力の解放
最初の町に近付くにつれて魔物の気配が濃くなってきた。
勇者野郎も異変に気付いているのか辺りを警戒しているが、恐らく魔物は町の中にいる。
しかも結構厄介な奴だ。
きっと堕落した人間の魂を集めにきたのだろう。
こいつがいるところは治安が悪くなる。
俺は横目でユアを見た。
何も感じていないユアは必死になって下を向いていた。
案の定、町は酷い有様だった。
町長の家に至っては酷いを通り越している。
この時点で魔物に操られているのは町長だと確信した。
だが操っているということは、本体は安全な場所にいる可能性が高い。
魔物の気配が強すぎて本体の在処までは探れなかった。
仕方なく勇者共と町長に会ったのだが…。
完全に操られてるよ…。
町長の後ろに薄っすらと視える顔…悪魔のメフィストだ。
本体を引っ張り出すにはこれを何とかしないといけないが…。
思案していると突然腕を掴まれた。
人間の兵士だ。
どうする!?ここで力を解放するか?
もう少しこいつらの動向を探りたかったが仕方ない。
ペンダントの力を解放しようとした瞬間、ユアが俺を抱きしめて体から光を発した。
あ…危なかった…。
ペンダントの力を解放していたらこの力まで失くしてしまうところだった。
ユアのお陰でペンダントの力を解放する事なくメフィストは町長の体から追い出された。
しかしユアはあいつに狙われる事になってしまった。
あいつが現れるとしたら夜だ。
勇者野郎の機転でユアは置いてけぼりを食らったが、俺としては好都合だった。
勇者野郎さえいなければペンダントを解放しても気付かれないからだ。
ユアが眠ったのを確認して俺は町全体に眠りの魔法をかけた。
姿を誰かに見られでもしたら厄介だからな。
ベッドの上に座って奴を待っているとユアの傍に黒い影が舞い降りた。
「くくっ。この娘どうしてくれようか」
ゲスな笑いを浮かべるメフィストを黙って見つめていると、ふと顔を上げたメフィストがようやく俺の存在に気付いた。
「おや?人間の子供がいけませんね。私の姿を見た以上、生かしてはおけません。あなたもこの娘とともに…」
俺は力を解放すると一瞬でメフィストに詰め寄り、口を塞いだ。
「しー。静かにしろ。起きるだろ」
口を押えていない方の手で自分の口元に人差し指をあてて静かに忠告した。
力を解放した事で俺が魔王だと気付いたメフィストは震えながらコクコクと頷いた。
俺はそのままこいつを連れて空き部屋へと移動した。
ドカッ。部屋に着くなりメフィストを投げ捨てた。
メフィストは口を塞がれて出来なかった呼吸を整えた。
「ま…魔王様がこちらにお越しになっているとは気付かずに申し訳ありませんでした」
メフィストは床に這いつくばりながら恐怖に震えた。
「貴方のような高貴なお方が何故ここに…」
「お前が知る必要はない。それより俺は今、とても気分が悪い。俺のモノに手を付けるなど」
「私は決して貴方様をご不快にさせるつもりは…」
「お前のような小物が手を出していいモノではない…思い知れ!」
「ギャアーーー!!」
メフィストの核に傷を付けると痛みで叫び声を上げた。
カタッと背後で音がして振り返った。
気配を探ると…。
ユア!?起きたのか?術が効いていない?
そんなはずはない。俺が掛けた術だぞ!?
しかしユアが起きたとなると一刻も早くこいつを立ち去らせないと!
「分かったら私の前から姿を消せ」
「魔王様の仰せのままに」
苦悶の表情を浮かべながらメフィストは姿を消した。
余計な一言を発していきやがって。
思わず舌打ちした。
ユアの気配はまだ廊下にある。
俺は急いで窓から部屋へと戻り、力をペンダントに返還すると廊下を出た。
呆然と部屋の中を眺めているユアをはぐらかして寝室へと向かった。
やべ。俺、こっちから来たけどこっち何にもなかったんだった。
慌てていたとはいえこんな初歩的なミスをするとは…。
その夜、俺は追求された時の言い訳を考えるのに一晩要したのだった。
翌日。勇者野郎が俺の気配を感じて慌てて戻ってきたらしい。
少ししか解放していないのにそれでも魔力を感知したのか…俺、強すぎだろ。
いよいよシュレナバールというところでデスストーカーが出現した。
少ししたら核を握ろうと観察していたのだが…こいつなかなかやるな!
勇者野郎がハサミの前に落ちそうになっていた時は思わず応援してしまった。
王女の魔法で難を逃れたけどな!ちっ!
ユアに敵意を向けなければ俺は全面的にお前を応援するぞ!
しかしそれもユアの氷魔法により終わりを告げた。
さらばデスストーカーよ。
今までの敵の中でお前が一番善戦していたぞ。
哀愁が漂うデスストーカーの背中に賛辞を贈るのだった。
シュレナバールでは俺達の為に宴を催す事になったのだが…。
衣装に着替えたユアを見て目を奪われた。
ちょっと待て!なんだその露出の激しい衣装は!!
いや、決して悪くはない。むしろ好みだ。
俺はハッとなって隣を見上げた。
すると隣に立つ男もユアに釘付けになっていた。
これは全力でユアを守らないと!!
案の定あいつはユアの隣を陣取った。
しかも何だ?その蕩けるような眼差しは。
どんだけこっち見てんだよ。気持ち悪い。
周囲の女共の視線が気になったユアが突然立ち上がった。
護衛のため立ち上がろうとすると勇者野郎も立ち上がろうとしていた。
お前は立つんじゃねえ!
勇者野郎を睨んでいるとユアは俺達を残して一人で行ってしまった。
くそ!ことごとく俺の邪魔をしやがって!
俺一人ならユアはきっと連れて行ってくれただろう。
なのにこの勇者野郎も立ち上がるから!
イライラしていると遠巻きに見ていた女共がここぞとばかりに話しかけてきた。
「坊や。綺麗な顔立ちね」
ねっとりと触って来る女に嫌気がさした。
「俺、おばさんに興味ないから」
毒を吐くと化けの皮が剥がれたような醜い顔で怒りながら去って行った。
俺は触られた箇所を手で払った。
汚らわしい。低俗な人間如きが俺に触れやがって。
隣を見ると勇者野郎は俺と違い女を寄せ集めて顔をニヤつかせていた。
こんな奴にユアは渡さん!
近くにあった饅頭をムシャムシャと頬張ると近くで雷が落ちる音がした。
会場がざわつく中、俺は真っ先に走り出した。
直感だがこれは恐らくユアの魔法だ。
すると少し後ろから足音が聞こえてきた。
振り返ると勇者野郎も何かを感じたのか俺を追ってきた。
くそ!足の長さにハンデがあり過ぎる。
勇者野郎に抜かれまいと必死で走ると回廊を曲がったところでユアがシュレナバールの王に迫られていた。
王はどうやらお遊びのつもりらしいがどいつもこいつも俺のモノに手を出しやがって。
気に入らない!
翌日。何故か布団からなかなか出てこようとしないユアを無理やり起こすと丸まりながら何か呟いていた。
「穴があったら入りたい…」
穴?やっぱり蟻地獄で食われたかったのか?
よく分からないユアの言動にさすがの俺も理解に苦しんだ。
しかもユアは船旅と聞いてから終始心配そうにソワソワしっぱなしだった。
どうやら船長の言っていた魔の海峡を気にしているようだ。
あそこは確か人魚の住処だったよな。
まあ人魚程度ならどうにかなるだろう。
心配するユアを余所に船は出航したのだった。
ユアの予感が的中したのは出航してから数日後の事だった。
夜、ユアと甲板に出ていると家の事を聞かれた。
そういえば城を出て随分経つが一度も連絡していなかったな。
そろそろ連絡しておかないと死んだと思われるか?
これだけ各地で暴れていれば側近のあいつなら察するか。
グリフォンもメフィストも還しているし噂でも聞くだろう。
そんな事を考えていると人魚の歌声が聴こえてきた。
この歌声は洗脳の歌声だ。
この船をおびき寄せている。
目的は何だ?俺達を洗脳していないところを見ると俺達に用があるのか?
人魚の目的を探りながら洗脳を解こうと動き出した。
「これは…水の防御壁?」
王女の言葉に思わず舌打ちしそうになった。
これだから海上での人魚は厄介なんだ。
しかしもっと厄介な事が起こった。
「水なら凍らせて壊せないかな?」
ユア!何言い出すんだお前は!!
人魚に氷の魔法が効くわけないだろ!
止めようとするもユアは直ぐに魔法を唱えてしまい…言わんこっちゃない!言ってはいないが…。
ユアの魔法は俺の予想通り跳ね返された。
予想していた俺はユアの腕を引いて最悪の事態は免れた。
またユアがアホな事を仕出かす前に人魚を捕まえないと命がいくつあっても足りなくなる!
しかし甲板への出口も塞がれており脱出不可能となった。
最悪ペンダントの力を解放してユアだけでも助ける。
俺は人魚の動向を探ると『私に身を委ねなさい』という声とともに俺以外の奴等は眠ってしまった。
俺はギリギリで力を解放し眠りを防いだ。
護りの防御壁をユアに張った。これで少なくともユアが死ぬことはない。
勇者野郎達は…知らん。
それにしても人魚の眠りはユアに効くのか。
人魚の声は人間で言うところの特殊スキルというやつにあたる。
もしかしたらただの魔法は効かないが特殊スキルになると防げないということだろうか。
俺は海の底に引きずり込まれながらユアを観察し続けたのだった。
…何かおかしい。
スヤスヤと気持ちよさそうに眠るユアの頬をツンツンと突いた。
この心臓が鷲掴みにされたような感情は一体何だ?
ふにゃっと笑うユアを見ていたくて思わず何度も突いてしまった。
読んで頂きありがとうございます。