幕間 男の望むもの
東京港区のホテルの部屋に導太朗はいた。窓際に立ち、朝日に照らされて赤く君臨する東京タワーを見つめていた。
街はまだ目覚めていないが、導太朗は元気いっぱいだった。
すでにシャワーを浴びて髭を剃り、髪を整えている。スーツに着替えており、たっぷり熟睡したのか目元もぱっちりしていた。口元にも笑みが浮かんでいた。
まるで日曜日の朝を迎えた小学生だった。それほどまでにわくわくしている。
鼻歌でも歌いそうな様子だったが、腰のポケットのスマートフォンがなりだした。
さっきまでの陽気さはどこへやら。導太朗の顔には強い不機嫌が現れた。
それでも電話には出る。
「はい、もしもし。おはようございます、導太朗でございます」
顔はともかく声だけは朗らかだった。
導太朗の相手はボソボソとした掠れ声だ。かなりの高齢だろう。
『進捗はどうなっている』
「順調ですとも。ここからさき、なにがあろうと支障はございません。彼女、天使アイリは私の期待に応えてくださいました」
『まだ最後の難関が残っているのだろう』
導太朗は相手に聞こえないよう、こっそりため息をついた。
「なにをおっしゃいますか。その難関は、他三人、いえ、全人類が相手ならばたしかにこれまでにない難関となったでしょう。ですが、天使アイリには敵いません」
『なにをそんなに確信している。天使アイリだぞ』
「ええ、天使アイリです」
『下賤の出だぞ』
導太朗の目に軽蔑の色が写り込んだ。
コメカミに血管が浮き出ている。針で差したら破裂しそうだった。
咳払いをし、導太朗は会話を続けた。
「彼女には『気高さ』があります」
『野蛮さではないのか』
「『気高さ』です。我々のような『受け継いできたもの』にはないものです。彼女なら砂漠も、荒野も、雪原も、宇宙さえも踏みつけて進みます」
『惚れたりでもしたのか』
「まさか。そのような安いものではありませんよ。すいません、所要がありますので、そろそろ失礼させていただきます」
『ああ。朝早くからすまなかった。わざわざ言うことではないが、ぬかるなよ』
「ええ。必ずご期待に添えましょう。――総理」
通信を切って、壁にスマトーフォンを投げつけた。
コメカミを押さえて導太朗は深呼吸をする。
「『ご老人方』、いつまでもそうやって目を塞いでいればいいさ」
導太朗は窓にこつんと額を当てる。
じっと、祈るような視線を東京タワーに注いでいる。
「いきたまえ。天使アイリ。君なら、君ならば――」
きっと世界を殺すことができるだろう。