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「お前達の希望は薬草採取だったな。よし、行くぞ」
この講習の良いところは二日目の講習でこちらの希望に沿ってくれるところだ。
今回の受講者はほとんどが私たちより年下の子供で、みんな街中での仕事をメインにしたいと考えているらしく、街の外に出る必要のある私たちとは別行動だった。
本来講師は引退した冒険者が優先的に受け持つそうだが、今回は都合の付く人がいなかったためカフェで暇そうにしていたレグルスが駆り出されたらしい。
しかし日頃から冒険者講習を担当している引退した冒険者が一人も捕まらないってあり得るのだろうか。何かしらの思惑を感じる。
ギルドの掲示板で依頼書を取り、受付でタグと共に提出することで依頼の受注となる。
一匹狼っぽいのに面倒見が良いのか世話好きなのか嫌そうな顔もせず、一つ一つ丁寧に説明してくれるレグルスにちょっと好感が持てた。
依頼の受注が終わると、私の冒険者登録手続きを担当してくれた糸目のおじさんがレグルスに言った。
「くれぐれも頼みましたよ」
「ああ」
「?」
短く答えるレグルスに???だったけど、時間は有限だ。薬草目指してギルドを出発した。
「この辺からあの森の手前までが初心者がよく薬草を採りに来る場所だ」
街を出てしばらく歩くと広い野原に出た。遠くに森が見える。
薬草を採取しているのか、何人か子供がうずくまっているのが見える。
「あの森に近付けば近付くほど良質な薬草が採れるが、その分魔獣に出会う確率も増す。地道にここらの薬草で稼いで最低限の装備を揃えるまでは近付くことを勧めない。が──」
レグルスはマニュアルを荷物の中にしまうと、
「喜べ!今日は俺がついているからそばを離れないことを条件に森の浅瀬に連れて行ってやる。
正直なところ野原の薬草は採られ尽くしているから数も少なければ状態も悪いんだ。森の薬草と野原の薬草じゃ、値段が倍以上違うからな」
値段が倍!!!
新人冒険者の懐具合も考慮してくれるとは、やっぱりこの人面倒見がいい親切な人なんだ。
森の浅瀬は空気が澄んでいて木漏れ日が気持ちいい。ピクニック気分で歩いていると、森に入って十五分くらい歩いたところで目的地に着いたらしい。
「いいか。野原の薬草は痩せているからわかりにくいが、こっちが『ネツサマ草』、これは『ハラガイタ草』だ。森に生えている元気な薬草を覚えていたら、野原でも見つけやすいだろう」
レグルスが実際に依頼書にある二種類の薬草を手に取り説明してくれる。
なんかダジャレっぽく聞こえるのは気のせいだろうか──イケメンが真面目な顔してダジャレとか笑えない。
七星を見ると彼女も「スン」とした顔をしていた。
レグルスは面倒見が良い上に真面目らしく、色々なことを教えてくれた。
気さくで質問もしやすいので、講師向きなんだと思う。さっきはレグルスが私たちの講師になったことに何かしらの意図を感じていたけど、こういう人だから選ばれたのかもしれない。
「注意事項は根元ギリギリを摘むこと、いくつかは残しておくことだ」と、細かいところまで丁寧に教えてくれる。
「種で増える物もあるし球根で増える物もあるが、覚えるのが面倒くさいので根と何本かでも残しておけば、まぁ、どっちかが当たりでじきに復活するだろうと言うわけだ。たまに根を必要とする薬草もあるから依頼書をしっかり読むように!」
──前言撤回、適当な人だった。
それからの時間はレグルスの視界から出ないような距離で見本を見ながら薬草を探すことになった。しかし薬草が元気なら他の草花も元気なのだ。
「なかなか見つからない・・・」
ファンタジーだったらこんな時、『薬草鑑定』って言ったら場所が分かったりするんだろうけど・・・と思い、試しに魔力を込めて小声でつぶやいてみる。
「『鑑定』──?」
何か違和感を覚えて顔を上げると、所々草の上にウインドウが出ており『ネツサマ草』と『ハラガイタ草』の場所を指し示していたのだった。
そういえばリストに『★鑑定をやってみたい』って書いた気がする。
「ラッキー」
これで効率よく生活費が稼げるのでは無いだろうか。
真面目に薬草採取をしている冒険者さんには申し訳ないが、こちとらこの世界では知識・金銭共にマイナスからのスタートなのでハンデと言うことで──と、私は鑑定結果を参考にサクサク薬草を集めていった。
『鑑定』を使い順調に薬草採取が進み満足いく量が採れた頃、不意にレグルスに聞かれた。
「スピカ、お前もしかして鑑定が使えるのか?」
「え。今使える様になったんですけど・・・なんか不味いことあります?」
私は警戒心バリバリでそう答えてしまった。
「は?今??いや・・・結局使えるのか?」
つい口に出してしまったが、レグルスはそれ以上踏み込んで聞くわけでもなく「『鑑定』だけならギリセーフか?」「今、ってなんだ?」とかブツブツ言って考え込んでしまった。
訳が分からず少し離れたところで薬草採取をしている七星の方を見ると、手元には私が採取したものの十分の一くらいの量の薬草があった。
しばらくすると、お昼休憩にしようとレグルスが魔法で火をおこしてお茶を入れてくれた。
こっちに来た七星が私の採取した薬草の量を見て、目を丸くしていた。──あ、なんかやっぱ不味いっぽい・・・?
今日はそれぞれお弁当持参だ。
森の中でご飯を作って食事の匂いをプンプンさせると余計な魔獣を呼び寄せるので、基本野営では火を使ってお湯を沸かすことはあっても食事は作らないらしい。
冒険に出ると毎日がキャンプかなと、ちょっと楽しみにしていたのでフィクションとノンフィクションの差をちょっと残念に思う。
「仲間に匂いを遮断する結界を張れるヤツがいたらOKだけどな」そうレグルスは教えてくれた。
(そういえば結界はリストに書いてなかったなぁ)
書いてないものは仕方が無い。私は気持ちを切り替えレグルスに尋ねる。
「でも全く魔獣?現れませんね」
リストに『★討伐をやってみたい』があるから見学?体験?出来ればいいなぁと思っていたのだけれど。
「俺がいるからこの辺りに出る小物は寄ってこない」
本当か冗談か、レグルスがドヤ顔でそんなことを言う。異世界ファンタジーあるあるのヤツだろうか?魔獣は自分より強い人間の気配を感じて逃げるってやつ。
初心者講習に駆り出されるくらいだから面倒見はいいけど大したことのない人かと思っていたけど、実は強かったりするのだろうか?
ま、魔獣には会わないに越したことはないし、いずれ見られるだろうからどっちでもいいか。
それからは他愛ない話をし、日が落ちる前に街に戻った。
街の入り口でタグを見せて街に入る。
革紐が珍しいわけでも無いだろうに、門番さんに革紐についたタグを見せるとぎょっとした顔で見られた。
「君・・・初心者講習だったよな?」
「そうですけど・・・何か?」
「いや、その薬草のりょ・・・──いや、大丈夫だ。通りなさい」
何が大丈夫なのかは分からないけど通って良いらしい。
革紐はチョーカーに近い長さしか無いので毎回外さないといけないのが面倒くさい。チェーンなんかの売り上げを伸ばすためにわざと短くしてあるのかも知れない。
レグルスのプレートはパンツのベルトにチェーンでつけていて取り外し出来るようになっている。日本でも一昔前にチェーンで財布につけていた人がいたよね、あんな感じ。
七星は首のチェーンに取り外しが聞くパーツでタグを下げていたようで、こちらも簡単にチェックして貰っていた。
冒険者ギルドに到着すると、レグルスは受注の時同様、糸目のおじさんの立つ受付に向かった。夕方なので人が多い。
「いいか。帰ってきたら受付で依頼達成の報告をする。薬草類はここで報告だが、血生臭いものは別の場所で報告となるから、あとで案内する」
こんなところで狩ってきた魔獣を出したら匂いとか汚れとか、色々大変なことになりそうだもんね。
「ただ、薬草でも量が多い場──「はい、受注した薬草です!」
ドンッ。
私はレグルスの説明が終わると、初めての依頼達成報告に嬉しくなり笑顔でおじさんの前に薬草の入った麻袋を置いた。
その途端周囲が騒がしくなった。
「な、何だあの袋の大きさは!」
「初心者講習だろ?まさかあれ全部薬草か!?」
「え、だって講習は半日でしょう?何人かで採ったのをまとめて報告じゃない!?」
「──合は別室に行った方が良かったんだが・・・」
レグルスが頭を抱え、七星は苦笑いをしている。
え。何か間違った?
周囲の冒険者の反応にちょっと驚く。
そりゃ、ちょっと多めに採ってきたけど、レグルスから言われたように取り尽くしてないから問題ないはずよね。
「確認させて頂きます・・・」
糸目のおじさんは全く動じず、笑顔で私の麻袋から薬草を取り出・・・そうとして、一瞬手が止まった。
そして、薬草を一束丁寧に麻袋から出すと、私に聞いた。
「これは?」
「あ、それはですね。持ち帰るまでに薬草がシナシナになりそうだったので・・・」
そう、私は水魔法で水球を沢山作って薬草の切り口にくっつけていたのだ。
講習の座学で素材は新鮮な状態に近ければ近いほど査定金額が上がると教わったので、切り花の切り口に濡れたちり紙を巻く感じで試しにやってみたのだけれど・・・。
何か不味かった?