まってお手上げである。まな板の上の鯉というやつだ。


「……えーっと、遺言って取り扱ってますか?」


「お前の所為で休業中だ、紙に書いて投函口に入れといてくれ」


 あー、こりゃ駄目かな……。滝を登ればワンチャン?まぁ、私が悪いんだしこうなるのも仕方ないか。……愚かな娘でごめんね、おかあさん。


 彼の掌から霊力が注ぎ込まれ、私は尋常ではない不快感と共に気を失った








────────い、おい。なに気絶してんだ起きろ」


 子気味良いテンポで頭をポンポンされる感覚、なんだか心地良い……。あれ?私生きてる?正直死んでてもおかしくは無いし流れ的には死んでても仕方ないかなと……いや、生きるか死ぬかなら生きてた方がいいのだけど。実は死んで生き返って人生3周目?4周目?の可能性も無きにしもあらずだが。

 というか心地良さで眠くなってきたな……現実逃避ついでに寝るか。うん、寝よう。


「いい加減起きろ」


ブヒィ(痛い)!!!……()?」


 力のこもったチョップが脳天に刺さった、結構痛い。寝てたいけど起きるしかなさそうだ

 ところで今の私の声、何かおかしくなかった?まともな発声をしていなかったというか、アニメとかでよく聞くタイプの豚の鳴き声のような……。

 ……待って待って、そもそも今私どうなってる? 私はちゃんと()()()()()()()()()()()? とりあえず目を開けて……あー、私の鼻って自分の目で確認できるほど大きかったっけな?見える風景は間違いなく自分の部屋ではあるが妙に視野も広く感じるし……。


ブーブー(あーあー)ブヒヒブヒヒ(マイテスマイテス)……」


 ……えーっと、一先ず落ち着いて立ちまsy……立ちm……た……やべぇ、立てねぇ。どうしよっか? どうするんだ? そもそも何をすればいいんだ? 現状うつ伏せで倒れてる私であった何かでしかないんが? ……というかこれ元に戻れるのか?

 色々と不安になりながらも直立は諦めて四足でなら立てないか試してみる。だってあれでしょ?ブヒって鳴く動物と言ったらねぇ……言いたいことはあるがおそらく間違ってないので四足でなら立てるはず……はい、立てました。やっぱりそういう事か、おのれ……。


「お、やっと起きたか」


 慣れない体を何とか動かし声の主の方を向く。くっ、こっち見てにやついてやがる。見てみよこのつぶらな瞳を。これの何処に笑う要素があるんだ!


ブヒ(やい)ブヒッブヒ(一応聞くが何をした)!」


 正直聞く必要すらないが一応問う、私が何に変えられているかを。




「……ハッ、やっぱり豚がブヒブヒ言ってても何も分からんな」


ブヒィィ(やっぱり豚じゃんか)ィィィィ(こんちきしょおぉぉぉ)!!!」


 知ってますか? 豚ってほぼ猪だから体当たりすれば人は大怪我するんですよ! というわけで現在の体と助走距離で可能な限りの全力で突撃!!!


「ぐは!?」


 座っていた彼の腹部に直撃、勢いそのままに無理矢理押し倒した。体当たりの時にクリティカル発生特有の気持ち良い音が聞こえた気がしたが追撃の手は緩めない、倒れた彼のお腹を(前足)で踏み踏みする。


「────────痛ってぇ……てめぇグェ……おまグェ……まっグボァ……」


 ……ところでこれ何時まで踏み踏みしてればいいんだろう? やり続ける覚悟はあるが、かと言って永遠と続けてたらこの人の内臓壊しそうなのがな……、弱めちゃうと無限ループから抜けられそうだしどうしたものか……。とりあえずそこの加減を見極めながら踏みh


「蜜柑ー、ご飯できたよー。みかn……」


 最悪のタイミングで母親の登場である。私の部屋の引き戸開けたら知らん大男が豚(中身は私)に踏み潰されてるの中々に謎の状態だな? いや、そんなこと言ってる場合では無いな……。


ブーブヒ(あーおかあさん)? ブヒヒブヒ(これには深い事)情がありまして……おや?」


 ……これまた最悪のタイミングで人間に戻ったな? がっつりおかあさんに今の見られたぞ。戻れたという安心感や達成感以上にこの現状に対して言い逃れ出来ないこのタイミングで戻っちゃったという仕出かした感の方が強い。もしやこれもこの私の下で死にかけてる人の策略……なわけは無いな、状況を呑み込めてない顔をしてる。厳密には『なんで人間に戻ってるんだ?』って顔だ、つまり本来はまだ豚のままだったというわけで……現状に限ってはまだそっちの方がワンチャン誤魔化せたかも。どうするかなぁ……この『押し倒した男にまたがる形で膝立ち』してる現状。


「…………蜜柑。」


「待っておかあさん、違うの。何がどう違うのかはともかく違うの」


 何をどうすればいいか全く分からない中で何とか絞り出せた言葉は『違うの』だった。いや、実際におかあさんが勘違いしそうな事がいっぱいあって、それらは全くの誤解であることをどうにか説明しないといけないというのを纏めた結果なんで間違っては無いんだけど違うの。身振り手振りジェスチャーを加えて何とか伝わるように頑張ってるけど違うの。何故か服だけは着たままなのがせめてもの救いか。


「違うのおかあさん。えっと、この人は悪くないし私もおかあさんが思ってる状態では全く無いし……えっと、その……」


「…………蜜柑」


「……はい」


「……7月頃を楽しみにしてるね?」


 待っておかあさん、戸を閉めないで、助けて……


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