助けたいのは…
海底に到着すると俺達の体は水の泡のようなものに包まれた。
泡から殺気を感じない事からも殺すつもりはないと判断した俺はユアの防御壁を解除し力をペンダントに返還した。
泡はそのままフワフワと浮きながら俺達だけを部屋の一室に運び、床に辿り着くと泡は静かに割れた。
窓の外の船はいつの間にか消えていた。
「あら?私の術が効かなかったのかしら?」
俺達を連れてきたのはこの人魚か…。
部屋には女の人魚一匹だけ。
「あの強い力はあなただったのかしら?」
人魚は、今は人間同然の俺に首を傾げた。
「そっちの勇者野郎の力じゃないのか」
俺は適当に誤魔化した。
魔王と明かしてもいいのだが、ユア達が目覚めた時に面倒な事になるのは避けたかったからだ。
人魚はまだ納得しきれていないのか首を傾げている。
「それで?何であんたは俺達を呼んだんだ?」
気を逸らすため本題に入った。
「貴方方にお願いがあって呼んだのですが、詳しい話は皆さんが目覚めてからの方が良いでしょうからあちらの部屋でお待ち下さい」
誘導された部屋で待っていたのだが…お前ら早く起きろよ!!
夜だった事もあり全員が目覚めるのに半日以上を費やしたのだった。
ようやく全員が揃い、話が始まったのだが…ユア、感情移入し過ぎだから…。
メローの話にユアが興奮しっぱなしだ。
この話のどこでやる気が起こるボタンが押されたのか教えて欲しい。
話しの途中で婚約者とやらが乗り込んできた。
人魚の男は不細工だと知っていた俺はまあこんなもんだろうと眺めていたのだが、人間共にはその姿が衝撃だったようで皆メローに同情的だ。
ユアに至っては一人でもメローを助けると言い出した。
一人って…お前、俺の事忘れてるだろ?
リンクで繋がっている俺達は言わば運命共同体。
ユアを助けない選択肢はない…面倒だけどな。
結局、勇者共も協力する事になり俺達はメローを逃がす作戦を立てるのだった。
船が動き出し、ユアと移動している時に俺は初めて俺が当たり前だと思っていた協力をユアは嬉しく感じていた事を知った。
「とても心強かった」
そう微笑みながら話すユアに胸が高鳴った。
俺はリンクをした相手だから運命共同体だからユアに協力したのか…?
この顔をまた見られるなら…。
「お前の為なら俺は…」
言いかけてハッとなった。
俺は何を言おうとしてるんだ?
ユアには聞こえていなかったようでホッとする反面、残念な気持ちになったのは…何故だろう…。
人魚共は二度にわたり攻めてきた。
一度目はメローの術で眠らせたが、さすがは人魚。
しっかり対策してきた…耳栓だけどな。
今度は甲板にまで侵入され、苦戦を強いられた。
核を握ってもいいが握れば一発で俺が魔王だとバレる。
そうなった時、話す事が出来る人魚が魔王だと言い出しかねない。
悩んでいると船が大きく揺れユアの体が浮いた。
俺はユアを掴もうとするも腕が短くて届かない。
魔王の俺なら届いてた!
もどかしい体の苛立ちに反応したのかユアを追って海に飛び込んだ瞬間にペンダントの力が解放された。
魔王の体に戻った俺はユアを引きずりこもうとしていた人魚の核を握り潰した。
潰された人魚は砂のように消え去っていった。
それを見ていた周囲の人魚達は怯え震えていたが今の俺にとってはどうでもいい。
一刻も早くユアを助けないと!
ユアを抱き寄せると安心したからか力が自然とペンダントに返還された。
海から顔を出すと直ぐに勇者野郎が駆け付けユアを引き上げた。
意識の戻らないユアに昔母が俺にしてくれた蘇生法を行った。
勇者野郎が「あ!」と何か言いたそうな声を上げていたが今は構っている暇はない。
ユアの名前を呼びながら胸を押しているとユアが息を大きく吸い水を吐き出した。
良かった…。俺はその場にへたり込んだ。
勇者野郎が人魚の王子に剣を突き付けた。
王子は恐らく仲間の核を破壊した俺が魔王だと気付いて降参したのだろう。
チラチラと俺の顔色を窺っている。
ユアを殺そうとした代償は払ってもらおうか。
勇者野郎の動向を黙認した。
しかしそれを止めたのは他でもないユアだった。
お人好しにも程があるだろ。
呆れていると人魚の王子が…。
「お前。俺の嫁にならないか?」
…ぶっ殺す。
核を握ると王子は慌てて退散した。
人魚共。俺が魔王に戻ったら覚悟しとけよ。
船内に戻りながらペンダントを眺めた。
戻りたいと思ったから勝手に動いたのか?
海に落ちた時、俺はペンダントの力を使うつもりはなかった。
しかしペンダントは勝手に力を解放したのだ。
勇者野郎の傍にいる以上、どこで発動するかわからない力は危険だ。
ペンダントの力を制御する決意をしたのだった。
船室にあったタオルで頭を拭いていると他の手が俺に触れた。
ペンダントの事を考えていた俺は気配に気付けなかった。
驚いて振り返ると優しい眼差しを俺に向けているユアがいた。
「初めて名前で呼んでくれたね」
心の中ではいつも名前で呼んでいたが、口に出して呼んだのは初めてだった。
照れくさくていつも「お前」とか「こいつ」扱いだったが、それだけ我を失っていたという事だ。
恥ずかしい限りだ…。
しかしユアが4回と言った時はちょっとムッとなった。
5回は呼んだぞ!って何ムキになってるんだよ。
ユアの笑い声を聞きながら助けられて良かったと思う反面、力の解放を躊躇わなければ危険に晒す事もなかったかもしれないと胸が締め付けられた。
直ぐに助けられなった事を謝るとユアが突然抱きついてきた。
温かいユアの体に包まれながらこの弱く温かい生き物を俺は何が起きようとも絶対に守り通すと決意した。
そのためにはもう二度と力の解放を躊躇わないと決めたのだった。
船が予定外の北の大地に到着した。
船の中で特にやる事もなかった俺はペンダントの制御の練習をしていた。
勇者野郎の隣で解放した時は中々のスリリングで楽しんだくらいだ。
制御が順調になり余裕が出始めた頃、甲板でユアが魔王の俺が好きだと言ってきた。
人生で初めて心臓の早打ちで死ぬんじゃないかと思った瞬間だった。
と同時に俺が魔王だと教えてもユアは受け入れてくれるのではないだろうかとも考え始めていた。
勇者野郎に邪魔されて結局言えなかったが…。
そんな矢先についに勇者の仲間の一人が癇癪を起した。
勇者野郎は気付いていないがこの王女はかなりユアに対してイライラしていた。
いつか爆発するのではないかと思ってはいたが…。
だが勇者野郎がユアを手放すはずもなく王女と決裂した。
「わ…私、追いかけます!」
放っておけよ!お人好しか!?
ユアまで王女を追いかけて行ってしまった。
あ~…気まずい…。
俯く勇者に仲間の男が酒場へと連れて行った。
ユアを追いかけても火に油を注ぎそうだし…俺も酒場に行くか。
酒場の扉を開けたところで港の方から魔物の気配を感じた。
「入らないのか?」
勇者野郎が立ち止まる俺に不思議そうに聞いてきた。
「町を少しぶらついてくる」
視線を港に向けたまま答えると特に止める事もなく勇者野郎達は酒場に入って行った。
ユア達はどこに行った?
魔物が襲来したのならユアを逃がさないと!
俺は町中を探し回った。
すると港の方から物凄い風が吹いてきた。
あれは王女の術だ。
まさか巻き込まれていないよな!?
俺は急いで港に向かった。
港に続く道を曲がると悲惨な光景が目に飛び込んできた。
そこにいたのはステュムパリデスとハルピュイアイだった。
しかもハルピュイアイの一体は事もあろうにユアを踏みつけていた。
沸々と沸き起こる感情を抑えながら警告するとこいつらは笑いながらユアを踏みつけた。
その瞬間、俺は制御が出来るようになったペンダントを使い目だけ赤くさせユアの上にいるハルピュイアの核を破壊した。
俺の目に驚いたのか自分が消滅する事に驚いたのかはわからないが核を破壊されたハルピュイアは間抜けな顔で消えて行った。
他の魔物達は震えながら俺の前にひれ伏した。
「ま…魔王様。我々は貴方様の為に…」
ステュムパリデスが言い終わる前に奴の頬を鷲掴んだ。
俺は口の端を上げて見下ろした。
余程怖かったのか眼球が震えている。
「俺の為?俺の為とは何だ?お前等如きが俺の為に何かできるとでも思っているのか?」
そのまま顔を潰すと顎関節を潰されたステュムパリデスは口がパッカリと開いたまま激痛で悶えた。
それを見ていた他の魔物達も恐怖した。
俺は全員の核に無数の針を刺すと血を吐きながらその場に倒れ込んだ。
息をするのがやっとの状態に魔物達は涙を流しながら充血した目で俺を見上げた。
助けを求めているのか?
俺が口の端を吊り上げると魔物達は絶望と受け取ったのかそのままその場で力尽きた。
ユアに駆け寄るとどうやら気絶しているようだ。
しかし厄介なのはハルピュイアの羽だ。
これには神経毒が含まれている。
数名がこちらに走ってくる音が聞こえ俺は力尽きた魔物達の核を握り潰した。
核を失った魔物達は砂のように消えて行った。
と同時に現れたのは勇者達だった。
「ユアが魔物の神経毒でやられた!俺が薬草を探してくるからユアを頼む!」
ハルピュイアの毒は魔王の俺しか助けられない。
勇者にそれだけ伝えると直ぐに走り出したのだった。
ステュムパリデスに合わせてハルピュイアイにしましたが、ハーピーの事です。
ハルピュイアイは複数形、ハルピュイアは単数形だそうで誤字ではありません。
読んで頂きありがとうございます。