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ザワザワと相変わらず周囲は騒がしい。
「なるほど・・・はじめて見る魔法の使い方なので少々驚いてしまい申し訳ありませんでした。薬草に関しては問題ありませんが、査定に少々お時間を頂きますね。──では、タグをご提示下さい」
糸目のおじさんは私を安心させるようににっこり笑うと、そう言った。
周囲の感じから察すると、薬草の量が初心者一人で撮ったにしてはちょっと多かったってことらしいので、今度から気をつけることにしよう。
それにしても冒険者ギルドに帰ったら帰ったで、依頼達成のチェック時と採ってきた薬草の買い取り時、ギルドにお金を預ける時など付けたり外したり、外したり付けたりと──ああ!!私は革紐だから面倒くさい!
「早く稼いでチェーンを買ってやる!」
そう心に決めて叫ぶと、後ろに立つレグルスに言われた。
「いや、金が貯まったら先に装備を考えた方が良いぞ」
因みに革紐だと初心者と言うことが他の人に分かって貰え、色々気にして貰えるらしい。なるほど、そんなメリットが。
その後、血生臭い依頼品を出すところ──異世界ファンタジーで言うところの解体作業場みたいなところを案内して貰って講習は終了。お礼を言ってレグルスと別れた。
彼はフードの上から私の頭に軽く手を置くと
「俺はこの街を拠点にしているからまた会うこともあるだろう。何かあれば声を掛けてくれ。力になろう」
そう言ってくれた。
私は元の世界ではなかなかやって貰う機会の無い「美丈夫からの頭ポンポン」に、少し感動しながら帰途に着いた。
「七星も気軽に声を掛けてくれ!」
レグルスは七星にもそう声を掛けていたけれど、七星は曖昧な笑顔を返しただけだった。
取り敢えず講習で講師と顔見知りになる作戦は成功したと言えるだろう。
そうそう革紐でイラつくこともあったけど、良かったこともひとつ。
レグルスも言っていたが薬草が思いの外高く売れたのだ。
そのお金は新鮮な薬草を大量に持ち込んだ所を沢山の冒険者に見られているので、現金を持ち歩くのは危険だと言われ、独立資金としてギルドの口座に貯金した。
はじめは治療院に滞在費として払おうとしたんだけど、先生に
「スピカちゃんは手伝いもしてくれているしお給料を払わないといけないのはこっちのほうだよ。これから何も思い出せなくても生活はしていかなければいけないし、スピカちゃんの年頃じゃ欲しいものもあるだろう。どうしてもと言うなら出世払いということにしてあげるから、今は貯めておきなさい」
そう言われてしまったのだ。──正直助かった。
私は何でリストに『その世界の通貨を持って転移したい』と書かなかったのか・・・。何をするのにも先立つものがいるはずなのに、完全に忘れていた。治療院に運ばれていなかったらと考えると恐ろしい・・・私を助けてくれた冒険者さんには感謝しかない。
でもクリーンで掃除は簡単にできるけど、冒険者として働くとなると他のお手伝いは出来なくなるから、ずっと治療院にお世話になるわけにもいかないだろうとも思う。
治療院を出るなら家を借りるか宿屋に泊まるか──どちらにしても先立つものがいる。
さて、どうしたもんかな──。
「──ら、星良!」
そんなことを考え込んでいると、七星に名を呼ばれていたらしい。
「は、はい?」
「もう、スピカって何度呼んでも返事しないんだもん。何を考え込んでいるの?」
そうだ。
講習の三日後、初めての収入で七星と街の屋台で軽食を買い、公園のベンチで講習終わりの打ち上げをしてるんだった。
ギルドのカフェでも良いけど、あそこは男性が多くて若い女の子は悪目立ちするので滅多なことが話せないのだ。そもそもカフェは高くつく。
私は屋台で買ったハンバーガーっぽい食べ物を膝の上に置くと、七星に今の状況を話した。
「なるほど。いつまでも治療院でお世話になるわけにもいかないから出ようと思っているけど、住むところと先立つものが無いと言うわけね」
ナナセは腕を組んで黙って聞いていたが、私が話し終わるとにっこり笑ってこういった。
「Win-Winな良い案があります」
──Win-Winな案?
私はドヤ顔の七星を訝しげな表情で見た。
「今何月か分かるかしら」
「三月?」
「そう、三月。私は今学園の一年生だけど、攻略対象達は学園の三年生。つまり、みんなもうすぐ卒業するのよ。
攻略対象の誰とも恋に落ちなかった私は家を追い出されるのかと思っていたら、どうやら学園を退学させられてどこかのお金持ちの後妻にされそうなのよね」
貴族のざまぁあるあるみたいなことを軽く言われた!
「ええぇ!!大丈夫なの!?」
びっくりして声が大きくなって、手で口を塞がれた。
「攻略対象者は卒業したけど学園には他の貴族の子息も居るのにおかしいわよね。乙女ゲームのシナリオを無視した弊害かしら。
だからそうなる前に家を出ようと考えているわ。前世の記憶を取り戻してから、私は家を出て安全に過ごす為に色々動いてきたからその点は大丈夫よ」
ただね──、と七星は続ける。
「この前それ以外の問題が浮上してね。だからスピカがその問題を回避するために私に協力してくれるのであれば、私の家に住まわせてあげるわ」
「のった!」
同郷でこの世界にも詳しい七星と同居なんて、なんて心強い!そう思った私は内容も聞かず、勢いで答えてしまったけれど、
「助かるわ」
七星──いや、アリア・カストル男爵令嬢の貴族然とした微笑みに、ちょっと嫌な予感がした。
私は治療院に戻ると七星の家にお世話になることにしたことを先生とミモザさんに話した。
「そんなこと気にしなくて良いのに・・・」とミモザさんは言ってくれたけど、そう言う訳にはいかないのだ。
「そうか。そう決めたのであればアレを返しておこう」
先生はそう言うとミモザさんを見た。それを受けてミモザさんが立ち上がり、見覚えのあるものを持って戻ってきた。私がこの世界に来たときに着ていた服だ。
「ごめんなさいね、診察しにくかったから私が着替えさせたのだけど、この服は洗ってから預かっておいたの」
ミモザさんから服を受け取ろうとして手が止まる。服の上に見慣れた、でもここにあるはずの無いものを見つけたからだ。
「スピカちゃんがここに運ばれてきた時のことは話したね」
「はい」
「スピカちゃんが身につけていた服は、この国やその近辺でも見たことの無い素材で大変珍しいモノなんだ」
あ~、そうだろうなぁ。いくら乙女ゲームの世界でも登場人物がスウェットなんか着てたら世界観台無しだもん。
「その服は返すけど、決して着たり売ったりしてはいけないよ」
「はい」
「そして問題はその宝石なのだが・・・」
先生が服の上に乗っている青い石を見て言い淀んだ。
「スピカちゃんがここに来ることになった状況が状況なので、申し訳ないが冒険者ギルドにはある程度報告させて貰っていたんだ・・・」
先生がすまなそうに言うけれど、盗賊がらみでやって来た記憶喪失の人間を預かるのだ。当然だと思う。
「スピカちゃんの記憶の手がかりになるかと思ってギルドで調べていたんだが、どうやらその宝石はこの国や近隣の国には流通していない様なんだ」
「え」
私は普通に驚いた。これは宝石などでは無い。前世で言うところのパワーストーン──ラピスラズリのペンダントだ。
それは直径一センチにも満たない小さな球体で、銀河を、そして地球を思わせるような神秘的な色と模様に惹かれてつい買ってしまったのだ。ラピスラズリは海外では九月の誕生石でもあるし、「聖なる石」と言われていたり「幸運」という意味があるのでお守り代わりにいつも身につけていた。
ただ、転移したときは外していたはずなのに何故ここにあるのか──。
「覚えていないかも知れないが、これはスピカちゃんの記憶につながる唯一の手掛かりだ。大切にしなさい」
私はペンダントを受け取り、首にかけた。
先生は私の記憶の手がかりが掴めず申し訳ないと思ってるみたいだけど、私はお手を煩わせて逆に申し訳ないと思った。
そして、この世界に来て十四日目の朝。
「み、ミモザさぁん、ぜんせい~・・・お、お世話になりましたぁ~」
「もう、スピカちゃんったら、そんなに泣かないで。同じ街にいるんだから寂しくなんかないわ。いつでも遊びに来て頂戴」
私は二週間お世話になった治療院にさよならしたのだった。