第29話 古川書店
「ここか」
次の日の日曜日。山下優人は約束通り、昨日貸したお金を返してもらう為に、古川書店を訪れていた。
古川書店は、少し古びた外見の、一階建ての小さな店で。入り口は、横開きするガラス張りのドアで。ドアの上には、木で出来た看板があり、そこには「古川書店」と、達筆な字が書かれていた。
そんな風貌に、優人は、小さい頃に訪れた駄菓子屋の事を思い出して。ちょっとした懐かしさを思いつつも、いつまでも店の前に立っている訳にはいかず。
「ガラガラ」と、店のドアを開き、そのままゆっくりと店内へ入った。
店の中には、幾つかの本棚があり、そこにはびっしりと、本が置いてあった。
優人はその本棚を、並んでいる本のタイトルを見ながら歩み出し、店の奥へと進んで行った。
そして、店の奥へ着くと、そこにはレジが置かれた横長の机が置いてあり。
そのレジの後ろには、畳の上に座り、熱心に読書をしている、一人の女性がいた。
優人は最初、遠目に彼女を見つけ。その人は、昨日会った古川千咲さんだと思ったが。
少し近づいて観ると、彼女は全くの別人だと直ぐに分かった。
古川千咲は、明るく活発そうな見た目をしていて、一緒に居るだけで明るくなれそうな、今の朝日と同じような感覚を、優人は感じていたが。
今、目の前に居る少女は、大人しくて、物静かそうな見た目をしていて。昔の朝日の様な、儚げな印象をしていると優人は感じた。
そして、目の前にいる少女は、優人が店を訪れた事に気付いてないのか。本から一瞬も目を離さず、黙々と読書を続けていた。
その様子を観て優人は、
(客の来店に全く気付かないなんて、この店の警備体制は大丈夫なのか?)
という少しの不安と、
(古川さんを呼んでもらいたいのだけど、真剣に読書をしている彼女の邪魔をしたくない)
という申し訳なさの、二つの感覚が同時に訪れて。暫くの間黙って、彼女の様子を眺めていた。
しかし、いつまでたっても、彼女は目の前に居る優人の存在に気付く様子はなかったので、優人は仕方なく。
「あの、すみません」
と、思い切って、本の世界に入り込んでいる彼女に話しかけた。
「……」
しかし、優人の言葉にも彼女は一切反応せず、読書を続けていた。
「……すみません!」
なので、優人は先程よりも大きい声で、再び彼女に話しかけたが。
「……」
それでも彼女は微動だにせず、本から1mmたりとも、目を離さなかった。さすがにこれは困ると、優人が頭を悩まながら、視線を彷徨わせると。
「ん?」
レジの隣に、小さな鈴が置いてあり。そのベルの下には「鳴らしてください」と掛かれた紙が挟んであった。
(……まさかな)
優人はそう思いつつも、他に手はないと諦めた様な気分で、鈴を鳴らした。
「チン!」
「……!」
すると、今まで優人の声には一切反応しなかった彼女が、驚いた様子で、体をびくっと揺らし。本から顔を上げて、優人の事を観上げた。そして、
「え? あ、その……いらっしゃいませ」
彼女は驚いた様子でそう反応し、最後は小さい声でそう言った。そして、
「えっと……その、お会計ですか?」
彼女は遠慮がちに、そう聞いてきた。しかし、
「いえ、えっと……古川店長居ますか?」
優人がそう聞くと。
「え……いえ、千咲さ……古川店長は、今店を出ています」
彼女は再度、遠慮がちにそう言った。なので、
「そうですか。因みに、何時くらいに帰って来るか分かりますか?」
優人は続けて、そう質問をした。すると、
「いえ……すみません。詳しい時間は分かりませんが、暫くは帰ってこないと思います」
彼女は申し訳なさそうにそう言った。
「あ、いえ。すみません、いきなりこんな事を聞いてしまって」
その様子を観て、優人の方もいたたまれない気持ちになって、そう言い返した。
「いえ、大丈夫です……あの」
「はい?」
「えっと……よろしければ、千咲さ……古川店長に電話して、帰って来てもらえる様に頼みましょうか?」
彼女は遠慮がちにそう言った。なので、
「えっと、そうして貰えると助かりますが、良いんですか?」
優人がそう質問すると。
「はい。それでも、数十分待ってもらう事になると思いますが。それでもいいのでしたら、ですが」
彼女にそう言われて、優人は少し考えてから。
「分かりました。時間に余裕はあるので、申し訳ないですが、よろしくお願いします」
「……はい、了解しました。それでは暫く、お待ちください」
彼女はそう言うと、レジの前から立ち上がり。ポケットからスマホを取り出すと、そのまま店の奥の方へと消えていった。
そして数分後、彼女は再び、レジの前に戻って来た。そして、
「えっと……千さ、古川店長は、後二、三十分で戻ってくるらしいので。申し訳ないですが、もう少し、店内でお待ちください」
「あ、はい。分かりました」
優人がそう答えると、彼女は再びレジの前に座ると、机の上に置いていた本を手に取り、そのまま読書を再開した。




