第4話 休日の二人③
その後、優人は、一人自分の家のように寛いでいる朝日の事は、一旦放って置いて。
戸棚から、携帯ゲーム機を取り出して、そのままゲームを始めた。
「優人、なんのゲームをしてるの?」
「ポケットクリーチャー」
優人がそう言うと。
「相変わらずね。また自転車で、同じところをぐるぐる周ってるの?」
「そうだな、これをして強いクリーチャーを作らないと、そもそも対戦にまで行けないからな」
「相変わらず面倒くさいわね。冒険をするのは、楽しくていいけど。そんな作業をしてまでガチの対戦をしたいとは、私は思わないな」
「まあ、その考え方が正常だと思うぞ。厳選や育成は段々楽になってきてるけど、それでも結構な時間は取られるし。対戦も運負けが続くと、ストレスが溜まって、二度とやりたくなくなるからな」
「それだけ文句を言ってて、よく辞めずに続けてるね」
朝日が呆れた様にそう言った。優人も実際に、よく辞めないなと思っているが。
何だかんだいって優人と朝日の二人の間柄においても、特別思い入れが深いゲームだし、対戦面も文句を言いながらも、何処か楽しいと思っているのだろう。
その後は、二人は各々ゲームをしたり、ラノベを読んだり、偶に雑談をしたり、持って来ておいたお菓子やゲームに手を伸ばしたりと、各々好き勝手に過ごしていた。
そして、大体二時間程たち、十五時を過ぎた頃。
「そういえば、偶然家にお前の好きなカップアイスがあるんだが、食うか?」
優人がそう言うと。
「え、本当! 食べる!」
寝っ転がって、ラノベをだらだら読んでいた朝日が起き上がり、物凄く嬉しそうな表情でそう言った。本当は、昨日の内に、優人が近所のコンビニで買っておいたモノなのだが、そんな事を言うと、朝日に色々とからかわれそうなので、言わなかった。
「それじゃあ、取って来るから。お前そのまま、ラノベでも読みながら待っとけよ」
「了解」
朝日にそう言って、優人は一階に降りてから。冷凍庫からアイスを二つ取り出しすと、戸棚からスプーンを二つ取り出して。自分の部屋に戻った。すると、
「わーい、早速食べよう」
朝日はそう言って、ベッドから降りると。畳の床の上に座って、優人からカップアイスを受け取ってから、蓋を開けて食べ始めた。因みにいうと、朝日はバニラ味で、優人はチョコレート味で、これは単純に二人の好みの問題だった。そして、二人が半分くらい、アイスを食べ終えた頃。
「ねえ優人、そのアイス一口くれない?」
朝日は唐突に、そんな事を言った。
「何だ? それだけじゃ足りないのか。どれだけ食い意地が張ってるんだ」
「もう、からかわないでよ。ただ偶には、違う味も食べてみたいだけよ」
「冗談だって、別にいいぞ。ほら」
優人はそう言うと、朝日の目の前にカップアイスを突き出した。自分ですくって取ってくれると、優人は思っていたのだが。
朝日は中々手を動かさず、そのまま目の前のアイスを黙って見つめていた。そして、
「ねえ、優人……そのアイス、あーんして私に食べさせてくれない?」
「……」
突然そんな事を言われ、優人は思わず一瞬黙ってしまう。そして、
「急にそんな事を言い出すなんてどうした? 熱でもあるのか?」
そう言うと優人は、空いてる方の手で思わず朝日のおでこに触れた。
「あう」
すると、朝日は変な声を上げて、そのまま固まってしまったが。割と本気で心配していた優人は、そんな事は気にも留めず。暫く黙って、彼女の体温を測っていた。
「うーん、少し熱いけど、熱はなさそうだな」
優人はそう言うと、手を離した。その瞬間、朝日が一瞬残念そうな顔をした気がしたが、気のせいだろうと優人は結論付けた。が、
「もう優人、額とはいえ急に女の子の体に触らないでよ。マナー違反だよ」
朝日は、その事で少し気分を悪くしてしまったようだ。
「あ、悪い。そうだよな、付き合ってもない男にいきなり触られたら嫌だよな」
優人は、少し焦ってそう言った。
「……別に嫌じゃないけど」
朝日は小声でそう言ったが。少し狼狽えていた優人には、その声は届かなかった。そして、
「というか、私は熱なんてないわよ。ただ純粋に、食べさせあいっこをしたいだけだよ」
朝日はそう言った。
「いやいや、だとしたら余計に可笑しいだろ。そもそも、そういうのは恋人同士でやることで。俺たちみたいな、ただの幼なじみがやることじゃないだろ」
「……まあ、それもそうね」
優人の言葉を聞いて、朝日は渋々ながら納得した様だった。
「というか、何でいきなりそんなことを言い出したんだ? まあ、お前のことだから、ただの思いつきなのかもしないが」
「むー、そんなことないもん」
朝日は、不服そうにそう言った。
「そうか。ならどうして、急にそんなことを言い出したのか。教えてくれないか?」
「えっと、それは……」
優人にそう言われて、朝日は言葉を詰まらせた。
「やっぱり、ただの思いつきだったんじゃ」
優人はそう言ったが。
「そんなことないよ。これは、そう。練習よ」
朝日はそう言った。
「練習?」
「うん、私も優人も、恋人がいたことがないでしょう?」
「……まあ、そうだな」
優人はそう言った。事実この二人には、今まで恋人と呼べる様な相手はいなかった。
「でも、私も優人も高校二年生。年齢的にも、恋愛ごとには興味深々な年ごろよ。いつ恋人が出来てもおかしくない。そうは思わない?」
「うーん、そうか?」
「そうよ。それでもし、恋人が出来た時に困らない様、今ここで練習しておこうと思ったわけ。分かった?」
朝日は、少し早口でそう説明した。
「言いたいことは、分からなくもないけど。色々と無理がないか、その話」
それを聞いて優人は、少し呆れた様な口調でそう言ったが。
「そんなことないわよ。それに、これは優人にとってもいい話よ?」
「俺にとっても?」
「ええ、例えば、優人にこの先彼女が出来たとして。実際に彼女が私と同じような事を言ったとして、優人は、それを難なく行える?」
「……まあ、難しいかもな」
「でしょう。でも、一度経験しておけば、そんな場面に出くわしても、今みたいに狼狽えることなく、そういった事を楽しめるわよ」
朝日は得意げにそう言った。色々と無理がある話だが、筋は通っているし。
そして何より、ごっこ遊びとはいえ、自分の好きな相手とそんなことが出来るということに、優人の心はかなり惹かれていた。しかし、
「やっぱりいいわ。俺は別に、彼女を作るつもりはないし」
「え」
優人の言葉を聞いて、朝日はかなり驚いた表情をした。そして、
「駄目だよ優人、まだ高校生なのに、そんなこと言ったら。きっと恋人が出来たら、今以上に楽しい生活が送れる様になるよ」
朝日は、慌てた様子でそう言った。
「とは言ってもな。恋人なんて、欲しいと思っても簡単に作れるものじゃないだろ。まあ、それ以前に、俺みたいな人間を好きになるモノ好きも、いないと思うけどな」
優人は自嘲気味にそう言った。しかし、
「そんなことないよ。優人は素敵な所、一杯あるし。少なくとも私は、優人の事は素敵な人だと、そう思っているよ」
朝日は、優しそうな口調でそう言った。
「そ、そうか。ありがとう」
「う、うん」
そう言って二人は、少しうつむいた。しかし、優人は直ぐに顔を上げ。
「それで、話を戻すが」
「あ、うん」
「この話はなかったことにしよう。俺には直ぐに必要になるとは思えないし、このままほっといたら、アイスが溶けてしまいそうだからな。だから、俺の分のアイスが食べたいんなら、自分のスプーンですくって食べてくれ」
優人はそう言うと、再び彼女の前に自分のアイスを差し出した。
「そう……分かった」
「分かってくれたか」
「うん、優人を説得するには、多少強引な手をとらないといけないってことがね」
「それってどういう」
優人の言葉を遮り。
「ねえ優人、さっき炒飯を食べ終わった時、私が料理をしたお礼に、一つ私の我儘を聞いてくれるって言ってたよね」
「確かに言ったが、もしかして」
「そう」
朝日は、意地悪な笑みを浮かべ。
「この後の時間は、私と恋人同士という関係で過ごす。これが優人に叶えてもらいたい、私の我儘よ」
朝日は、幼なじみにそう告げた。
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