目撃証言10『喫茶店での会話①』
7月22日 夏休み2日目
二人が目覚めたのは、すっかり10時を過ぎていた。
完全に二人は夏休みモードに入っていた。
しっかりと睡眠を取り、文雄がバイトをクビになり、お小遣いが少ないというのに、何処か爽やかな気分であった。
「さて! コーヒー無料券を使ってモーニングセットを頼んでからバイトについて考えるか!」
「そうだね! 行こう行こう! 冷房代も喫茶店ならタダだ!!」
二人は、色々と節約の為に、その日までのコーヒー無料券を持って幼馴染の喫茶店へと向かった。
二人は、喫茶店に到着し、席に着いた瞬間、作り笑顔で美奈子が注文を取る。
「で? もしかして今日の夕方までいるんじゃないわよね?」
美奈子は、怪訝な表情で二人を見る。
学校では、地味な格好を装い、喫茶店では髪を下ろし、眼鏡からコンタクトに変えることで、完全な美少女へと姿へと変わっていた。
彼女は、喫茶店の自分と学校の自分を使い分けており、実家の喫茶店で働いている事がバレれば、確実に面倒臭いと考えて、バレない様にしている。
「大丈夫大丈夫、バイトの話が終えたら帰るから」
「そうそう、モーニングセット2つ」
「はいはい、で? そのコーヒー無料券ね……」
美奈子は、呆れながらも無料券を受け取った。
「さてと……バイトの事を考えたいんだが……」
「うん……確かに今後のお小遣いの為に兄さんのバイト問題を解決しないといけないんだけど……」
二人は、肘を机に付いて指を汲みながらも、ある事が気になっていた。
「で……鬼嶋……さんだっけ? 貴方も協力してくれるって事でいいの?」
「ああ、俺の仲間の仇を! そして俺のプライドを傷付けた事を後悔させてやる!!」
「鬼嶋さん……」
なんと、敷居で遮られてはいるが、文雄の後ろでラノベ展開の続きのような会話が始まっていた。
そして、それは風美も同じ状況に置かれていた。
「ねえ! 西連寺さん! あのダークネスドキドキの戦士って何!!」
「……分ってる……ちゃんと話す……ブラックナイトマスク様も……信用しろって言ってたから……」
敷居で遮られながらも、ニチアサ展開の続きのような会話が始まっていた。
((気になる!!))
二人は、バイトの話どころではなくなった。
「すまないな、お前の影には助けて貰った……アレはインテンションウェポンの力か?」
「いや、アレは私の暗殺者だった時の技だ、武器を収納したり、証拠を隠滅したりする時に使ってた、戦いにはあまり使えない、足止めが出来る訳ではないからな」
(アレってそういう機能しかないんだ……)
文雄は、影の能力で期待していたが、思っていたものとは違い、ガッカリする。
「なるほどな、そういう仕組みか……それならしゃーねえ……それにしてもよお! ったく!! 奴等め! 俺が結界を解除したと同時に警察を呼びやがって!! ぜってえどこかで見てただろ!! ふざけやがって!!」
(それは俺の妹の仕業だから……)
しかし、鬼嶋の悔しがる声を聞いて、少し喜ぶ。
「それより何で結界なんて張ってたんだ? 不良のお前がそんな気遣いをするとは思えないぞ?」
(結構失礼なこと言うな……五十嵐さん)
「ああ、それは普通に騒いでいるだけなら警察は呼ばれないんだが、喧嘩になるとヤバいんだ……だから喧嘩の時は大体いつもそうしてたんだ」
(それはそれで悪質だろ!! 糞共が!!)
余りに酷い理由に、文雄は怒りに燃えるが、いつもの様に6秒間怒りを耐えて落ち着かせる。
「それにしても、最後に現れた奴は何者なんだ?」
「奴の名前はクライアン……俺が前世で最後に戦った相手だ」
「鬼嶋さんが?」
鬼嶋は、神妙な面持ちになりながら説明をする。
「ああ、かなり強かった……俺のインテンションウェポンで本気で殴ってもビクともしねえ……」
「私も覚えている、身体が鋼の様に固く、戦闘技術に優れた相手だ……ラグナを召喚していた奴とは違い近接戦が主な戦い方だ……」
凜も、戦った経験があるのか、少し悩まし気な表情で語る。
「なら……俺達のいる世界の戦闘技術を取り入れれば……」
「難しいな……恵斗は覚えてないだろうが、この世界と以前の世界の戦闘技術であれば以前の方が遥かに優れている……魔力強化によるものも大きいが、なんせ魔物が跋扈する世界だ……今の平和で緩やかな世界とは違いそういう戦闘技術はほぼ強制的に身に着ける必要があった……この世界の小学生くらいの歳で、少年少女が冒険者の仕事を請け負い、オーガを倒すくらいには戦闘技術は上だ」
「なにそれ……めっちゃ怖い」
(現代知識で異世界チート出来ると思ったら! それ以上の現実的な異世界正論をぶつけてくるだと!)
恵斗も文雄も、異世界の現実を聞かされて度肝を抜いた。
「は! そりゃあそうだろ! でなければ前世より筋力の劣る俺が! 奴等不良達に勝てるわけねえだろ! フィジカルや筋力ってのは大事だし! ここの技術でも素人相手であれば勝てるが、多少武術をかじってたりやり込んでいる奴にはそう簡単には勝てねえ! 前世の戦闘技術を活かして不良共の頂点に立ったんだからな!」
(寧ろ逆にこっちが異世界の知識でチート攻略されてるだと!!)
「えっと……実際二人はこの世界でどれくらいの強いの?」
「? ずっとラグナから恵斗を守ってたから詳しくは分からないが、目で追える攻撃は無意識でも確実に躱せる」
「俺は昨日久しぶりにラグナと戦ったお陰で感覚が戻ったばかりだからな……まあ目で追えなくても感覚で躱せる」
「じゃ拳銃で撃たれたりしたら流石に躱せないって事?」
「「え? 躱せるだろ? 目で追えるんだから」」
「ちょっと待って……二人の感覚と俺達一般人の感覚じゃあちょっと違うのかもしれない……普通は躱せない」
余りにも天然な発言に、恵斗はツッコミを入れる。
しかし、文雄は少し違和感を覚えた。
(いや、もし感覚が違ったとしてもこの回答はおかしい……二人は十年以上この世界で暮らしている……流石にそれで一般人と違う認識を自覚してない筈がない)
「いや、お前だから言ってんだよ」
「ああ、ラグナはこの世界の魔力が乏しく弱体化してはいるが、攻撃自体災害級モンスターと遜色ない……それを恵斗は見切って反者的に鬼嶋を守り、攻撃を防いだ、恐らく恵斗も前世の記憶が戻ると同時に力自体も戻りつつある」
文雄の推測通り、二人は現在の恵斗に合わせた回答をしていた。
恵斗は、驚愕しながら手を震わせて、嬉しそうにする。
「え! まさか……俺も拳銃を避けれる様になってたりするのか……」
「そうなっている筈だ……まだ自覚がないからもしかしたら反射的に動いただけかもしれないが……」
(全く見えてなかったけどそんな凄いのが目の前にいたのか……よく喰われなかったものだ……)
文雄は、自身が考えていた以上に、恐ろしい化け物が近くにいた事に恐怖した。
一歩間違えれば、文雄も松井先生と同じく、食べられていたのだから。
「そうなのか……でもそれじゃあ……そんな化け物が一般人を襲ったらヤバイんじゃないのか? 流石に俺達だけじゃ守り切れないぞ……俺達の恩師……松井先生の様に……」
(本当にあんな奴死んで良かったわ、清々したぜ)
文雄は、今までの恨み辛みを思い出しながらスッキリした表情で喜んだ。
「それなら大丈夫だ、奴等は魔力で出来た獣、魔力のある者を好んで捕食する、松井先生はあの仮面の男に指示されて喰われたが、他の生徒や教師は全員無事だっだろ?」
「確かに……」
実際、近くにいた文雄は無事に生きている。
文雄は、目撃体質により気配を消す事に長けてはいるが、それでも襲われなかったのは、文雄自身に魔力が全くないという要因があったからである。
「何にしてもクライアン対策だ、奴はプライドが高く、恐らくラグナは使っては来ないだろう、そもそも召喚は奴の分野じゃない」
「戦士、武術家、魔術師の職業みたいに出来る事が違うのは奴らも同じの様だな」
「ああ、だがそれでも奴は強い、今のラグナなんか比じゃねえだろうな、そもそもの肉体の硬さは勿論、それを更に魔力で強化してやがる……俺のガンとレッドでも太刀打ち出来ねえ……」
「糞、打つ手なしか……」
『ごめんねぇ、流鬼奈……』
『私達の力不足なばっかりに……』
「分かったからその名前で呼ぶな……」
流鬼奈は、嫌そうな表情をする。
それを見た恵斗と凛は、ニヤリと笑う。
「良いじゃないか流鬼奈〜、可愛い名前で〜」
「ああ、とても良いなだと思うぞ!」
「止めろ! 揶揄うな!!」
(流鬼奈! なにそれ可愛い!)
文雄は、少しカッコ良い女性の名前がツボだった。
「んん! それより! どうするんだよ! クライアン対策! 希望があるとすればインテンションウェポンの能力使用だ! 俺はブーストで自身の身体能力を上げられる! 凛! お前は?」
「私のインテンションウェポンの能力は、斬った相手の血を吸う事で威力を上げられる」
(能力とかあったんだ)
突如出てきた隠れ設定に、文雄はワクワクしてきた。
『クックックッ、それならば我に良い案がある』
「ぐ! デュラン……お前……」
(なんか右腕押さえて苦しみ出した……厨二病かな?)
文雄には、恵斗が突然右腕を押さえて苦しみ出した様にしか見えていないが、凛と流鬼奈にとっては、異常事態であった。
「大丈夫か! 恵斗!」
「おいおい! 前世の記憶もないのにどうしてもそんなヤバイインテンションウェポン使ってんだよ! 王族だけがそれの使用を許されてたのは俺も知っているが、今は明らかに操られそうじゃねえか!」
(あれ? もしかして考えている以上にヤバイ感じ?)
心配そうにする凛を他所に、流鬼奈は、恵斗を警戒する。
文雄は、想像より深刻な事態だった事を何となくでしか理解出来なかった。
「正確には恵斗の魂に封印していた……奴等の狙いはそれだ、そのデュランの力を使ってこの世界に魔力を溢れさせてラグナを大量に召喚、そしてこの世界を滅ぼそうとしている」
「封印って……嘘だろ、転生しても尚顕在かよ……どんだけしぶてぇんだ!」
「一体どういう事?」
恵斗は、意味が分からず質問する。
「そのデュランっていうのは俺達の世界では有名でな、古代の悪魔が融合したと言われている魔剣だ……」
「古代の……悪魔……」
『如何にも、我名はデュラン、破壊と殺戮を狂楽とし、いずれこの世界すらも壊し尽くす者だ』
「破壊と殺戮……だと……ふざけるな……お前の好きにはさせない」
(ありがちだな〜、制御し切れない力って……)
シリアスな状況にも関わらず、文雄は物語を聴いている感覚でしかなかった。
「くそ、魂から引き離した上に、力を弱める為に作った依代なのに……」
(分かる、俺も自分の作った作品を蔑ろにされたらちょっとヤダもん)
文雄は凛に、全く持って筋違いな共感をする。
「とにかくだ! お前はそれを使うな! クライアンどころの騒ぎじゃなくなる!」
『良いのか? 我を使わなくて? 我を使わなければ奴に勝つ事など不可能だぞ?』
「ぐ!」
(??)
デュランの誘惑に、流鬼奈は言葉を詰まらせる。
「ああ! 糞! とにかく使うな! クライアンは俺と五十嵐さんだっけ? 二人で何とかする! お前は指でと咥えて見てろ!」
(? え? 何!? 何で急に強気!? デュランの言葉が聞こえないから分からないんだけど!)
インテンションウェポンの会話が挟まると、流石に文雄も話に付いていけなくなる。
「そうだな、そうするしかないのか」
「だけど、俺だけ何もしないっていうのは……」
「いいからお前は何もするな! お前をデュランに良い様にさせて堪るか!」
「!! 流鬼奈お前……良い奴だな……」
「!! べっ別に! ただお前には仲間を助けて貰ったから……義理を返さないと思っただけだ! 勘違いするなよ!」
「あはは、分かってるよ」
(……え? 何このツンデレ? 何このテンプレラブコメ展開な流れ!? お前前世男だったんじゃねえのか!)
文雄は、嫉妬で起きた怒りを心の中でぶち撒ける。
「取り敢えず、当分は私と流鬼奈で何とかするから、恵斗は本当に不味い状況になるまではデュランを使用しない、それで良い?」
「……分かったよ、でも本当に不味い状況になったら使うからな!」
「お、おう……」
「分かってる」
(いちいち照れるな! ツンデレ!)
「取り敢えず、私は恵斗を送っていく、流鬼奈はどうする」
「俺は……もう少しここにいる、仲間の面会にも行かなきゃだしな……」
俯きながら答える流鬼奈に凛は頷き、恵斗と一緒に店を出る。
「畜生……同じ男だってのによ……んだよ、この気持ち……」
(はいはい……ハーレムハーレム……)
赤面する流鬼奈の独り言を、文雄は、不貞腐れながら聞いていた。