第一話「国家機密の依頼」
ここは人間が支配するミラビリス大陸に位置するアガスティア連邦。この国は
大陸を支配する二大国家のうちの一つ。神話の時代にアガスティアに生まれた
勇者が魔王を討ち取ったのだ。神話の時代は終わり、二つの種族が互いに
不干渉になった。自然と魔族と人間のいがみ合いも消えたはず。しかし
ミラビリス大陸全土で噂されるようになったのは恐れられていた魔王の復活。
それによって起こっている災厄の事だった。
予言者がいる。老婆だとか、美女だとか、屈強な男だとか、見た目についての
憶測は多義にわたる。国は予言者を探しているらしい。
首都ウラルカ、その最西端にポツンと佇む屋敷がある。
「この星は太古の昔、地球と称されていたらしい。とある一国は地球時代に
人々を庇護した神々を信仰しているがゆえに異端視されて、消滅された。
あまり口にしないように」
足を運んだ女性は彼女を頼るためにやって来た。彼女は今、恐怖だけを
胸の内に抱えていた。目的の人物に謁見する前に、目の前の男と対談する。
彼はキース・プリムローズという。受付の役割を担っている。彼の瞳は
ルビーのような色で、今は怪しく輝いている。自分を見定めるように
見据えられ、女性はごくりと息を呑む。光は消えた。
「良いだろう。お前の話を聞く」
「では、アルメルという女性にも会うことが出来るのですね!」
「あぁ。こっちだ」
キースに連れられて場所を移動する。女性の名前はクラリス・ヘイズ、
国主の秘書である。正確に言うならば元国主の秘書である。現在の国の
内情は複雑で、誰からも愛されていた国主は謎の罪によって拘束されている。
国民は半信半疑だが、口に出さない。出せないのだ。貴族などの上流階級の
人間が優遇される制度が次々と決められている。
「私も聞いたことがあります。異端なる神を信仰していた国。この
アガスティア連邦の前身ですよね。連邦だけがその国の傍についたと…」
「流石は国主の秘書。国の歴史については詳しいようだな」
水色の扉の前に立ち、キースは扉をノックする。返答を待たずして彼は
扉を開いた。そして彼女と出会う。アースアイと称される特徴的な瞳は
珍しいだけでなく、とある国の王族に当てはまる身体的特徴である。
アルメル・マクスウェル、クラリスが探していた人物。
「初めまして。話、聞きますね…国主様」
クラリス・ヘイズという女性は存在しない。しかし国の重鎮ならば誰でも
その女性を知っている。だというのに彼女は実在しないのだ。
「今の私は敏腕秘書クラリス・ヘイズ。では、話を聞いて貰おうか。
テライア王国の王女殿」
アルメル・マクスウェル、誰も知らない彼女の本来の立場は一国の王女。
王位継承者だ。その国は既に跡形もなく消え去った。国民もろとも土地も
すべて消滅したのだ。ゆえに国について知っている者は現代ではほとんど
存在しない。アルメルとキースとで国や王女という立場について口外しないと
約束している。本名ではないが、便宜上クラリスと称する。クラリスは
国家機密ともいえるような内容の依頼を二人に提案する。
「魔族だけが住まう大陸国家ティブルティナ、そこへ向かってほしい」
「私たちが?ミラビリスとティブルティナは長い間、互いに不干渉を
貫いていたし…」
互いの内情など知る由も無い。魔族が人間をどう思っているのか、彼らが
知るはずもない。しかし独自の調査を進めているうちにこちら側からあちら側へ、
またはその逆へ、悪意を持っての移動を感知した。そしてそれを見逃す諜報部隊。
「剣聖には家族を利用して国に縛り付け、その家族を罪と子で縛り付ける。
…お前のやり方では無いな」
「酷い言い方をするのね、ダンピーラさん。王女様以外の人間は嫌い?」
「そのような冗談を言う人間は嫌いだ」
ダンピーラとは吸血鬼という魔族と人間の混血。非常に稀有な種族として
見なされている。キースという男、彼の父は吸血鬼であり、その中でも
真祖と呼ばれる力の強い存在。ゆえに吸血鬼としての特徴も色濃く
継いでいる。なれば、彼が人間同様に生活するのには苦労する。
「私は動けないのよ。監視の目もあるから…。受けてくれ、アルメル様。
テライア王国とティブルティナは友好関係にあったと聞いている。お前ならば
魔王にも謁見できるかもしれない」
テライア王国消滅の理由は二つある。当時は魔族と人間の争いが絶えなかった為、
人間の大陸であるミラビリスに属しながら魔族と友好関係を結んでいることが
異端とされたこと。もう一つは何度も言う通り、古代の神…異神を信仰
していたことだ。
「魔王が敵意を持っているか、不法入国する怪しい輩について知っているか、
利害が一致したならば協力できないか提案すること、だよね?」
「そうだ。もしかして…」
「もちろん、私たちは受けるよ。その依頼。キース、さっそく準備開始だね!」
未知の世界への冒険に胸を高鳴らせるアルメルを見て、キースは表情を和らげた。
作られた旅団はスワローテイル、渡り鳥の一種からとられた名前。アルメルと
キースは魔族が住まう大陸国家ティブルティナにて魔王に謁見するべく
家を飛び出した。