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前もって七星に教えて貰っていた家に到着した。
小さくて可愛らしい家だ。
下位とはいえ流石貴族という感じで、小さくとも要所要所に魔導具が仕掛けてあり防犯対策はバッチリだ。中でも一番高かったのが家の認識阻害の魔導具らしい。
「王宮にいるような魔術師にかかれば簡単に看破されるだろうけど、男爵家ごときが雇える程度の低い魔術師には絶対無理ね」
そう言って七星が高笑いをしていたのを思い出した。
とりあえず私は七星がここに住まなくてはならない事態に陥るまでに家の掃除と細々とした物などを揃えるようにと言われている。
「奥さん、良い野菜が入っているよ」
「いらっしゃいませ~」
「安いよ!見ていっておくれ~」
冒険者ギルドと七星の家の中間地点に商店街のような場所があった。
大通りに構えられた店、露店に屋台と様々な店が軒を連ねている。活気のある声があちらこちらから聞こえてくる。
ジャガイモ、ダイコン、キャロット、オニオン・・・日本語と英語が混ざっているが、食材は思った通り分かるものがほとんどだ。
そして幸い私には鑑定魔法がある。通貨は分かっても相場とかは分からないので、買い物をするのに大変助かるのだ。
こっちには何があるのかな?と、路地に少し入ったところで数人の冒険者に囲まれた。
「お前、『鑑定』持ちなんだろ?買い物の仕方が不自然だったもんな」
「この前の薬草の量、ありえなかったもんな。あれは『鑑定魔法』のおかげだったというワケか」
「はぁ。」
よく分からないが、買い物中後をつけられていたらしい。それに『鑑定魔法』を使えるから、なんだというのか。
彼らが何を言いたいのかよくわからなくて、私は気のない返事をした。
路地に入ったばかりだったので通りがよく見える。みなチラリと見ては気まずい顔をし、見なかったふりをして通り過ぎていく。その不自然さに、日本でもそういうことに縁の無かった私でも察することが出来た。
──私は今、話しかけられているのでは無くて絡まれているらしい。
「講習を受けていたくらいだから初心者なんだろう?俺たちのパーティーに入れてやるよ。ありがたく思え」
「その代わり、俺たちにも薬草の場所を教えて、俺たちが摘んだ薬草にもあの水魔法を使って価値を上げるんだ」
あぁ、あの水魔法を使って薬草の価格を上げたいというわけか。だから私にパーティーに入れと。
「いや、別にあの方法は私が特許を持っているわけでもないので、私を連れて行かずともご自由に使っていただいて構いませんよ。では──」
私はそう言ってその場を立ち去ろうとするが、進行方向をガタイのいい冒険者に塞がれた。
「トッキョ・・・?訳の分からないことを言うな!仲間にしてやると言ってるんだから、お前は大人しく「はい」と言えばいいんだよ!」
「お誘いはありがたいのですが、私には友人がいるので遠慮しておきます。それに私はマイペースに活動したいのでパーティーには向いてません。
あ、もしかしてやり方がわかりませんか?簡単だからお教えしますよ」
私がそう言って掌からいくつか水球を出すと、冒険者たちは信じられないというような目で私を見た──
「そんな簡単に、そんな数っ」
「畜生!何でこんな女が!」
ブツブツと話す冒険者たち。しかしその中の一人が突然、
「お前!俺たちを馬鹿にしているのか!?」
そう叫んで勢いよく拳を振り上げた──
(え?な、殴られるッ)
今の流れで何故殴られるのかは分からないけれど、生活魔法は使えても喧嘩や争いで使うことを考えていなかった私は、腕で頭と顔をガードし、目を閉じて衝撃を待つことしか出来なかった。
が、その時は一向に訪れない。
恐る恐る目を開けると、冒険者が振り上げた拳を後ろから掴んでいる人物がいた。
その時ちょうど光が路地に差し込んできて、その人物が逆光で影になった。
「あ」
このシルエット──見たことがある。
あの日盗賊に捕らわれそうになった時に現れた、月明かりを背負った冒険者の青年だ。
「レグルスさん・・・!」
「よっ」
レグルスは私の呼び掛けに対して短く返事をすると、冒険者の腕を持ったまま言った。
「俺も鑑定持ちなんだが・・・何なら俺がついて行ってやろうか。あぁ、水球もお望みだったな」
レグルスはそう言うと、指をはじいた。それを合図に、私に絡んできた冒険者の周囲に無数の水球が現れた。
「強引な勧誘はギルドで禁止されているよなぁ。そんなことしなくても俺なら喜んでついて行ってやるから今度から俺に声を掛けろよ。お前たちではとても生きて帰れないようなところに連れて行ってやるからさ」
なんだか言葉の裏に不穏な空気を感じるが、そうだ「強引なパーティー勧誘は禁止」。確かに初心者講習の一日目で聞いた気がする。
私の中ではまだここが「異世界」であるという現実が受け入れられていないのかも知れない。どこか物語の中にいるという感覚なのだ。だから折角習ったことも頭から抜け、危機感も無い。
「れ、レグルスさん・・・」
冒険者たちは怯えたように、レグルスと水球を交互に見ている。
コレ、どうしたもんか。と私が考えていると、ボコッと、水球が不気味な音を立てた。
「ひっ!」
その音を合図にしたかのように「すっ、すみませんでしたっ!」と、私を囲んでいた冒険者たちは一目散に走って逃げて行った。
「スピカ、大丈夫か?──ああいう時は水球の一つでも顔にぶつけてその隙に逃げるのもアリだぞ」
「え?あ、大丈夫です。ありがとうございました」
レグルスがそう言うけれど、今のが『ああいう時』とは思わなかったのだ。やられる前にやる・・・これからは前の世界とは違うってことをきちんと考えないといけない。
身を守る手段を。
「治療院の近くまで送ろう」
「いえ、治療院は出たんです。今はナナセと住んでいます」
正確にはまだ同居はしていないが、七星の家に住んでいるので嘘では無い。
その後買い物を続ける気分にならず、途中までレグルスに送ってもらって帰途についた。
その道中、私に名を明かすことを拒んだらしいレグルスに「私を助けてくれたのはあなたですか」とどうやって確認しようか悩みながら歩いていると、レグルスがおもむろに話し出した。
「いいかスピカ。平民に一度に何個も水球を出してその状態を保てる者はほとんどいない。魔術師として冒険者をやっている者ならある程度は可能だろうが、そういうヤツは既にパーティーに所属して活動しているし、それでもスピカの足元にも及ばない」
「え」
「人族でそれが出来るのは貴族か、貴族の血を引いている平民だ。そして『鑑定魔法』が使える者もいるにはいるんだが、これも貴族がほとんどだ。平民で『鑑定魔法』を使える者は滅多にいないし、使えても自分を守る術を持たない者は秘匿しているものなんだ。今回は俺が通りかかったから良かったが・・・。いいか、十分気をつけろ」
私はこの世界の魔法事情に驚いて、レグルスに「あの時助けてくれたのはあなたですか」と確認するタイミングを失ってしまった。だけどその後すぐ聞かなくてもあの時の冒険者がレグルスだと確信した。
「いいか!取り敢えずそのフードは絶対に人前で取るなよ!」
──私はレグルスに治療院にお世話になっていると話した記憶はない。でもそれは私から聞かなくても知っている可能性はある。
でも、私の髪色・・・それを知るのは治療院の二人、そして私を助けてくれた冒険者さんだけのはずなのだから。
七星が『冒険者ナナセ』として街に移り住むまでにはまだ日にちがある。
予想では卒業式の日──では無くて、今学期が終わるタイミングで退学させられるだろうと言うのが七星の読みだ。
攻略対象者とは関わっていないので卒業後のパーティーでは何も起こらないだろうし、サボってばかりなのにこのまま行けば学年主席(大学受験を乗り越えてきた七星にとっては中学卒業までの知識と物覚えの良い若い頭脳があれば余裕らしい──中の人は一体何才なんだろ)のアリアをその称号を得る前にわざわざ中途退学させることは無いだろうとの事だった。
七星はギリギリまで男爵家に残り、搾り取れるだけ搾り取ってくるつもりなのだそうだ(何を?)。
そしてその決行の日、「ゲットだぜ!」と聞いたことのあるような台詞を言いながら現金の入った袋を抱えた七星が帰って来た。
「換金出来る宝石とかじゃないんだね・・・」
貴族のお嬢様が家を出るときに『家から宝石を持ち出して換金する』という描写をよく本で読んでいた私がそんな疑問を口にすると、呆れたように笑って言われてしまった。
「貴族は宝石そのものを持っている訳じゃないのよ。宝石の付いた指輪やネックレスなんかを持ち込んでもこんな平民風の小娘相手じゃ買い叩かれるわ。そうでなくても貴族のアクセサリーは意匠として家紋が使われていたり一点物が多かったりするから盗品と思われて足がつくでしょう?前世のお札みたいに通し番号があるわけじゃないから現金が一番なのよ」
──らしい。
野営時の食事に続き、フィクションとノンフィクションの差を感じた出来事だった。
私が異世界転移して約一ヶ月目。
こうして七星は無事に実家を脱出し、二人の同居生活が始まったのだった。
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リスト『異世界でやってみたい50のこと』
達成可能(6)
★装備を整えて、それっぽくしてみたい
★クエストを受けてみたい
★クエストクリアしてみたい
★採ってきたものを換金してみたい
★討伐をやってみたい
★異世界ならではの店をまわりたい
未達成(33)
達成済み(11)-新規(2)・確認済み(9)
★冒険者講習をうけてみたい
★鑑定をやってみたい
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