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SOMA  作者: 味塩温
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ヒーローは遅れてやってくる!

今回の登場人物

兎械来海

天真爛漫な少女。全ての属性の魔法を扱えるという珍しさを持つものの、その練度は一般人以下。


折宮昂輝

名門・折宮本家の一人息子。折宮の血筋の特徴である雷に加え、火の魔法に高い適性を持つ。


久遠月詩

優柔不断な兎械の親友。一般出身であるにも関わらず水と風に高い適性を持つ。不仲な二人の仲裁役。


柊司郎

三人を率いる事になった柊班の班長。特徴的な白い髪は老人を思わせるが、実際はまだアラサーなりたて。

大陸「(リャク)

——魔法と魔術が管理される世界。


この大陸に点在する国家には、魔術の乱用を防ぎ、秩序を維持するための法術管理機関が設置されている。

霊岳(れいがく)国に存在する特別魔術管理局(SOMA)も、その一つだ。


要塞のように広大なその施設は、無数の廊下が複雑に入り組み、大小さまざまな部屋が点在している。

そこでは魔術の研究、犯罪の捜査、そして封印された術式の保管など、国家の秩序を守るためのあらゆる業務が日夜行われている。


しかし、その広大な施設の片隅——新人たちが配属される訓練棟の一室では、朝から妙な緊張感が漂っていた。


「……だから嫌だと言ったんだ」


不機嫌そうな声が、静寂を破る。

鋭い視線を扉に向けた折宮昂輝(オリミヤ コウキ)の口元が、微かに歪んだ。険しい表情のまま、吐き捨てるように言う。


「どうせまた遅刻だろ。時間も守れない奴と卒業してからも組まされるとはつくづく不幸だな」

「ま、まあまあ……来海ちゃんならすぐ来るって!多分……」


隣で慌ててフォローするのは、久遠月詩(クオン ツクシ)だ。

手元の時計をちらりと見て、気まずそうに笑う。


二人が見つめる扉は、まだ固く閉ざされたままだった。



一方その頃、廊下の先を黒い影が駆け抜ける。

「やばいやばいやばい!」

兎械来海(ウカセ クルミ)は青ざめた顔で、跳ねる黒髪もそのままに、周囲の視線を全く気にせず走り続けていた。

脳裏に浮かぶのは昨日のやり取り。スマホ画面に映る久遠からのメッセージ。


『明日は大事な日だから朝迎えに行こうか?』

『流石に初日から遅刻しないよ!月詩は心配性すぎ!』

『本当に大丈夫?折宮君だけじゃなくて新しい班長さんもいるし遅れたらなんて言われるか分かんないよ?』

『今日の為に目覚まし買ったようなもんだし大丈夫!なんなら折宮のヤツより早く着いて嫌味言っちゃうもんねー!』

スマホを机に放り投げ、満足げにベッドに倒れ込む。

目覚まし時計は、買ったばかりの新品が机の上に置かれたまま。もちろん、セットし忘れた事など気付きもしない。

『……完璧! これで私の明日はバッチリだ!』

そう言って、布団をかぶった瞬間に意識は途切れた。


「くっそぉ……何が完璧だよ!何がバッチリだよ!私が大事な日に間に合ったことなんて、今まで一度でもあったっけ?!」


走りながら、兎械は頭を抱えるように続けた。


「なのに、なんであんな強気な返事しちゃったの!? バカか私!て言うか広すぎ!」


額にじわりと汗が滲む。

すでに息も切れてきたが、足を止めるわけにはいかない。

ようやく見えてきた扉に向かって、兎械は全力で駆け出した。

だが、走るほどに足が重く感じられる。

これから初対面する班長の姿は当然思い浮かばない。見たことも、情報もない。当たり前のことだが、それが妙に恐ろしく感じた。恐怖がじわじわと胸に広がる。

それでも兎械は扉に向けて、さらにスピードを上げた。


初日から班長に睨まれるとか、最悪だ……!


あと少し。扉は目の前だ。

だが、胸の鼓動は早鐘のように響き続け、手が震えるのが自分でも分かった。


謝るなら、最初の一言が肝心だよね。なんて言えばいい?


「……遅れてすみません!」


心の声が、思わず口から漏れる。

それと同時に——ドン、と扉が音を立てて勢い良く開いた。


先に部屋に入っていた折宮は兎械を一瞥し、口元を歪めて呟く。


「……遅刻してんじゃねえよ、グズ。」


その一言に、兎械は下唇を噛み悔しそうな顔を見せたが、何も言い返せない。


「来海ちゃん! まだ班長さん来てないから早く早く!」


久遠は手を振り、兎械に自分の隣に立つよう促した。はっとした兎械は悔しさなど気にしていられないと言わんばかりにそそくさと久遠の隣に立つ。


「ごめん月詩!」

兎械は慌てて駆け寄り、久遠の隣に立つとホッと息をつく。


「もう、だから昨日言ったのに……でも、間に合って良かったよ」


久遠が優しく笑いかけるが、隣で二人を見ていた折宮は眉間にシワを寄せ、呆れたように小さくため息をつく。


「ま、間に合ってはないんだけど!班長さんも来てないからセーフ……じゃないかな?」


苦笑いを浮かべながらフォローする久遠の隣で、姿勢を正して息を整える兎械。そこへ扉が再び開き白い髪を無造作に、資料を持つ手で掻き毟りながら、若い男が現れた。


「あいあいあい、どうも。待たせてごめんね、仕事でね、ちょっと」


軽い調子でそう言いながら、男は今度はくしゃくしゃになった紙に目を移して読み上げる様に続けた。


「はい、今日から君達三人の班長を務める柊司郎(ヒイラギ シロウ)です。よろしく」


ここまで息継ぎもせず一気に言い終えると、柊は席に腰を下ろし、深い溜息をついた。


「お客様対応はここまでです……」


その一言に三人の視線が柊の持つ紙に集まる。


「あ、なんかフランクだなと思ってたら……ここ読まなくても良かった所だったよ」


ケラケラと笑いながら柊は椅子に深く腰を掛け、飄々とした笑みを浮かべている。

訓練学校から渡されたのだろうと推測される手元の資料をパラパラとめくり、三人を順番に見やる。


「さて……お客様対応はもうしなくてもいいらしいから、ここからは気楽に行かせてもらうよ。まずは、先に俺が確認した限りでの紙面上のお前らの評価を、簡単に伝えておくか」


三人は緊張した面持ちで、柊の言葉を待った。柊は資料を見ながら、最初に兎械来海の名前を呼んだ。


「兎械来海——器用貧乏、魔法操作に難あり」


兎械はショックを受けたように口元を引き結ぶ。


「折宮昂輝——高水準、性格に難あり」


折宮は鼻で笑い、興味なさそうに肩をすくめた。


「久遠月詩——比較的高水準、特に癖らしい癖はなし、素晴らしいね」


久遠はホッと胸を撫で下ろし、控えめに微笑む。


柊は資料を閉じ、三人に向かってにっこりと笑った。


「さて——久遠を除く二人は回れ右して帰れ、そして二度と来るな」

「……は?」


折宮が眉をひそめた。


「辞めろって言ってんだよ」


その言葉は軽い調子だったが、そこには一切の冗談は感じられなかった。

部屋の空気が凍りつく。


「ふざけんな……コイツはまだしも俺はなんで……!」


「このお仕事はね、強いだけじゃ駄目なのよ。それこそ君より強くて協調性がある奴なんてごまんといるわけ。まあ、折宮の下駄履かされてる君じゃ分かんないか?」


柊は資料を指でトントンと叩きながら、淡々と言葉を続ける。


「もちろん、弱いのは論外だけどね」


その飄々とした笑みの裏にある冷たさに、来海はぞくりと背筋が寒くなるのを感じた。

突如、柊から告げられた辞職勧告に動揺する二人。

しかし、柊が用意していたのは、それだけではなかった。

特別に与えられた“選択肢”——それは、死ぬより怖い“ちょっと”厳しい訓練。

果たして二人に課せられるその内容とは?

次回「死ぬより怖い事はない」

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