第9話 帰り道
「それで、何が目的なんだ藤宮さん」
二人の姿が見えなくなってから、宏樹は鈴華にそう尋ねた。
「あら、何の事かしら?」
鈴華はそう言ったが。
「とぼけなくていいぜ。昼間の弁当といい、いきなりの遊びの誘いといい、一日で色々な事がありすぎて、疑うなって方が無理なんだからな」
「ちょっと待って。遊びの誘いはともかく、弁当って何の事かしら?」
鈴華にしては珍しく、少し困惑した様子でそう質問をした。なので、
「何だ知らないのか。優人は今日の昼ご飯は、渡辺さんが作った弁当を食べてたんだよ。理由は教えてくれなかったが、もしかすると藤宮さんが、渡辺さんに何か言ったのかと思ったんだけど。その様子だと、どうやら違うみたいだな」
宏樹はそう言った。なので、
「ええ。遊びの件は兎も角、弁当に関しては、私は全くの無関係よ。でも、話を聞く限り、朝日も自分なりにアプローチをする事にしたようね。いい事だわ」
「……藤宮さんの目的ってもしかして」
「気付いたようね。そうよ、私の目的は、朝日が山下くんにアピールして、ゴールデンウィークが終わる頃には、二人を恋人の関係にする事よ」
「やっぱりな」
鈴華の話を聞いて、宏樹は納得した様子でそう言った。
「それはそうと、森川くん。この事を知ったからには勿論、協力してくれるわよね? 去年の様子を見るに、貴方は特に何かする様子はなかったけど、二人の仲は応援していたみたいだから」
鈴華はそんな事を言った。
「もしかして藤宮さん、最初から俺も巻き込むつもりだったのか?」
宏樹はそう聞いた。すると、
「まあ、その言葉は否定しないわ。それで、どうなの? 協力してくれるの?」
「正直に言うと、俺はあんまりあの二人の間柄には干渉したくないな。とは言っても、邪魔つもりもないし、あの二人には付き合って欲しいとも思ってるんだがな」
宏樹はそう言った。
「あら、意外ね。友達思いの森川くんの事だから、文句を言いつつも協力してくれると思っていたのだけど」
「あんまり意地悪な言い方をするのは止めてくれ。まあ、二人をくっつけたいっていう藤宮さんの気持ちもよく分かるけど、俺もあいつらとは付き合いが長いからな。色々と思うところがあるんだよ」
「……そう。そこまで言うんなら、諦めるわ」
「悪いな。でも、この事を優人に話したり、藤宮さんたちの計画を邪魔したりするつもりはないし。ゴールデンウィークを楽しむためなら協力は惜しまないから、そこは安心してくれ」
「分かったわ。それじゃあいい加減、私たちも帰りましょうか。あんまり遅くなるのも良くないし」
「だな」
そう言って、二人は会話を終わらせて帰路に就いた。
「ねえ、優人」
「何だ?」
「優人って、鈴華ちゃんの事が苦手なの?」
帰り道、二人並んで自転車を押しながら歩いていると、朝日は唐突にそんな事を言った。
「何でそんな事を思ったんだ?」
優人がそう質問すると。
「だって優人、鈴華ちゃんと話すときは、私や森川くんと話してる時とは違って、妙に遠慮してるっていうか、他人行儀な口調で話すから。折角仲良くなったんだから、もっと砕けて話してもいいんじゃないかなって、いつも思ってたんだけど」
朝日はそう言った。しかし、
「まあ、自分でもそれは思ってたんだけど。少し難しいかもな」
優人は直ぐに否定した。
「どうして?」
朝日にそう聞かれ、優人は渋々といった感じで答えた。
「いや、何と言うか……藤宮さんって、頭もよくてスタイルもいいし、その上めちゃくちゃ美人だろ」
「……まあ、そうだね」
「だからコミュ障の俺としては、同級生とはいえ、そんな人を相手にすると、どうしても緊張してしまうんだよ。まあ女慣れしてそうな宏樹や、同性のお前には、この気持ちは分からないかも……って、どうかしたか」
優人は、朝日が少し俯きながら歩いてるのに気付いてそう言った。すると、
「別に、でも良かったね。私みたいな話しやすい女子が身近にいて。私は鈴華ちゃんとは違って、頭もそこまでよくないし、身体も小柄だし、美人でもないから。鈴華ちゃんと違って、気楽に話せるでしょ?」
朝日はそっぽを向きながら、少し早口でそんな事を言った。
「……なあ、違ってたら悪いんだけど。もしかして、拗ねてるのか?」
優人は、少し遠慮しながらもそう聞いた。すると、
「別にそんな事はないよ。私はただ、事実を言ってるだけだし」
朝日はそう言っているが、明らかに機嫌が悪そうだった。なので、
「ああ、まあ、安心しろ。確かに藤宮さんは、色々と凄すぎるけど。お前も十分可愛いし、魅力的だからな」
優人はそう言ったが。
「でも優人は、私と一緒にいても緊張しないでしょ? 美人な鈴華ちゃんと一緒だと、緊張するのに」
朝日はまだ機嫌が治らないのか、そんな事を言った。
「そりゃあそうだろ、お前とは十年以上の付き合いなんだから。逆に今でも緊張してたら、俺がどんだけ女子が苦手なんだって話だろ」
「そうだけど」
それでもなお、朝日は不安そうだった。なので、
「そんなに機嫌を悪くしくするなよ、帰りにお前の好きなアイスを買ってやるから」
優人はそう言うと、右手を伸ばして、朝日の頭を優しくなでた。生まれた時からの付き合いという事もあり、こういう時にどう行動をすればいいかは、優人は長年の経験の中で理解していた。
「むう、優人。こうすれば私の機嫌が直ると思ってるでしょ?」
朝日は頬を膨らませてそう言った。
「何だ、嫌だったか」
「……嫌じゃないよ、もう少し続けて」
「はいはい」
そう言われた優人は、苦笑いを浮かべながらも、好きな相手にこうして触れられる事への喜びを密かに感じながら、幼なじみの我儘に付き合った。
そして、その後も、朝日の機嫌が直るまで優人は彼女の頭を撫で続け。帰りに約束通り、コンビニで朝日の好きなカップアイスを奢り、そのまま二人で帰ったのだった。
ただ、優人が朝日の頭を撫でていた場所は、少し人通りが少ない道だったが、何人かの通行人たちに観られていて。その度に、
(こんな場所でいちゃつくなよ)
と、心の中で小言を言われていたが。
お互いに、自分の思い人である幼なじみの事しか目に入っていなかった二人は、最後までその視線に気付くことはなかった。