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「あんなど真ん中で『うわぁ~』とか『おぉ~!あれが本物のクエストボード!!』なんて叫んでいたら嫌でも目立つでしょう。それにアレは『依頼書掲示板』、クエストボードなんて呼ぶ人はこの世界にいないわよ」
今、私の目の前にはあの日と違って茶髪に茶目の女の子が座っていた。腰まで届きそうな手入れをされた長い髪は流石貴族って感じ。
例に漏れず、ピンク色の髪と瞳の彼女はミニスカ庶民服がよく似合う可愛らしい「ヒロイン」だった。
彼女の名前は川上七星。またの名をアリア・カストルという転生者らしい。歴とした男爵家のご令嬢だ。
「今世名が別名扱いなんだ・・・」
ギルドでは帽子を被って髪を隠していたとはいえ髪と目の色も変えておらず、お忍びだったそうであれ以上は話せなかった。
お互い革紐を吟味しているフリをしながら小さなメモを受け取ると、そこには日本語で日時と場所が走り書きしてあり、指定された日時にここに来ると茶髪茶目の冒険者ナナセが待っていたと言うわけだ。
因みにミモザさんにはギルドで革紐を選んでいる時にお友達が出来たので、身分証明書も作ったしフードを被って行くので会ってきても良いですか?と言って、許可を貰った。
七星によると、ここはやはり乙女ゲームの世界らしかった。
しかしヒロインである七星は舞台に上がらないことを選択した。
それは何故か。理由は簡単、彼女が常識人だったからだ。
「だって攻略対象ってみんな婚約者いるのよ。それで恋愛とか、とんだ浮気男じゃない。なのに相手の婚約者の令嬢だけが痛い目見るってかわいそうだし、そもそも私そんな男要らない」
うん、正論。
だけど乙女ゲームと関わりたくなかったので「(モブで)」って書いていたのに何でヒロインと出会うことになったのか。恥ずかしいリストの話はしたくないので、それとなく七星に聞いてみたらその疑問はすぐに解消した。
『モブ』というのは『その他大勢』ってことだから全く無関係というわけではないらしいのだ。
なるほど。これは思ってたのと違う、ではなくて私のミスか・・・。
ついでにと七星が乙女ゲームのことを少し話してくれた。
「基本的に入学してから攻略対象が卒業するまでの一年間で、学園のイベントを利用して選んだ相手を落とすよくあるゲームよ。
誰と結ばれても強い治癒魔法に目覚めて高位貴族の令息との婚約が許されるのよ。だけどそれでメデタシメデタシではなくて、ヒロインはそのせいで聖女認定されてしまって聖女の仕事をしながら暮らすことになるんだけど──」
七星は面倒くさそうに続けた。
「どのルートでも婚約者の悪役令嬢退場の後に、体が弱いとかなんとか言ってワガママばかりの王女様が出てくるのよ。病弱な癖にあの登場回数、若い女子にありがちの貧血かなんかだと思うわ!
そしてヒロインが病気を治癒して健康になったと思ったら、病弱じゃ無いただのワガママ王女になってヒロインの選んだ相手に横恋慕してラスボスとして立ちはだかるの。・・・それがしつこいのなんのって!あぁ、面倒臭い!!関わりたくないわ」──らしい。
「・・・この国の王女様ってそんな人なの?」
なんかイメージが・・・。
「それよりスピカ。あなた、冒険者登録したのでしょう?今日私もしてきたから、明日からの冒険者講習一緒に受けない?」
七星は首に掛けていたプレートを指に引っかけて出すと私に見せた。有料のチェーンがキラリと光る。さすがお貴族様だ。
結局私はブラウンの革紐にした。
「ピンクとか白、黄色も可愛いのに」とミモザさんに言われたけど、汚れが目立たないのが一番だと思ってしまったからだ。
しかし冒険者講習!そういえば昨夜チェックした時達成可能リストに入っていたし、七星と一緒なら行かない理由は無い。
私は受講申し込みのため、七星と一緒に冒険者ギルドへと急いだ。
そうそう、七星なら私の気持ちを分かってくれるかと思って受付嬢がいなかった話をしたら
「女性職員は居るらしいのだけど、冒険者の相手をしないといけない受付には危なくて立たせられないそうよ・・・」
あ、七星ちゃんってば聞いてしまったのね──。
冒険者講習──この項目がリストに入っていたという事で、そろそろ皆さんも私が本気で異世界転移を考えてリストを作ったって、理解してもらえたのではないでしょうか。
異世界でいきなり冒険して来いとポイってされても生きていけないと思ったので、リストに入れておいた講習なのだ。
ついでにギルド職員や同期の冒険者、講師の冒険者と顔見知りになれたら異世界で生き易いのではないかと思ったからというのもある。
冒険者講習は一日目が座学で二日目が実地講習の無料の二日間コース。
この講習は実際の依頼の受け方、こなし方、報告の仕方に加え、冒険者のルール等を冒険者登録したばかりの初心者に教える為のものだ。無料なのは、受講率を上げて子供や若者の揉め事や死亡率を下げるためらしい。
そこまで考えてはいなかったけど、私だって死にたくないからリストに加えたので当然そういう理由だよねと思う。
講習一日目、私は七星と共に冒険者講習を受けに来ていた。
ミモザさんにはギルドで出来た友達と一緒に講習を受けてくると報告済みだ。更に七星に治療院に迎えに来てもらい、ミモザさんが心配しないよう紹介までした。
七星は流石にヒロインだけのことがあり、ミモザさんからも好印象でお友達と一緒なら安心ねと早くも友人が出来たことを喜んでくれた。
七星は現在アリア・カストル男爵令嬢と冒険者ナナセの二重生活中。
アリアは、見た目が良いことを幸いと思った両親から学園で高位貴族を狙うように言われているらしい。しかし本人には全くそのつもりがない上にこの通り学園もサボっているため、いずれ家を追い出されるだろうからと街で暮らすための生活環境を整えている最中なのだという。
え、そんな理由で娘を家から追い出すの?と思ったけど、男爵は家の役に立たない者は不要──そういう人なのだそうだ。流石ゲームの登場人物と言ったところかな?
そして七星の髪色と目の色が本来の色と違うのは珍しい薬草を使った魔法薬のお陰らしい。
これはとても高価な薬──本来貴族がお忍びで街遊びをするための魔法薬であるため、価格がかなり高く設定されているらしい──なので、男爵家を出て庶民になるとすると当然手に入らなくなる(なにしろ一生買い続けなければいけないから)。
その為魔法薬の作り方は分かっているし作れる技術もあるので自作する予定だけれど、一部の材料が手に入りにくいらしく材料集めと生活費稼ぎを兼ねて冒険者に登録した、と言うのが七星の事情だった。
私も目立つけど、ピンク色の髪と瞳も目立つもんね。家を出たってすぐに見つかって連れ戻されそう・・・って、あれ?追い出されるくらいなら連れ戻されることも無いんじゃないかな?
そう思って七星に聞くと、万が一後日 七星に利用価値が出てきた場合、髪色のせいで足取りをつかまれ連れ戻される可能性があるらしい。そのため常に髪色を変えておく必要があるのだということだった。
うわぁ・・・リストに貴族設定とか書かなくてよかった・・・。
座学はギルド職員が講師となり、新人冒険者みんなで机を並べて受けて無事終了した。
そしてお待ちかねの二日目の実地講習。
遠くには行かないため講師の多くは引退したおじさん冒険者と聞いていたのだが、何故か私と七星の前には現役冒険者が立っていた。
「俺の名は、レグルスだ」
そう言って私たちを見下ろすレグルスは引き締まった身体に黒い装束を纏った、クールな印象の鮮やかな藍色の髪と瞳の美丈夫だった。二十代後半から三十代前半と言ったところだろうか。完全にその辺の同年代の男性とは一線を画している。
この身体の年齢からするとおじさん認定だけど、この人モテるんだろうなぁ。
足、なっが!顔ちっさ!!背、たっか!!!そして──
(細マッチョ・・・)
残念。私はガッシリ系を好む派閥に在籍しているのだ。
「げ。」
私がそんな失礼なことを考えていると、横からそんな声が聞こえてきた。七星の方を見るとても嫌そうな顔でレグルスを見ていた。──七星もタイプじゃなかったのかな?
幸い説明する内容などが書いてあるのであろう指導マニュアルらしきものを読み込んでいたらしく、レグルスには聞こえていないようだった。