1-1
突然ですが──私、山下星良 XX才(あら、文字化けね)。
家族も彼氏もいない退屈な生活を送っていた読書が趣味のお姉さんで、特に楽しそうなファンタジー系の小説──転移モノが大好きで憧れていた。のめり込んでいたわけではないから、ディープな知識はないのだけど。
で、恥ずかしいのだけど好きが高じて真剣に考えて作ったのが『異世界でやってみたいこと』のリスト。
やっぱり異世界を楽しむなら人生をはじめからやり直す『転生』より、『転移』。
希望する設定に体験したいことや魔法、見てみたいもの、会いたい人・・・『★異世界転移をしてみたい』からはじまるいい大人の私が本気で考えたリストは50項目になってしまった。
数日間、仕事終わりに考えに考え抜いて作ったリストの完成に、その夜私は満足して眠りについたのだ。
そんな私が今何をしているのかって?それは・・・
「おい、こんなところに女がいるぞ!」
「お頭!よく見るとこの女髪も目も赤色だぜ!まだ若いな。貴族か?」
「貴族のお嬢様がこんなところにいるのは不自然じゃ無いか」
「貴族の庶子か?でも珍しい格好をしているな。生地もいい。この国のもんか?」
「関係ねぇ。俺たちに拾われたのが運の尽きだ」
「変わりねぇ・・・連れて行こう。高く売れるぞ」
目が覚めたら理解出来ない状況に陥っていたので、現実逃避ですっ!
ほら、よく転移モノは森から始まるよね。
アレ、実際にあんなところから始まったら間違いなくその場で終わる自信がある。
一人ぼっちで、いつ何かの動物(魔獣?魔物?)に襲われるか分からないのにひたすら人里めがけて歩き続けるなんて、そんな体力も精神力もないから注釈で『→でも森から開始とかやめて欲しい』って入れておいたんだよね。
だけど気がついたら街灯は無いし方向もわからない、舗装もされていない道のど真ん中に立っていた。どうしたものかと考えていたら前から5-6人の男性がやってきたので、道でも聞こうかなと思ったら、あっという間に囲まれて訳のわからないことを言われています。←今ここ。
驚いている者や値踏みする者、やっぱこれヤバいやつですよね?
夢なら今すぐ覚めてほしいのだけど、肌に感じるひんやりとした空気と全身に立った鳥肌が、現実だと教えてくれた。
──っていうか、まさか本当に異世界転移ですか?
街灯が無いと言っても幸か不幸か満月で、月明かりだけでも結構明るいの。おかげさまで月を背に立っている男性たちの人相は分からない。格好もよく挿し絵でみる普通の冒険者っぽいと思うのだけれど、話している内容からして確実に悪人だとわかる。
「あ、あなたたちはもしかして──」
ファンタジー好きとしては見当がついているのだけれど、予想が外れることを願って震える声で聞いてみた。
結果から言うと、予想通り彼らは旅行者や商人を襲い金品を強奪することを生業とする盗賊だった。ってか、危険を避けて注釈を入れたのにこれはひどすぎない?!
「今日は街で一仕事の予定だったが必要ねぇな。こいつを売れば──」
そう言って、男の一人が私に向かって手を伸ばす。森から開始でなくとも絶体絶命!そう思った時、彼らの背後から近寄り声を掛ける者がいた。
「──こっちに向かっているという情報は入手していたんだが・・・思いの外到着が遅かったな」
手を伸ばした男の手が止まる。
「お前の迎え・・・──いや、護衛か?」
男が小さな声で私に尋ねてくる。この世界に知り合いなんていないので違うのだけど恐怖で返事なんかできない。それに違いますなんて言ったら私は間違いなく男たちに連れていかれるだろうし・・・。
そもそも護衛って何?攫おうとしてるってことは私がお金持ちにでも見えるのかしら。それこそ違うんですけど・・・。
そんな私を見て男は「ちっ」と舌打ちすると、伸ばした手を止め声の主に向き直った。見るとやっぱり逆光で顔が見えないけれど月明かりを背に冒険者らしい青年が立っていた。
男は思った。──気配がしなかったと。
大金で売れそうな少女は惜しいがこの男の実力が分からない以上今は引くしか無い。人数はこちらの方が多いが相手の力量も判らないのにここで仕掛けるのは悪手だ。娘には色々知られてしまったから口止めをしなければならないが、襲うにしても今ではない。
こちらからは青年の表情は見えないが、逆光で立つ彼からは己の顔が見えているはずだ。知られた以上こいつの息の根は止めなければならない──。
男は一瞬でそう考えると笑顔でその冒険者に話しかけた。
その日の深夜、エルナトの街の冒険者ギルドに依頼を達成したと、国内で指名手配されていた盗賊が一人の冒険者により引き渡された。
「情報からしてもっと早く遭遇するかと思ったんだが・・・」
盗賊がこの街に向かっているという情報を掴み受付で待機していたギルドマスターは、国を不安に陥れていた盗賊の捕縛の報を受け深夜にもかかわらずギルドの受付で待ち構えていた。
誰もが震え上がるほどの悪人顔のギルドマスターの表情が、冒険者の腕に抱えられている見事な赤髪の少女を視界に入れると目を見開き驚きに染まった。盗賊を副ギルドマスターに任せ、冒険者に目配せをすると別室に誘導する。
「彼女は盗賊が?」
この国では見たこともない仕立ての服を着た少女は、眠っているのか安らかな寝息を立てている。外傷はなさそうだ。
「いや、街道を一人で歩いていたそうだ」
連れ去ろうとしたところに冒険者が現れ捕縛されたため触れてもいない、というのが盗賊の言だ。
事実はどうあれ盗賊の言葉だ。信じるかは別としても──
「この髪色・・・事情が分からない以上、彼女が目覚めるまで待つしかないな・・・」
「──だな」
そんな話がされていたことなど、緊張の糸が切れてしまい青年が盗賊と戦闘に入る前に気絶してしまった私は知る由もなかった。
この日から随分経ってからふと思ったことがある。多分盗賊が時間通りに現れていたら私が盗賊に遭遇することはなく、この冒険者に拾われることもなかっただろう。
きっと私は盗賊の近くに落ちたのではなくて、この冒険者の元に落ちたんだ。