第22話 最後の連休
ゴールデンウィーク五日目の最後の休日。山下優人は自分の部屋に籠り、携帯ゲームに勤しんでいた。そして、
「ねえ優人、そこに置いてある、私のジュースを取って」
「はいはい」
優人のベッドに仰向けに寝転んで、ライトノベルを読んでいた渡辺朝日にそう言われ、優人は床に置かれていたお盆の上にある、500ミリリットルのペットボトルを持ち、朝日に手渡した。
「ありがとう、優人」
朝日はそう言うと、優人からそれを受け取るとベッドに座り、蓋を開けると一気に飲んだ。そして、
「うーん、美味しい! 昨日みたいに出かけるのも、それはそれで楽しいけど。やっぱり休みの日は、こうしてダラダラしながら過ごすのが一番だね」
朝日は、炭酸の苦さに少し目を細めながらそんな事を言った。なので、
「それについては、全面的に同意するけど。でも、家に来てよかったのか?」
「え? なんで?」
朝日がそう聞くと。
「だってお前、藤宮さんが言うには、今日は明日からの学校に備える為に、各々自由に過ごして、遊び疲れを取っておこうという話だっただろ。ならお前は、わざわざ俺の部屋に来なくても、自分の家で過ごしてた方が、よりリラックスできたんじゃないのか?」
優人はそう言ったが。
「うーん、そんな事ないけどね。前にも言ったけど、この家は私にとっては、第二の実家みたいなものだから、家に居るのと気分的には、そんなに変わらないんだよね。それにね」
「それに、何だ?」
優人がそう聞くと、朝日は悪戯っぽい笑みを浮かべ。
「自分の部屋に一人でいるよりも、こんな風に好きな人と話をしている方が、私的にはよりリラックスが出来るから」
なんの恥ずかしげもなく、さらっとそんな事を言った。
「……そうかよ」
そして、優人はそう返事をすると、朝日から視線を逸らした。
優人は今まで、返答に困った時はこんな感じにごましてきており、こうすれば朝日は、これ以上は特に言及して来なかった。しかし、
「むー、優人の反応が冷たい。好きな子にこんな事を言われたんだよ。もっと喜んでよ」
朝日はそう言うと、ペットボトルを枕元に置いてから、ベッドから飛び降りて。そのまま優人の正面から、彼の胸元に顔を埋めるように抱きついて来た。
「おい朝日! なにやってんだ、離れろ!」
しかし、いきなり好きな人にそんな事をされて、優人は冷静にいられる訳もなく。少し声を荒らげてそう言った。しかし、
「えー、なんで? お互いに好き同士なんだから、これくらいいいでしょ?」
朝日は顔を上げると、優人の目を見てそう言った。
「確かにそうだけど、俺たちはまだ付き合って無いんだから。こういうのは、付き合ってからにしてくれ」
それに対して、優人はそう反論した。だが、
「えー、別にいいでしょ。今年中には、どうせ付き合う事になるんだから。実際に付き合った時の、予行練習って事で」
朝日も譲らず、そう言って再び優人の胸に顔を埋め、優人の腰に回していた腕に力を込めた。口には出していないが、この場は何があっても動かないという強い意志を、優人は感じ取った。なので、
「……仕方ないな。でも、この体制じゃあ動きづらいし何も出来ないから、せめて別の格好にしてくれ」
優人はそう言って妥協案を出した。すると、
「もう、優人は我儘だね。でも、それなら一つ、やってみたいのがあるんだけど」
「……嫌な予感しかしないが、一応聞いてやろう。どんなのだ?」
「うん。それはね……」
その後、優人は朝日のやりたい体制を聞き。嫌々ながらもその恰好になった。そして、
「やっぱりこの体制だと、読書がしやすくていいね」
「お前はそうだろうな」
「優人も、ゲームをしたらいいのに。両手は開いてるんだから、出来ない事はないでしょう?」
「悪いけど、色んな意味で出来ないな」
「ふーん、そうなんだ」
朝日はそう言いながら、優人により体を預けてきた。
優人は現在、壁に寄りかかって、両足を広げて床に座っていて。
その足の間に、朝日も足を延ばして座り。優人に背中を預け、優人を椅子代わりにしたまま、のんびりとライトノベルを読んでいた。
一方、優人はというと。好きな人の体温を全身で感じていて、嬉しさと緊張感で頭が一杯になり。
両手が空いているモノの、朝日の体を触るわけにもいかず。とはいえ、朝日の言うようにゲームを出来る集中力すら残っておらず。
結果として、その場で本物の椅子になったかの様に固まっていた。
「ねえ優人、なにもしないんなら、私の事を抱きしめてよ」
「お前は俺を殺す気か」
「なんで!? 優人死んじゃうの? まだ私に告白してないのに死んじゃダメだよ!」
「……馬鹿、冗談だ。死なねえよ」
朝日があまりにも真面目に受け止めたので、優人は多少冷静になってそう言った。
ただ、もし今、朝日を抱き締めでもしたら、死なないまでも、色んな感情が限界を迎えて、そのまま気絶する自信はあったので、大変な事になる事に変わりはなかったが。
まだ誰とも付き合った事もない優人には、この姿勢はかなり刺激が強く。体は全く動かず、言葉を返すのがやっとだった。すると、
「冗談なんだ、びっくりした。もう、驚かさないでよ」
朝日は安堵した様子でそう言った。
「悪いって」
「……本当に悪いと思ってる?」
「思ってるよ」
「そう。なら罰として、もっと私とイチャイチャしてよ」
「それは駄目だ」
「なんでよ! 優人の意地悪」
朝日は頬を膨らませて、そう言ったが。
「なあ朝日、今日のお前はちょっと、暴走しすぎじゃないか? しつこい様だけど、俺たちはまだ付き合ってないんだから。そういうのは、実際に付き合ってからにしないか」
優人がそう言うと、朝日は少しの時間黙った。そして、
「うん、そうだね。ごめんね、優人は昨日、今のままの関係で居て欲しいって言ってたのに。私少し舞い上がってたみたい」
朝日はそう言ったが。
「いや、悪いのは俺の方だ。これだけ待たせて、それでもまだ告白しないなんて、どれだけヘタレなんだって話だよな」
優人も、朝日に続いて謝った。すると、
「ふふ、それは私も思ってるけど、いいよ。今年中には告白するって約束してくれたから、許してあげる。だから早く自信を付けて、私に告白してね」
「ああ……なあ朝日、一つ質問があるんだけど、いいか?」
「うん、なに? あ、もしかして、理想の告白のシチュエーションとか、そういうの?」
「いや、悪いけど、そんなロマンチックな話じゃないんだけど、いいか?」
「うん、いいよ。初デートに行きたい所でも、付き合ってからのお互いの呼び方でも、何でも聞いてよ」
「……分かった、それじゃあ聞くけどな」
「うん!」
「……自信って、どうやったら付けれると思う?」
「…………えー、そこからなの? というか、それをよりによって、私に聞くの?」
「すまん、自分でも情けないとは思ってるんだ。でも、一晩考えても、中々いい案は浮かばなかったし。こういうのは朝日に聞くのが一番だと思ったんだ。引きこもりから今みたいに成長したお前なら、なにかいい考えがあると思ったから」
優人がそう言うと。
「引きこもりの話は、あんまり出さないでよ。もう克服したとはいえ、そんなに話題にしたくないから」
「……そうだよな、すまん」
「……まあ、優人には全部知られてるから、言う程気にはならないけどね。でも、自信を付ける方法か……やっぱり、自分磨きしかないんじゃないかな?」
「自分磨き?」
「うん。私の場合は、引っ込み思案で無口だった自分を変えたくて、色んな人と話をするようにしたし。お洒落だって、優人に少しでも可愛く観てもらえる様に頑張ったよ。そのおかげで、今の私は、人と話すのにそんなに苦手意識は無いし。優人の事もメロメロに出来てるから、結構自信を持ってるよ」
朝日はそう言うと、どんなもんだと言いたげに胸を張った……ただ、それはとても綺麗な平坦なモノだったとは、朝日のプライドの為にも、優人は言わないでおいた。そして、
「やっぱりそうだよな……」
「優人、自信がないの?」
「自分で言った手前、意地でもやり遂げるつもりだけど……今まで自分を変えようなんて思った事は無いからな。正直、かなり不安だ」
「……うん、分るよ、優人の気持ち。頑張るのって凄く大変だし、しんどいの。だから私が少し、力をあげるね」
朝日はそう言うと、静かに立ち上がり、ゆっくりと優人の方を振り向いた。そして、
「ねえ優人、目を閉じて」
「え? 朝日」
「今から優人に、私の精一杯のエールを上げるから。優人は黙って、それを受け取って欲しいな」
「……ああ、分かった」
優人はそう返事をすると、ゆっくりと瞳を閉じた。
すると、朝日が背を屈め、少しずつ、体が近づいてくる感覚があった。そして……
「……えい!」
「ふぁ?」
突然顔に触れられた感覚に、優人が驚いて目を開くと、朝日が笑顔を浮かべて、優人の頬を両手で引っ張っていた。
「ふふ、キスされると思った? 残念でした。それはさすがに、付き合うまでお預けだよ」
「こりぇのどほがヘールなんだ」
上手く言葉が出せないまま、優人がそう聞くと。
「うーん、分からないかな? 私の笑顔、それが優人に送る、私からのエールだよ」
「へがお?」
「うん。頑張ってるとどうしても壁にぶつかって、諦めたい、これ以上続けたくないって思う日が来るの。でも、私はその時、成長した私を観て喜んでくれる優人の事を思って、挫けずに頑張れたの。だから優人は、辛くて挫けそうな時は、私の事を思ってくれると、きっと頑張れると思うし、私も嬉しいから、なんて。って、ナルシストっぽいかな、私」
「……へや。はりがとうはさひ、ほまえのほとばのほかげで、はんばれるきがするほ」
「もう、なに言ってるか分からないよ。でも、元気が出たんならよかったよ。頑張ってね優人。私はずっと待ってるから」
「ああ、ありがとな、朝日」
朝日が手を離したので、優人はきちんと、礼を行った。すると、
「どういたしまして。それと優人、私はちょっとやりたい事が出来たから、今日はもう帰るね」
朝日は唐突に、そんな事を言い出した。
「そうか、分かった。それじゃあな、朝日」
「うん、バイバイ優人」
朝日はそう言うと、優人に背を向け、ドアへと向かった。そして、ドアノブを捻り、ドアを開けると、
「あ、そうだ優人」
「ん? どうかしたか朝日」
「今は無理だけど、付き合ったらキスも、それ以上も事も、優人の好きなだけしてあげるから!」
「なっ!?」
「私が言いたいのはそれだけ! じゃあね優人……告白、待ってるから」
朝日はそう言い残し、颯爽と部屋を出て行った。
「その言い方はズルいだろ……まあでも、こんなんでも俺は男だ。上手く乗せられていると分かっていても、あんな事を言われたら、頑張るしかないよな」
部屋に残った優人は一人、改めてそう決意するのだった。




