目撃証言1『加瀬文雄の目撃証言』
7月19日日(木)17時15分の事であった。
1000円散髪で、取り敢えず整えた髪型の眠そうな目と貧相な体をした少年加瀬 文雄、三田高校1年生と綺麗に整えられたセミロングの髪と可愛らしい顔付き、それなりに胸のある整った体をした少女加瀬 風美、三田中学2年生、二人は兄妹である。
学校帰りに夕食の買い物を済ませて家で荷物の整理をしていた。
加瀬兄妹は、あることに気づく。
「あ、携帯忘れた」
「え、兄さんマジで言ってる?」
文雄は、鞄に入れていたはずの携帯がない事に気付いた。
風美は、呆れ顔で兄の文雄を見る。
冷汗を掻きながら文雄は、思い出す様に風美に話す。
「あっ、確か学校の机の中だ、明日でも大丈……」
「ダメ、兄さん不良グループから虐められているんでしょ? そういう輩が兄さんの携帯を悪用されたり、お金の掛かるような事したらどうするの?」
「うう……」
風美は、文雄が言い終わる前に、鞄の中にある教科書を仕舞いながら反論する。
文雄は、風美の反論を聞いて、一気に青ざめる。
すると、風美も鞄を漁りながら眉を顰める。
「あれ? リコーダーがない」
「あらら、一緒に行く?」
「リコーダーこそ明日でいいんじゃ?」
誘いをやんわり断ろうとする風美に、文雄はしたり顔で首を振る。
「甘いな、健全な男児中学生なら高確率で放置されたリコーダーは舐められているもんだ……一晩置けば一体何人の中学男児達の舌によって舐め輪姦わされるか」
文雄は、風美の反論への仕返しとして、気色悪い意見を伝える。
その意見を聞いて、風美は青ざめる。
「確かに、特に私はクラス内美人ランキング7位の実力はある、隠れファン達をリコーダー集団強姦事件の加害者にする訳にはいかないか……」
「クラス内美人ランキング7位とは強く出たな」
文雄は、風美の話に水を差す。
しかし、風美は自慢げに答える。
「私を誰だと思っているの? 好きな女子ランキングの書かれたノートがバレた場合、責任を押し付ける為の偽装用として勝手に机の中に入れられた兄の妹だよ? 一体誰が虐められているかなんて一目見れば分かるよ」
「なんというえげつなく無駄なスキルを身につけてしまったんだ……てか厄介なファンが居なくなるなら別に良くない?」
「民度が低いって言われるから嫌だ」
「なるほど」
二人は、ネットスラングを交えながら下らない会話をしている間に、時間は着々と進んでいた。
既に、時計は17時35分をまわっていた。
「って! そんなこんなでもうこんな時間だ! さっさと行くぞ!」
「本当だ! リコーダー!」
二人は、戸締りをしっかりしてから互いの学校に向かって走った。
この時二人は知らなかった。
二人は今まで信じてきた事全てが一変するような出来事を目撃する事とは。
文雄は、携帯を取りに学校へと戻った。
中学生であった風美は、文雄より近い中学であった為すぐに学校へと辿り着き、教室へ向かっている。
文雄も、風美を待たせないようにする為、急いで教室へと向かう。
そして、教室のドアが開いていたので中に入ると、そこには一人の少女が木刀を持って立っていた。
(あれって……五十嵐さんだっけ? いつ見ても綺麗だなあ……デュフフフ)
彼女の名前は五十嵐凛、三田高校1年生の綺麗なロングの髪と綺麗な身体付き、Fカップの胸を持つ。
文武両道、才色兼備であり、クールなところが男子に限らず、女子からも人気である。
文雄も、思わず心の中で気色悪い笑い方をしてしまう。
『凜、昨日の事はもう隠せないぞ』
「分かっている……」
文雄は、突然木刀に向かって返答している凜を見て、首を傾げる。
『恵斗に話すしかない……ラグナの事を……そして恵斗の力の事を……』
「そうだね……ナギ、君の事も……前世の世界の事も……」
「はわ……」
「!! 誰かいるのか!」
文雄の小さな声を出してしまう。
凛は、その声に気付き、後ろを振り返る。
文雄は凜に見られる前に、すぐ近くにあった教卓の下へと隠れた。
「いない、聞き間違いか?」
『昨日の疲れもあるのだろう……』
しかし、凜は文雄の存在に気付く事なく、再び木刀の方に視線を移す。
五十嵐凜には秘密があった。
彼女は、別世界で死を遂げて、現在の世界に転生した元女騎士であった。
そして、彼女には愛用した武器であり、相棒であった意志ある武器、インテンションウェポンというものであった。
その相棒である武器を凜は、ナギと呼んでいた。
前世の凛が死んだ際、一緒にインテンションウェポンであったナギが凜と共にこの世界へと転生し、現在は木刀に憑依させて、相棒として一緒にいる。
しかし、凛とナギの会話を目撃した文雄には、木刀に憑依しているナギの言葉は聞こえていない。
その為、文雄の目には、ただの木刀に話し掛けている凜の姿しか映っていなかった。
当然、そんな光景を目撃した文雄が考える事は一つだけであった。
(知らなかった……五十嵐さんが木刀に話し掛ける系の厨二病だったなんて……)
夕方の教室に一人の少女が、木刀相手に意味深な事を話し掛けるとなると大体の人が、厨二病と捉える。
そして、文雄にもそんな黒歴史があるせいか、凛の行動がますます厨二病による行動に見えていた。
『それでどうする? どのようにして奴らについて伝えるつもりだ、恵斗に前世の記憶は、残っていない様に思えるが?』
「そうだな、前世の記憶をどう説明するべきか……」
(そうか……五十嵐さんは前世の記憶がある設定の厨二病かあ……ならその木刀にはパートナーだった人の意識でも宿っているのかな? うんうん、最近のラノベらしくて俺はいいと思うよ……)
ナギの声が聞こえていないとはいえ、部分的な会話でも、元厨二病であった文雄にとって予測出来る設定範囲内であった。
『まあ、一応放課後の教室に呼んである、恵斗が来てから正直に伝えて反応を見るしかないな……』
「ああ、きっと恵斗なら信じてくれる」
(けいと? 誰だ? って……どこかで聞いた事がある名前の様な?)
文雄は、聞こえた名前が、喉元まで出てきているが、思い出す事が出来ない。
そんな時であった。
「五十嵐さん!」
「来たか、恵斗」
教室に一人の少年が入ってきた。
文雄に比べれば、整った髪と顔付き、地味で身長は高い方である。
(けいとって、ああ! 奥山の事か!)
文雄は、ケイトと呼ばれた少年を知っていた。
同じクラスメイトではある奥山恵斗、特に話した事はなく、文雄としての印象は、基本自分と同じ地味系男子であるが、自分の様に虐めは受けていないという事だけである。
「五十嵐さん! 昨日のアレは一体何だったんだ!」
(なんだ、今の俺と同じ様に厨二病やっている五十嵐さんを目撃したのか……それなら戸惑うのも仕方ない……)
文雄は、頷きながら共感する。
しかし、それでも恵斗の行動に不満があった。
(でもだからと言ってあまり突っかかるように問い質すのは感心しないなあ、せっかく五十嵐さん一人で楽しんでいた空間に茶々を入れるなんて……論破出来ない様な事を言ったら五十嵐さん顔真っ赤だよ? そういう時は俺の様に隠れてやり過ごさないと……)
そんな偉そうな事を考えながら、文雄は教卓に隠れながら話を聞く。
「少し落ち着いてくれ、分かるように説明する」
「分かるようにって……やっぱりあの犬の様な化け物の正体が分かるんだね」
(犬のような化け物? 犬じゃなくて? まあいいか)
文雄は、恵斗の口から出てきた内容に疑問を持つが、気にしないようにする。
「あの化け物は魔獣ラグナと呼ばれるものだ」
「ラグナ……」
(うおおおおお!! 痛い痛い! きっと野良犬でも見つけたんだろうけどそんな痛々しいネーミングにするとは! 分からなくはないが後で後悔するぞ! しかも前半に魔獣って!)
文雄は、教卓の中で悶えながら必死に声を出すのを堪える。
「それは一体なんなんだ!」
「ラグナは、ある組織によって戦闘用として作られた魔力生物だ、奴等は空気中の魔力を吸収して襲ってくる、この世界では魔力が薄い為、結界を張らないと存在を維持する事が出来ない、だから恵斗を結界にさえ囚われなければ奴等からの脅威を避けられたのだが……」
(うんうん、異世界あるあるだ! 元の世界だと魔力は濃いがこの世界は魔力が薄いという謎理論! ラノベでよく見る展開だ!)
文雄は、凛と少し気が合うのではと考えた。
しかし、間髪入れず恵斗は質問する。
「じゃあ何で俺を狙うんだ!? どうして組織は俺を態々結界に閉じ込めて、ラグナに俺を殺させようとしたんだ!?」
(鋭い質問だ! さあどう答える五十嵐さん! ここで間違えれば設定が破綻するぞ!)
文雄は、二人のやり取りをワクワクしながら見守り始める。
「そうだな、やはりちゃんと伝えておくべきだった……」
凛は、意味深な言葉と共に暗い表情を浮かべる。
だが、すぐに真剣な表情になり、恵斗の目をしっかり見て答える。
「恵斗、お前は私と同じ……別の世界からこの世界に転生して来た存在なんだ」
「俺が……転生者……」
(まさかの奥山を巻き込む形! 五十嵐さん…それは悪手だよ……相手に否定されたら終わりじゃない? 記憶がない系だとしても何らかの兆候がなければ否定されて終わり……)
「やっぱりそうだったのか……」
(え?)
文雄の予想とは裏腹に、恵斗は何かに気付いた様に神妙な表情をする。
「最近夢に見るんだ……」
(あ、これ……もしかして奥山お前……)
文雄は、どこか嫌な予感がした。
「俺が……どこか遠い場所で、昨日襲われたような化物と戦った光景が……どこか五十嵐さんに似た女性や他の仲間達と共に命を賭して戦ったような……そんな夢を……」
「まさか……恵斗の前世の記憶が蘇ってきているのか……」
『その可能性は高いな……人の記憶は心に伴う……完全に消し去るのは難しいだろう、魔力を持って死んだとなれば特に……』
(お前あれだな……五十嵐さんと厨二病仲間なんだな……)
文雄は、恵斗に悔しそうな視線を送った。
しかし、だからといって今この場に姿を現せば、確実に二人の厨二病空間をぶち壊してしまう。
そんな事になれば、姿を現した文雄も気まずい思いをする。
出来るならば、自身の同じ病に患った者を蔑ろにするのは良く思わなかった。
(仕方ない……二人の活劇が終わるまで待つか、それから携帯を取って帰ろう……すまない風美、兄さんを許してくれ……)
文雄は、空気を読んで、教卓の下から見守る事にした。
「詳しく説明してくれ! 俺は一体何なんだ! 五十嵐さんとの前世の関係は! 謎の組織って言うのは!」
「ああ……全て話そう」
(うわ、長くなりそう……)
ゲンナリする文雄を他所に、凛は事の詳細を全て話した。
凛と恵斗が暮らしていた元の世界では、魔力と呼ばれるものがあり、それに適した様々な職業があった事。
時代的には、よくある中世ヨーロッパ風な世界であり、貴族社会であった事。
その世界には、インテンションウェポンと呼ばれる意思のある魔法武器が存在し、それを使用する戦闘が、貴族社会では主流であった。
凛は恵斗を守る為の騎士であった事、ラグナロクと呼ばれる謎の組織が、その世界を襲い、各国が手を組んで太刀打ちしたが、力及ぼず、最終て的に元の世界は、壊滅させられたという話であった。
文雄は、頭がボーッとしながらも何とか内容は頭に入れた。
(凄い複雑な設定を考えたもんだ……非常にややこしい……だが厨二病らしくて良い! 懐かしいなあ、俺も風美に自分で考えた複雑な設定を語って喜ばせたものだ……苦笑するようになってから止めたけど)
元厨二病の文雄としては、複雑設定を説明する凛の姿は、何処か微笑ましく思えた。
「うっ! 頭が!」
恵斗は、話を聞き終わると同時に、頭を押さえて蹲る。
(うわ出た、記憶を思い出す系のイベント設定だ)
「なんだこれは……目の前に映っているこれは……まさか記憶……」
(やっぱり、まあ厨二病らしいな……これもある意味右腕が疼く系統と大差変わりないし……)
そんな事を考えていると、凛は心配そうにしながら恵斗に駆け寄る。
「大丈夫か!」
「平気だ……」
『ふむ、さっきの話しで記憶が刺激されたか』
「!? もしかして今の声って……」
(ヤバ! バレた?)
文雄は、自分の心で考えていた事が、口に出たと思い焦る。
「すまない、コイツはさっき話した私のインテンションウェポンのナギだ、今は木刀に憑依させている」
(良かった……俺じゃなかった……)
文雄は、高鳴る心臓を落ち着けながら胸を撫で下ろす。
「そうなのか? その木刀に」
『よろしくな』
「ああ、よろしく」
恵斗は、挨拶をしながら木刀の剣先を掴んで握手する。
(うわ……凄い光景だ、木刀と握手してやがる……)
流石の文雄も、恵斗と凛の行動を見て少し引いた。
「とにかく、昨日みたいな事が起これば恵斗の身も危ない! だからこれを渡そうと思う」
凛は、話を戻して懐に入れていた物を恵斗の手に渡した。
「これは……」
「私同様に、恵斗にも魔力が存在する、そして、その魔力に恵斗が前世で使用していたインテンションウェポンの気配がする、これはそれを模して作ったものだ、小さいサイズにはなっているが依代にするには当時と似た物の方が良い」
恵斗が手渡された物を確認する。
文雄も、教卓の隙間から覗く。
渡された物は、小さな竜の巻きついた剣であった。
((どこからどう見てもお土産コーナーとかで売ってるキーホルダーにしか見えない))
二人の見解が、初めて一致した。
「ではな、恵斗……安心しろ、お前は私が守る」
「まっ! 待って! 五十嵐さん!」
凛が教室から出たと同時に、恵斗も追いかける様に教室を出る。
先程まで、教卓の下から出て来て、溜息を吐く。
「はあ、とんでもない光景を目撃してしまった……」
文雄は、少し疲れた様子で自身の机の中を確認した。
そこには、点滅する文雄のスマホが一つ置いていた。
時計は、18時を回っていた。
「やべえな、風美怒ってるかな」
文雄が、スマホの画面を確かめると数件のクーポン広告のメッセージしか届いていなかった。
「もしかして先に家に帰ったのかな?」
そんな事を考えながら、文雄はスマホを鞄に入れて急いで教室を出た。
(きっと遅くなった事、怒られるだろうなあ)
そんな事を考えながら、とにかく風美の学校まで急ぐ。