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耳の周りでブンブンと蝿が飛びまわるような不快な音に目が覚めた。
部屋の中になんでこんなに蝿がいるんだ?!
いつの間に入り込んで…
そこまで考えた所で、バッ!と体を起こした。
見上げた先、そこには見慣れた天井は愚か知らない空が広がっていた。
明るい空に、12の月が浮かんでいる。
右へ左へ前に後ろに視線を移せば、依然背の高い塀が続く知らない道にいた。転んだ時にできた傷は、ズキズキと痛みを訴え始めていたし、散らかした荷物はそのまま道に拡がっている。余りに非現実的な現状に、けれど嫌に現実味を帯びた現状に思わず零れ落ちた声は掠れていた。
「うそ。夢じゃ、ない…の?」
暫く呆然としていたけれど、いつまでも座っていても仕方が無いとノロノロと立ち上がる。散らばった荷物を拾いあげて、取り敢えず歩こうと足を進めた。
けれど矢張り、どれだけ歩いても歩いても変わらない道。
そうだ!塀を登ってみよう!
なんでそんなことも思いつかなかったのだろう!
塀は高いと入っても2mほど、頑張れば乗り越えられるかもしれない。これでも昔はバレー部だったし、ジャンプ力には少しは自信がある!荷物は適当に置いて腕まくりをした。幸い仕事の服はパンツスタイルだったし、何故か12月なのに寒くないこの場所なら服を脱いでも大丈夫そうだ。
軽くストレッチしたあと、塀の上に向かって思い切って飛び上がった。
いっせー…の!!
何とか上に手を引っ掛けることが出来た。
あとはもはや根性と火事場の馬鹿力と言わんばかりに己の体を持ち上げる。ほうほうの体で何とか塀の上に登切り意外と広い幅に落ちないように慎重に立ち上がってみれば…
そこには…闇が拡がっていた。
塀の下は深すぎて何も見えない。
光すらも届かない闇が、地平線の彼方まで広がっていた。
道を挟んだ反対側も似たような黒い景色だけが拡がっており、暗闇といつの間にかまた増えた月が浮かぶ空とに世界は真っ二つに割れていた。
「っ…なによ、これ」
塀の下から微かに吹き上げる風は嫌に生温く、気持ちが悪かった。昨夜感じた視線がジワジワと蘇ってくる。
何も無い、闇と不気味な空が広がるだけの空間で。
何かが自分を見ている。
何処から?
誰がみているの…?
誰もいないのに、ジワリジワリと増える視線だけが自分を何処までも追いかけてくる。
塀の上からは道の先すらも見えなかった。
ただ真っ直ぐに伸びる道は1本の線のようにそこにあるだけ。
これではどれだけ進んだって進んだうちに入らないだろう…
終わりの見えない景色に、いっその事ここから飛び降りてしまえば何か変わるだろうか…?
そんな考えが頭を過ぎる。
いやいや、まだ諦めるのは…でも。
こんな何も無い場所でいつまで歩き続ければいいの…?
この先にはなにかあるの?何も無かったら…。
このまま…どこにも行けず、1人でどうすればいいの…?
ゾクリッ…
また、なにかの視線を感じた。
昨夜よりも大きなその気配は…空から。
ドキドキと鳴る心臓。
背筋を零れ落ちる冷や汗。
走ってもないのに息が上がった。
空を、見上げた。
空に浮かんだ月が…
大きな目玉のように見えた。
「っ~~~!!!」
視線の正体は、月だ!
否、月じゃないっ!!
あれは、目だ!!
大きな大きな、色とりどりの大小様々な『目』が此方をじっと見下ろしていた。
また、増えたそれらは…なんなのだろうか?
その時、フッと突然の浮遊感に襲われる。
慌てて手を伸ばすも、何も掴むことは出来ず。
悲鳴をあげることすらも出来ず。
不気味な空を最後に、深い深い闇の中へと吸い込まれるように堕ちて行った。