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「ふふふん、ふふん~」
憧れだった赤い髪の毛を後ろで三つ編みにしてまとめると、私は箒とちり取りを手に鼻歌を歌いながら治療院の掃除に精を出す。
この街で目覚めてから三日が経った。
「働かざる者食うべからず」精神で「例え記憶が無かろうとも掃除は出来ます」と昨日から働かせて貰っている。
ここはこの街唯一の治療院でもある為結構患者さんが来るらしく、先生もミモザさんも朝から大忙しなのだ。
ミモザさんは手が空くと、この治療院の事と街の事を話してくれる。
「泊まらないといけない程の患者さんは滅多に来ないのよ。冒険者が気を失っていたり、大怪我をしていたりした時くらいかしら」
(「冒険者」ですと!?)
ミモザさんの話に出てきた異世界ならではのワードに、私は心の中で歓喜の叫び声を上げる。
いや、確か私を運んできてくれた人も冒険者だと言っていたな。盗賊だっていたわけだし、流石の私も突然の異世界転移に動揺していたらしい。
私のその様子にミモザさんは「冒険者っていうのはね、ギルドに出された依頼をこなす人達のことよ。町の便利屋さんみたいな人や、魔獣の討伐やダンジョンで手に入れた素材を売って生計を立てている人達もいるわ」と丁寧に説明してくれた。
(やっぱり魔獣、いたんだ。良かった~森から始まらなくて)
でも、「ダンジョン」!やっぱりあるんだ!!俄然やる気が出てきた。
「興味ある?スピカちゃんも冒険者登録すると良いわ。あ、冒険者として仕事をしなくても大丈夫よ。冒険者証は身分証になるから持っていた方がいいのよ」
ファンタジー小説によく出てくる憧れのワードを聞いて興奮する私を見てミモザさんがそう続ける。
異世界ファンタジーあるあるだ。
この世界でも身元のはっきりしない人は冒険者登録をして身分証代わりにするらしい。
それもそうか。貴族(いるのかな?)ならともかく庶民に戸籍や住民票なんて無いだろうし、車も無いから免許証なんかも無いのだろう。小説でも貴族籍というのは聞いたことあるけど平民籍とか庶民籍って聞いたことないもんね(星良調べ)。
「はいっ、ありがとうございます」
私が元気よく返事をすると「今度ギルドの近くに行く予定があるからその時一緒に行きましょう」と言ってくれた。「スピカちゃん目立つから一人では行かせられないわ」とも。
「スピカちゃんは目立つ」これは私の髪と瞳の色と関係がある。
鏡を確認したところ、私は宝石で例えるなら髪も瞳も「ガーネット」。自分で望んだとはいえ鮮やかな赤。
おまけにちょっとどころでは無く十四、五才まで若返っていて、髪も肌も艶々。ここは流石異世界なだけあって道行く人の髪も瞳も色は様々だ。しかし全体的には茶系が占め、カラフルでも暗めの色の人が多い。
明るい色や明らかなカラフルさんは基本的にお貴族様に多く、特に宝石に例えられるほどの色彩を持つのは限られた貴族の直系のみらしいのだ。
なにその面倒くさいことに巻き込まれそうな設定は!
それはさておき、若返ったとはいえ顔の作りは元が元なので美少女!って感じでは無いけれど、前世目線で言えば十分可愛いのだ。冒険者ギルドなんてムサイ男の巣窟(偏見)に──この髪を晒して単身乗り込めば、それはそれは目立つらしい。
でも!
真面目な学生から真面目な社会人になってウン十年。
髪の毛を黒から茶色に染めることが精一杯の冒険で、「アッシュ」とか「ハイライトメッシュ」とか「インナーカラー」とか憧れても出来なかった。赤や青色に染めるなんてとんでもない!
視力が良くて裸眼だったから、目にモノを入れるのが怖くて「カラコン」とも無縁だった。
異世界では好きな色にしたいなって思っちゃったのよ。だから後悔はしていない。夢が叶ってとっても嬉しいもの。
因みに若返りって書いたのは、折角の異世界を満喫するには星良の肉体が耐えられないと思ったからよ。(年齢と運動不足・・・)
私には外見よりも確認したいことがある。
冒険者がいて魔獣がいる、ここは明らかに「武器」を使わなければ生きていけない世界だ。
そしてリストにも書いたからね『★剣と魔法の世界に転移したい』って。
先生が治療で使うのも見たし、道行く人がちょっと使っているのも見た。
(ある。ここは確定で『魔法』がある世界だ)
リストに書いていたから現実になるとは限らないのだろうけど、この世界に来て四日目。
ガスや電気の無いこの世界で大量のお湯を沸かすには高価な魔石が必要らしく、お貴族様の屋敷には風呂があっても庶民の家には無い。いつも水やぬるま湯を絞ったタオルで身体を拭き上げるだけだと、さして風呂好きという訳でも無かった私にもいい加減限界が来るというモノだ。
・・・そろそろ行動を起こしても不自然じゃないよね。
(よし、今すぐ試してみよう)
・・・って思ったけれど、待て待て私は慎重派。
記憶喪失なのに突然魔法を使えば何か思い出したの?となってしまうリスクがある。
そもそも私に魔法が使えるのかすら不明だ・・・。
私はミモザさんからこの国の通貨について教わった後、不自然にならないように話を切り出した。
「ミモザさんは魔法を使えるのですか?」と。
唐突すぎたかな?
そう思ったけど、ミモザさんは何も感じなかったようで
「そうね、生活魔法と──かなり弱いけど治癒魔法を使えるわ。まぁ。体力を回復できるくらいで傷を治したりは出来ないから薬と併用なのだけど。それでも治癒魔法を使える人はかなり少ないから力が弱くても職には困らないのよ。今は故郷で治療院を開業するために先生に色々教えて貰っているの。修行中ってとこかな」
笑ってそう話してくれた。
おー。治癒魔法か。
質問の目的を忘れて普通に感心してしまった。物語によっては治癒魔法と回復魔法を別に考えるものもあるけど、この世界では同じ「治癒魔法」の括りらしい。
そして、どうやら魔獣は火に弱い、水に弱いという属性に近い考え方があるようだけど、魔法属性という概念はなく、人が使う魔法は『使えるか使えないか』だけらしい。そしてその威力は魔力量ではなく強弱と表現──まぁ、これは使えさえすれば私的にはどうでも良いんだけどね。
だからミモザさんは『魔力量は少ないが、光(聖・水とか?)属性がある』では無くて『魔法の力が弱く、回復程度の効果がある治癒魔法が使える』と表現されるわけだ。
属性という考え方が無いので実際に試してみて使えるものは使える、使えないものは使えないということらしい。
私的には魔法さえ使えればどうでもいい話。実際この世界の人もそれで困ってはいないようだしね。
「魔法って他にどんなのがあるのですか?」
私は当初の目的を思い出し、魔法を使いたくてウズウズしながらミモザさんに質問した。
「うーん、一番多いのは生活魔法かな。例えば──」
「た、例えば?」
私は待ちきれなくて、ちょっと前のめりになる。
カモン!来い!生活魔法と言えば、アレですよね?
「明かりをつける『ライト』とか──」
ミモザさんの言葉と同時に掌に小さな明かりが灯る。
そうなんだけど、それじゃ無い。
「ほ、他には?」
先を促す私に「魔法に興味があるの?」と笑顔を向け、「そうねぇ~、後は火をつけたり水を出したり、ちょっとしたお掃除の『クリーン』かしら」と、念願の言葉をくれた。
「く、『クリーン!』ですか」
異世界ファンタジーあるある。
魔法は「イメージ」だ。
待ってました!とばかりに口にした言葉に魔力がのってしまったらしい。
髪と身体、洋服にまで、一瞬爽快な「風?」と思う様な感覚が走ったと思ったら、さっきまで感じていた不快感が無くなっていた。
「「え?」」
私もミモザさんも驚いて顔を見合わせる。
魔法が使えた!『クリーン』だ。
本当の魔法って凄いな。まるで風呂上がりのように石けんの香りまでするよ。本を読んでるだけだと香りとか伝わってこないもんね。
クリーンの魔法は物語に良く出てきていたので効果は知っていたけど、香りつきとは。
そう本気で驚いていた私に先に正気に戻ったミモザさんが興奮気味に言った。
「すごーい、スピカちゃん。魔法の才能があるのね!
お掃除の魔法を身体と服に使ったってこと?なんか良い香りするよ。こんな『クリーン』はじめてみたよ!」
どうやらこの世界の『クリーン』は、私が知ってるモノと若干違うらしい──。