目撃証言39『空気』
良子は、折られた足の治療の為、母親と病院まで救急車で向かった。
母親である陽子は、泣きながら良子の手を掴んでいた。
「大丈夫……大丈夫よ……きっと治るわ……」
「お母さん……有難う……」
微笑みながら、痛みを我慢し、良子は病院へと向かう。
そして、診察室に入る前に大声が聞こえた。
「ああああああ!! あああああああああああ! 放せえええええ! 俺が診て貰ってたんだアアアアアアア!!」
「いい加減にしなさい! 他の患者の迷惑です!」
突如どこかで聞いた事のある声が、喚きながら駄々を捏ねるように、他の患者や職員達を困らせていた。
「う!! 痛い!」
そのキンキン声のせいで、折れた足の痛みが響いた。
「!! 何なのこの声! 迷惑な!」
「申し訳ございません!」
流石に怒りを覚えたのか、陽子は迷惑そうにする。
そして、何とか診察室へと入り、小児科の医師が診断を下す。
「前十字靭帯が損傷しております……日常生活はともかく……陸上のような激しいスポーツは難しいかもしれません……出来るだけの事はしますが……余り期待しないでください」
「!! そんな……この子は……この子は昔から陸上を頑張って……今は大会も控えて……それなのに……こんなの……あんまりです……」
「!! ……そんな」
二人の親子は、絶望の表情で涙を流す。
文雄は、聞き耳を立てながらドアを少し開けて覗き込む。
「糞……診察が終わる気配がない……流石に難しいというのか……」
文雄は、まだ熱中症の診察を諦めていなかった。
食欲がない、気怠い……その二点が気になり、病院に向かったが、相手をされない。
と考えているが、それはそもそも文雄自身朝が弱く、食欲が湧かないのと、気怠いのはいつもの事であった。
なので、熱中症はほぼ回復していると言って過言ではない。
しかし、自身を労われて然るべきと考えている文雄は、そんな事は一切考えてもいなかった。
「取り敢えず整形外科の先生とお話をして手術をします……今回の大会は諦めていただきます……今後陸上を続けるならそちらの方が可能性が少し高いです……絶対とは言えませんが……」
「そんな……」
「お母さん……私はいいよ……」
「でも……」
良子の苦虫を嚙み潰したよう表情を見て、哀しそうに泣く。
「どうして……どうしてこんなことに……」
「とにかく今日は入院していただきます……明日手術にしましょう……お母様は一度家にお戻りになって入院の準備と手続きをお願いいたします」
「!! はい……わかりました」
そんな会話をしている中、文雄の肩を警備員が叩く。
「もういいだろう……こんな状況でお前は自分の診察をしろって言えるのか?」
文雄は、優しい表情で彼女等を見た後、ドアを思いっきり開けた。
「俺の診察をしろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「テメエはそういう奴だよな!!」
警備員は、怒りのまま大声を上げた。