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天使アイリの旅路・はじまり  作者: さざんか
第二部 アークエンジェル
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第一話 天使アイリ、二人目


 ネクストの存在が周知されて以降、目立った混乱はなかった。

 得てしてこういうものは謎があるからこそ収まりがつかなくなる。

 今回は、導太朗が適切に情報コントロールを行ったことで騒動は起こらなかった。

 導太朗は自らネクストは希望であると喧伝する。


「あのダンジョンを見たでしょう!

 あんな小さな東京タワーに広がる無限の世界を!

 あの戦いを見たでしょう!

 ただ一人の少女が生み出す奇跡の連続を!

 これは吉報なんです! 人類種の進化が、ついにやってきたんです!」


 無茶苦茶もいいところだったが、その無茶苦茶を通す力が導太朗にはあった。

 彼はひとまず、天陽に働きかけ、応急対策にネクストステアをシステムアップデートをすることで脳波の増幅を中止させた。

 続けて、各国の官僚や政治家、資産家と顔をつなぎ、国際機関の設立に動くことを表明した。根回しはとっくに済ませていたのだ。

 管理されたものだけが、通常版のネクストステアを使用できるようになった。

 世間はネクストを認めるか否かではなく、どう活用するかという段階に移っていた。


   ○


 天使アイリ。

 彼女の生活は様変わりした。

 世界で『東京変革』『メシア降臨』と呼ばれたあの日からだ。

 マスメディア、ユーチューバー、カルト教団の攻撃が始まった。自宅は特定され、エヴェリ女学院もネットに晒された。

 それでも学生生活を送っていたが、アパートや学校に侵入され、孤児院さえも狙われるようになった。

 ここで導太朗が手を差し伸べる。


「ネクストの広告塔として君を雇おう。さすれば、この社会的な暴力から守ると約束しよう」


「……マッチポンプ」


「物知りだな。そのとおりだとも」


 導太朗はちっとも悪びれなかった。

 アイリに選択の余地はない。

 イエスと頷き――、導太朗の顔面を殴り飛ばした。


「アポカリプス攻略の報酬、いまもらったわよ」


「割安だったな」


 導太朗は朗らかに笑った。

 その日のうちに学校と孤児院には警備が敷かれ、マスメディアなどの連中は排除された。一部では逮捕者も出た。

 すぐさまアイリはネクストのデモンストレーションを行った。

 メディアや要人を前にして空を飛び、車や家を召喚し、自身の速度を高めて走り回った。

 国内だけでなくアジア諸国、ロシア、ヨーロッパ、アメリカ、どこへでも連れていかれた。

 ネクストの指導にも関わった。各国のネクストにスキルの使い方、注意点を説明し、模擬戦も行った。アイリの完勝だった。

 新規のネクスト育成も期待されたが、これは成果が出なかった。アイリから伝えられるのは感覚的なことに過ぎない。教育でネクストを作るというのは、将来の課題となった。

 その他にも、公共的な活動も行っていた。

 例えば災害援助である。


 災害は世界各地で頻発している。それらを封じるなんてのはできないが、迅速な援助活動は可能だった。

 ある日の深夜、アイリは九州にいた。大雨のなか、傘を差して空に浮かんでいる。そのそばには導太朗のメイド、薫子もいた。二人はともに、濁流の川を見下ろしていた。

 この地域では三日前から前線が停滞しており、どんどん川の水が増え続けていた。濁流が蛇のように暴れている。

 薫子が状況を説明する。


「高い確率で氾濫、堤防の決壊が予想されます。避難指示は出されておりますが、被害が甚大になるのは確実です。精神的、経済的損失は計り知れません。ですので、壁を作ってくださいませ。こちらがデータです」


 アイリのネクストステアにイメージ図が送られてくる。堤防に沿って立てられた鋼鉄の壁が河口にまで続いている。


「シミュレーションは完了しています。お願いいたします、アイリ様」


「はいはい。ちちんぷいぷい~」


 孤児院の院長がよく唱えていた呪文を口ずさみ、傘をタクトのように奮った。

 その直後、堤防の両端に巨大な鋼鉄の壁が顕現する。

 上流から河口まで、支流も含めて一瞬で保護された。

 ふう~っとアイリはため息をつく。


「こういうのならいいのよ、こういうのなら。スーパーカーと競争したり、飛行機と高度を競ったり、珍獣扱いは辟易するわ」


「ですが、ネクストへの認知は高まりました。詐欺、ペテンという評価はなくなったかと」


「悪魔だってのは倍増どころじゃないけどね」


 これらの活動によって導太朗のみならず、先進国の代表者はアイリの存在を讃えた。

 環境汚染、人口問題、気候変動、パンデミック……。

 様々な困難が降り掛かってきて、世界には閉塞感が広がっていた。ここから先なにをどうすればいいのかわからない。終末論さえあった。

 そこに現れたネクストは希望。

 いつしか天使アイリはそのイニシャルにちなんで『アークエンジェル』と呼ばれるようになった。


   ○


 半年が過ぎて、季節は夏になっていた。

 アイリはいまなお東京に暮らしている。アパートから警備のついたタワーマンションに移っていた。

 部屋は広くて快適だ。キッチンと風呂が大きいのも気に入った。

 リビングから眺められる東京の景色は悪くない。夜景はロマンチックな気分になるが、三日もすぎれば慣れてしまう。

 エヴェリ女学院にはいまなお在籍している。一応は三年に進級できたのだが、学校に出向く気にもなれない。

 仕事がない日はここでダラダラと過ごしている。この日も朝から引きこもって、リビングの床に寝そべっていたが、一人ではない。


「ミクちゃーん、アイリちゃまは暇で死にそうなんじゃー」


「いやほんと、どうしましょうかね、この状況」


 ミク、彼女もこの部屋にいる。ソファーに座って茶をすすっていた。

 二人は同居している。これは導太朗からの注文だった。

 いざというとき、アイリには出動命令が下る。そのため、常にネクストステアを所持しておかなくてはならないが、彼女は警官でも軍人でもない『女子高生』だ。信用がない。

 そこで、誰かが彼女のそばでネクストステアを管理しなくてはならない。というので、ミクに白羽の矢が立った。


「ほぼ自薦ですけどね。私のせいですし」


「文句はない。飯もうまいし、掃除もしてくれるし、付き合いもそこそこ長い。それに私がどうやったらこの状況から自由になれるのかも考えてくれる」


 ミクは小さくため息をついた。


「まったく取っ掛かりがありませんよ。諦めません?」


「やだよ。絶対に高校生活を満喫してやる。『日常』を取り戻す。手伝え、元凶」


「頑張りますけどね。ご友人ですもの」


 ミクが茶をすすりながらテレビを付けた。

 ネクストステアが使えないからと、ミクが購入したのだ。画面には海外のニュースが報じられていた。

 舞台はアメリカ。

 珍しい、立てこもりの実況中継だ。


『事件発生から三時間が経過しています。警察が説得を続けていますが、犯人が応じる気配はありません』


 ついついアイリは眉をひそめた。


「ミク、ネットではどんな調子よ」


「さっさとアークエンジェルを呼べって息巻いてますわ」


 アイリの意思としては向かってやりたいが、導太朗から指示が出るまで動けない。

 理由は単純。どう解釈しても主権侵害だからだ。


『パスポートもビザも持ってない外国人がいきなり現場に突入して事件解決。尊い人命が失われずによかったねでは終わらんよ。

 感謝はされても、国家はこれ幸いに君を逮捕させろと迫ってくる。国民に非難されても十分な見返りがあるからね』


 アイリを表立って寄越せと明言する国はないが、きっかけさえあれば争奪戦が始まってしまうのは火を見るより明らかだった。

「兄様も国際機関を通じてネクストが自由に動けるようにするつもりのようですが、まだまだかかります。映画のヒーローだって行動を制限されるのがお決まりですしね」


「なんとも歯がゆいことね」


 そうこうしていると、犯罪現場に動きがあった。

 人質が解放され、犯人が捕えられたようだ。ただし、どうも警察の作戦ではなく、有志が助けたらしい。現場は混乱している。

 その有志が、犯人を引きずってカメラの前に出てきた。

 そこでアイリとミクの顔色が変わる。

 事件を解決した有志は若い女だった。

 顔に幼さが残っている。十代だろう。学生服をきている。紺色のブレザーだ。

 炎のように輝く赤毛をポニーテールにして、ネクストステアを装着している。

 背はスラリと高く、手足も長い。

 ほっそりとはしておらず、全体的に筋肉質なアスリート体型だった。

 レポーターが感動に打ち震えながらその名前を呼ぶ。


『アーク……エンジェル……』


 そうなのだ。

 犯人を捕らえたのは、天使アイリ。

 よく似ているなんてものではない。明らかに本人がそこに立っている。

 ミクの叫び声がこだました。


「ネクストステア――――! アイリさん、ネクストステアをかぶって! 早く!」


 アイリは言われたとおりにネクストステアを装着する。


「どうすればいいの」


「電源を入れてください! GPSでここにいることを証明するんです!」


「導太朗へは?」


「もう連絡を取っています! はい、兄様、アイリさんはここにいます! 発表してください! あれはアイリさんではないと!」


 暇な一日が瞬く間に慌ただしくなってしまった。ミクは険しい形相で導太朗と連絡を取り合っている。

 アイリにできることはない。ニュースを注視する。

 カメラは事件を解決したその『天使アイリ』をアップにする。高解像度で毛穴まで見えそうだった。

 画面越しの彼女はカメラに気づき、にこりと微笑みかけた。


「…………ちがうわね」


 その『天使アイリ』の笑顔には曇りがなかった。影がなかった。

 マスコミへの反感すらなかった。

 理想的な、慈愛溢れる天使の笑みだ。

 人間、天使アイリの笑みではない。


「じゃあ、なんなのあんた」


 テレビの『天使アイリ』はバイバイと手を振り、突風とともに姿を消した。

 万雷の拍手がなかなか鳴り止まなかった。

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