第二話「マイリージャの竜」
ここは首都ウラルカの最西端。最終的な目的地はティブルティナ大陸だが
海を渡る必要がある。その大陸へ簡単に辿り着くものでは無いのだ。
幾ら連邦が近代的な科学技術を手にした国だとしても。
連邦だけでも広大だが、帝国にも向かうべき時がある。取り出したのは
テライア王国の紋章が刻まれた古びた本。それこそが最後の王族である
アルメル・マクスウェルに遺された国の遺物。アルマナの書と
呼ばれている。異神の一柱、フォルトゥナの遺志を宿したいわゆる神器。
完全無欠の力は何処にも無い。いかに強力なものにも必ず弱点がある。
その弱点が強さと釣り合っているかどうかは別だが…。
「聞いてもいい?キース」
開くべきに開き、示すべき時に道を示す本。使い勝手の良い、完全なる
予言書では無いのだ。
「七つの称号と遺志について」
遺志とは、この世界で言うところの加護に似たようなものだ。王国が健在
だった時期に国の長である女王がすべてを授かり、相応しい者に授ける。
異神と人を仲介するのが王国の女王の役割である。つまりアルメルは数多の
遺志を授かっているのだ。無数の加護を持つ規格外といえる存在。
七つの称号とは王国の最高位の騎士に授けられるものだ。
「キースも何か授かってたの?」
「いや、俺はただの使用人だ。そんなものは授かっていない」
水星騎士、金星騎士、火星騎士、木星騎士、土星騎士、天王星騎士、海王星騎士の七つの称号だ。キースもただの使用人には当てはまらない戦闘能力の持ち主。
授かっていても可笑しくない。その言葉を耳にして、キースはフッと笑みを零した。
「俺にそんな称号は重過ぎる。俺を圧し潰すつもりか」
他愛もない会話をして、さて出ようかという時だった。ひとりでに本が開いた。
道を示すべきが来たようだ。示された方角は南西。地図を広げ、そこに何が
あるのか確認する。ディフューズ市と呼ばれる都市がある。最近、有名になった
都市だ。観光名所?国の主要都市?全く違う理由で取り上げられている。
「急激に魔力濃度が増した異常事態で国が閉鎖をしている都市だ。内外からの
出入りを禁止している」
「入るのも出るのも禁止してるの?流行り病とか?」
「それだと良いがな…。どうする、その本に従いディフューズへ向かうか?」
ディフューズ市までの道中に、別の町を通り抜ける。アニュアス市という
都市だ。そこに居住する連邦貴族は連邦上層部の立場にいながら現状に不満を
抱いており、異端視されているのだとか。女系家族である。
方角を示しているだけで、ディフューズ市へ向かわなくても良いのでは
無いだろうか。どちらにせよ暫くはティブルティナ大陸へ向かうことは
出来ない。
「行こうよ。二人だけで未知な場所へ向かうのは不安だし、手を貸して
くれるかもしれない人と仲良くなれるかも」
「…分かった。なら早速、アニュアス市へ向かうとしよう」
キースはよほどの事が無ければアルメルの行為を強く否定したり
拒絶したりしない。従者だったからこそ、かもしれない。アニュアス市に
居住する連邦貴族、侯爵家。アシュレイ家、今まさに罠に嵌まっている
最中である。連邦の重要人物である国主と関連があるようだ。取ってつけた
ような理由で目の敵にされている。自由に動ける次期当主となる女性は
独自に現状打破の為に動いている。
ミランダ・アシュレイ、変革の星を宿す麗人。
ここでアルメルたちはちょっとした便利屋のような仕事をしていた。
特に連邦軍を頼れなくなった立場の弱い人間たちがやって来る。
出ていく直前に縋り付いてきた依頼人がいた。良い暮らしは出来てない
ようだ。大きな腹の中にはすくすくと成長する胎児を宿している。
「郊外の噂、知ってますか」
「ウラルカ郊外、西区にある大森林だな。竜の討伐か?それこそ軍が
本腰入れて受けると思うが」
妊婦は首を横に振る。その竜を助けてほしいという願いだった。
悪しき竜として見られている存在の実態は人を愛し、新たな命の
芽吹きを祝福する心優しき竜である。マイリージャ大森林。そこに
住まう竜についてキースは知っている。ダンピーラという種族は
非常に長い年月を生きる吸血鬼という種族の血を持つ。齢百年以上。
肉体年齢は二十代前後である。アルメルは目の前にいる妊婦に宿る
命についてふと何かに気付いた。
「もしかして、寵愛を授かったの?」
「何?」
女性は頷いた。長らく子どもが出来ないことに悩み続けた彼女は祖母の
助言を貰い、マイリージャ大森林にある竜の祠に祈りを捧げたらしい。
どうか、元気な子が作れますように…と。その時に彼女は声を聴いた。
威厳のある声だが、慈愛に満ちていた。
『必ずや子を産むことが出来る。心配せずとも元気な赤ん坊が
産まれるだろう』
大森林に伝わる伝承。竜とその加護を受けた人間や竜を先祖に持つ人間。
「エルピーダ、だな。妊娠や愛情関連の加護を人に与える竜。竜の目は
誤魔化せない。お前の子を望む思い、生まれてくる子への愛が真実であり
時が経っても変わらないと判断したのだろう」
「えっと、詳しいのですね」
アルメルは妊婦の依頼を受けることにした。国の上層部がエルピーダを
邪竜の一体として決定し、討伐を考えているようだ。しかし彼らは
何も分かっていないようだ。竜の与える影響を甘く見ている。不義理には
天変地異を以てして報復する。竜もまた神の一種であることを
忘れてはならない。