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「ーーぃ」
ゆらゆら、ぬるま湯に浸かったような心地良さにぼんやりと思考が鈍る。誰かが体を揺さぶっている気がする。
でも、まだ眠くて眠くて仕方がない。
「おーー、ーー」
煩いなぁ…まだ寝かせてよね。
昨日も残業で遅くまで仕事してたんだから…疲れてるの。
それに、あんなクソみたいな奴らの為に仕事するとか時間の無駄じゃない?なら、少しくらい寝てもいいよねぇ?
あぁ、眠い…
もうこのまま、ずっとずっと寝ていたいーー。
「はぁ…おぃ!いい加減起きろ!!」
バンッ!と何かが破裂する音と共にバシャバシャと水が落ちる音が鳴り響いた。それと共に芹沢は強かに体を地面に打ち付けていた。突然の体の痛みと、肺に大量に入り込んできた酸素に思わず噎せる。
「ゲホゲホっ!」
「やっと起きたか?この寝坊助が!」
頭上で誰かがそんな呆れた声を出していた。
図太いドスの効いた、聞いた事のない男の声に慌てて視線を向けるがスリガラス越しに見ているように目の前が霞んでよく見えない。
「???」
「まだ、ボーっとしてんな?ほらほら目を覚ませ!」
ぼんやりとした視界の先、蜃気楼のように黒い影がゆらゆらとしていた。次第に明確な輪郭を持ち始めたそれは…声の通りとても厳つい男だった。
自分よりも随分と大きなその男の身長はもしかしたらは2m近くくあるのではないだろうか?しかも全身がガチガチの筋肉の鎧で出来上がっている。短く刈り込んだ赤褐色の髪に血のように赤い瞳は鋭く、厳ついその顔はヤクザのように恐ろしかった。
右目の上から頬に伸びる大きな傷がついた顔の男は自分をジッっと…否、ギロリと見下ろしていた。
「?!!」
突然のことに頭がパニックを起こす。
この人誰?!てか、ここ何処?!!
はっ…やばい、今何時だ遅刻っ!!
「っ…?、ーー?!」
慌てて立ち上がろうとして、何故か上手く体に力が入らずベシャリと崩れ落ちた。その事にも驚いて声を出そうとしたのに、声も出ない。すっかり混乱しきった頭と体ではその場で無様にもジタバタとひっくり返った虫のように藻掻く事しか出来なかった。
「あ?おい、ちと落ち着けや」
「~~?!!、!!」
ジタバタともがいていれば、ぬっとその男が縮んで今度は至近距離でジロジロとガンを付け始めた。
厳つくて怖い知らない顔が、私の目の前でドスを効かせた声と人を殺しそうな鋭い目でギロリと睨みあげてくるのだ。
すっかり顔を青くして咄嗟に『うぎゃー!!』と叫んだ…つもりだったが、やはり声は全力疾走したあとに起こす息切れのようにヒューヒューと空気が漏れるのみで音として出ていってはくれなかった。
「あ?なんか言いてぇ事でもあんのか?」
「~~?!!」
正直、自分でも何が言いたいのか分からない。
パクパクと餌を強請る鯉のように口を動かすことしか出来なかったからだ。
「何言ってんのか分かんねえよ。腹から声出せや!あ?!」
「っーー!!?」
すると、その人はまたドスの効いた声で私に上から怒鳴りつけてきた。ドカンっ!と大きな雷を落とすかのような声だった。思わずカタカタと震え出す体を抑えることが出来ない。
「ーー…、ー」
恐る恐る、口をパクパクと動かし『あの、あなたは誰ですか…?』と問いかけてみるが…相手にはやはり伝わらなかったようだ。それどころか、目の前の恐ろしい男をより怒らせてしまったようだった。
「あ゛ぁ??!聞こえねぇぞ?!おら、もっとデケェ声は出ねぇのか!?産まれたての赤ん坊の方がデケェ声出すぞ!!テメェは生まれたんじゃねぇのか?!あ゛?!それとも生まれたくねぇのか!!生きたきゃデケェ声出して叫べや!!」
「っ、ーー!」
耳元でなされたその声の大きさに思わず『うるさい!』と叫んだ。しかし、まだ声は出ない。
「聞こえん!!おら、もう1回!!」
「、ーー!!!」
「舐めてんのかてめぇ?!もっともっと腹から声出せや!!」
男はそう言うと今度はバシバシと背中を叩いてきた。
容赦なく叩かれた背中も、耳元で叫ばれる大声のせいで鼓膜も痛いし何よりうるさくて仕方がない。
お前は少し黙れよ!!なんて思いで、今度は肺いっぱいに息を吸い込むと今度こそ思いっきり声を吐き出した。
「っ、ーーう、」
「あ゛??!」
「う、うるせーーー!!!!!!」