報復の先
夜になり笛使いが現れた。
ユアを胸に隠し笛使いについていったのだが…様子がおかしい…。
何度も洗脳の術を使って来たから分かる。
目が虚ろで焦点が合っていない。
こいつは何かに操られている。
俺はユアにバレないように力を少しだけ解放した。
メフィストのように俺の支配下にある者は力を解放しなくても視る事が出来る。
しかし支配下にない者は意識しないと気付けないのだ。
集中して探ると笛から黒いモヤが出ており、笛使いを包み込んでいた。
間違いない。
こいつは笛に洗脳されている。
目的がはっきりするまでは大人しく従うか…。
大人しく付いていくと村から然程離れていない場所で笛使いは地面を叩いた。
するとほんのりと地面が光った。
魔法がかけられているようだ。
子供を13人も誘拐するのに逃げられやすくしたんじゃ意味がないか。
納得しながら進むと今度は魔法陣の部屋と凝り過ぎた仕掛けに何か大きな存在が動いていると察した。
ただの誘拐にこれだけ手間のかかる仕掛けはしない。
危険な臭いがプンプンと漂ってきた。
これは早々にユアを逃がした方がいいかもしれない。
ユアを小窓から逃がした直後に笛使いが扉を開けた。
笛使いが笛を吹くと子供達の目は虚ろになり後を付いて行った。
俺は子供に紛れて様子を窺った。
辿り着いたのは洞窟で馬車が用意されていた。
13人の子供、大掛かりな仕掛け。
嫌な予感が的中したようだ。
子供達は操られたまま馬車に乗り込もうとしていた。
どうする?ここで抑えるか?
だが何処かに連れて行こうとしている。
その場所を突き止めるまで様子を見るか?
迷っていると馬車の車輪が凍り始めていた。
これは…ユアの魔法!?
俺は咄嗟に力を解放し、子供を洗脳した。
二重洗脳の場合、力の強い方のいう事を効く。
俺の力の方が強い!
しかし子供達は頭を抱えて混乱し始めた。
つまり二つの洗脳の力が拮抗している証だ。
解放した力が小さいとはいえ魔王の俺と拮抗だと!?
驚いていると馬が暴れ出した。
何が起こったんだ!?
子供達は馬車から振り下ろされ宙に投げ出された。
俺は地面に落ちても緩衝されるよう水の膜を敷くと子供達はポヨポヨと水の上に落ちてきた。
そのまま子供達を水と共に俺の後ろに移動させホッとした…のも束の間!
ユア!何やってんだ!?
今度はこちらに向かって激しい津波と馬車が丸ごと吹っ飛んできた。
咄嗟に衝撃波を放つと俺の前で馬車の残骸と水は押し流された。
俺、ユアが一番怖いかも…。
敵よりも何よりも何を仕出かすか分からないユアに恐怖した。
魔王を怖がらせるとか…こいつ女王の素質があるんじゃないか…?
「それは是非お妃様として迎え入れたいですね」
お前、俺の話聞いてた?
「魔王様を恐怖に陥れるなどなかなかできる事ではありません。私、ユア様を崇めたいと思います」
ユアの知らない所でユアが神格化されつつある。
嫌われるよりはいいかもしれないが…いや。これはいいのか?
誘拐事件がひとまず解決した俺はサマエルに繋ぎ、誘拐事件についての報告を行っていた。
サマエルが食い付いたのはユアの暴走の話だけどな。
「それで何か分かったのか?」
仕事を怠けて遊びに来ていたサマエルに命じて誘拐事件について調べさせていた。
「誘拐事件との繋がりは分かりませんが、一定期間で今回と似たような地域で魔物が消失するという問題は起こっています」
「一定期間とはどのくらいだ?」
「前回は…100年前です」
魔王が勇者に倒された年…偶然か?
「犯人は神官だったのですよね?教会が関与しているという可能性は…」
「証拠がない。それにあの笛に憑りついていた奴…聖職者には出せないような禍々しさがあった」
あのどす黒いモヤと歪んだ醜い顔…。
悪い事をしていても聖職者はそれを正当化して威厳を保つが…あれはそれとは違っていた。
完全に闇に染まっている感じだった。
「お前は引き続き誘拐事件を調べてくれ」
「魔王様。私も色々忙しいのですが」
「趣味の悪いベルトを作っている暇があるだろう」
「今はブーツに着手して…」
俺は通信を切った。
神官にかけられていた禁術といい相手は悪魔以上の悪魔かもしれないな。
旅が再開され、ユアは勇者野郎に魔物を嫌う理由について尋ねていた。
奴がカロッカ村の出身と聞き、当時の事を思い出した。
マルユールの町。
人間と魔物が助け合って暮らす魔物の世界でも珍しい町だ。
人間の世界では暮らしにくいため魔物の世界で暮らしたいと願い出てきたのが、俺が魔王になる数百年前の話だ。
当時の魔王がこの町は非戦闘民の町であり、危害を加えた者は極刑に処すると通達されていた。
その為、この町は人間と魔物が共存する穏やかで綺麗な町となった。
マルユールの町が人間共に襲われたと報告を受けた俺は直ぐに町に向かった。
町に近付くにつれて焼け焦げた臭いと血生くさい臭いが風に乗り流れてきた。
俺の心を怒りで満たすには十分な臭いだった。
上空から見えたのは人間共が逃げる町民を笑いながら弓で射ている姿だった。
俺は地上に急降下しながら爪を振り下ろした。
笑いながら弓を引いていた男が笑顔のまま五枚に下ろされた。
ボトボトと音を立てて男の残骸が地面に落下した。
それと共に俺が地上に着地すると他の奴等は一瞬怯んだが直ぐに攻撃を仕掛けてきた。
地面から黒い棘を出し、奴らの体を貫いた。
「魔王様。黒幕を吐かせる為にも少しは手加減して下さい」
何処までも冷徹な側近に舌打ちをすると黒い棘を消した。
地面に落ちた人間達は血まみれになりながらうめき声をあげてもがいていた。
「こいつらはお前に任せる」
サマエルは俺に頭を下げると人間達を連れて消えた。
振り返ると怯えて震えている一団がこちらを見ていた。
俺がゆっくり近付くと集団はさらに強くお互いを抱きしめ合った。
一団の前で跪きウサギ族の少女の顔についた血を拭ってやると少女の塞がれていた耳がピョンと立った。
その姿が可愛くて思わず吹き出すと少女は安心したのか体の力を抜いて座り込んだ。
「お前達、行き場がないなら俺の所に来るか?」
この誘いに全員が頷いたのだった。
誰もいなくなった町を見て回った。
燃やされた家の中には子供を庇ったように倒れている親子や入口に手を伸ばしながら力尽きた者達の焼け焦げた姿がそこかしこで目に付いた。
しかも全ての遺体に無数の刺し傷があった。
何故ここまで非道な事が出来るのか。
この町には同じ人間がいたにもかかわらず…。
「魔王様。この町を襲ったのはカロッカ村という我々も把握していなかった隠れ村の者達のようです。今回の件で魔物達が報復だと、他の人間の町や村を襲おうと動き出しました」
サマエルが背後に現れ洗脳の結果を伝えた。
「そいつらに伝えろ。滅ぼすのは…カロッカ村だと」
「承りました」
サマエルが再び姿を消すと、俺も町をあとにした。
カロッカ村の上空で魔物達が怒りのまま暴れ回る姿をただただ傍観していた。
女子供容赦なく襲う魔物達はマルユールの町に怒りを感じての行動なのか、人間を殺したいだけなのかは分からないが、少なくとも俺の中ではあの町への弔いになっていた。
無感情で眺めていると金髪の子供とその両親と思われる人物達が村の外の隠し扉から出てきた。
地下に隠し通路でも作ってあったのだろう。
ただの村が用意周到なことだ。
しかし逃げた先で魔物達に遭遇した親子は子供を逃がして両親は魔物に立ち向かった。
その動きはただの村人とは思えない訓練された兵士のような動きだった。
ただの村…か。
俺は鼻で笑った。
両親は良い動きだったが魔物達には敵わず止めを刺された。
魔物達は逃げた子供を追い、爪を振り上げた。
危ない!
俺は地上に降り立つと木の上に隠れて弓を構えていた男を睥睨した。
気圧された男は直ぐにその場を離れた。
これ以上は目立つと判断し、魔物達に撤収を命じると暴れ回って満足したのか素直に応じた。
応じなければ殺すだけだけどな。
後ろで震えながら小枝を構えている子供の気配を感じたが、雑魚に用はない。
俺はその場に子供を残して城へと戻ったのだった。
あの時の子供がこいつか…。
そして弓を構えていた男は…。
俺はもう一人の剣士を一瞥した。
こいつらが出会ったのは恐らくあの時なのだろう。
俺はどうやら厄介な奴を生き残らせてしまったようだ。
報復には報復を…か。
俺はあの時の事を後悔はしていない。
だがこいつの憎しみを見ていると、この憎しみの連鎖が世界の歪みを生み出していると感じずにはいられなかった。
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