第2話 休日の二人①
次の日の土曜日、時刻は午後の0時を少し過ぎた頃。山下優人はリビングで、平日の内に録画しておいた深夜アニメをのんびり観ていると。
「ピンポーン」
来客を告げるチャイムが、室内に響いた。
それを聞いて優人は、画面を一時停止してから。ゆっくりとソファーから立ち上がり、玄関まで歩いていくと。
「……ガチャ」
そのまま無言でドアを開けた。すると、
「おはよう、優人!」
満面の笑みを浮かべた渡辺朝日が、玄関前に立っていた。
「ああ、おはよう朝日。とはいっても、もうこんにちはの時間だけどな」
「そんな細かい事は気にしなくていいから、それよりも上がってもいい?」
「ああ、別にいいぞ」
「分かった、お邪魔します!」
朝日は元気よくそう言うと、靴を脱いで山下家へと上がった。そして、そのまま彼を置いてリビングへと向かった。すると、
「あ、優人、電撃姫観てたんだ」
朝日が、テレビの画面を観てそう言った。電撃姫とは、大人気ライトノベルである、とあるシリーズの外伝作品の略称で。略さずに言うと、とある都会の電撃姫である。
本編、外伝も含め、何度もアニメ化されている人気作で。優人も朝日も、このシリーズ作品が大好きで。
二人ともアニメは全話観ている上、優人は原作のライトノベルも全て揃えるくらいのファンなので、毎週電撃姫を観れる事に、優人は、ここ最近では一番の喜びを感じていた。
そのおかけが、授業などもいつも以上に真面目に受けられているし、頭も冴えている気がしていた。
さすがにこれは言い過ぎかもしれないが、優人の様に、趣味を一番の生きがいにしている人間からすれば。自分の趣味の時間が充実している瞬間はそれだけで、人生の何もかも潤っているくらいの幸せに感じられたのだった。
「相変わらず面白いよね、電撃姫」
朝日がそう言った。朝日はオタクではないのだが、優人が勧めるラノベやアニメは殆ど観ていたので、オタク方面の知識もそれなりにはあった。
「そうだな、何なら今から一緒に観るか?」
優人がそう言った。すると、
「いいけど、私はまだ今週の話は観てないから、観るなら最初からがいいな」
「別にいいぞ、まだ始まったばかりだしな」
優人はそう言うと、リモコンを操作してアニメを最初まで戻し、また新たに再生をした。
その後、少し前置きを挟み、オープニングが始まった。
「オープニングかっこいいよね」
優人の座っているソファーの隣に座って、朝日がそう言った。
ただ朝日は、優人とは拳ひとつ分くらいの隙間しかないくらい、距離を詰めて座って来たので。優人は内心かなり緊張していたが、それを悟られない様に、意識をアニメに向けて話を続けた。
「そうだな、オープニングまでしっかり作り込んでもらえて、ファンとしては嬉しい限りだ」
「はは、本当に優人は、とあるシリーズ好きだよね」
「まあ、俺が初めて読んだラノベだし、深夜アニメにハマったきっかけの作品でもあるからな。それなりに思い入れは深いよ」
いつもは口数の少ない優人だか、オタクに共通するサガなのか。好きな作品の話をする時には、やたらと喋るようになるのだった。そして、
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お決まりのセリフと共に、アニメが終わった。すると、
「本当に面白いね、電撃姫。こんなに来週が待ち遠しく思える作品を観たのは久しぶりだよ」
「そうだな。最近の能力物と言えば、どれも似たような俺ツエー系の異世界転生モノばかりで、いい加減飽き飽きしてたからな。もっとこうゆう、次が観たくて仕方ないと思える様な、面白い作品が増えて欲しいんだけど、難しいだろうな」
優人はそう答えた。そして、
「それで、この後どうする? 一応、まだ何個か録画しているやつがあるけど。何だったら、今から観るか?」
優人がそう質問すると。
「うーん、それもいいんだけど。ねえ、優人」
「何だ?」
「昼ご飯は、もう食べたの?」
朝日は唐突に、そんな事を聞いてきた。なので、
「いや、まだだが」
優人は正直にそう答えた。すると、
「そう。なら優人、私が何か昼ご飯を作ってあげようか?」
朝日は、優人の方を向いてそう言った。ただ、少し動けば肩がぶつかりそうになるほど近くに、朝日が座っていた事もあり。
ほんの十数センチ先に好きな人の顔がある事態に、優人は一瞬頭が真っ白になってしまう。
「? どうしかしたの、優人」
「あ、いや、何でもない。それで何だっけ」
優人は、視線を朝日から逸らしてそう言った。
「もう、聞いてなかったの! 私が優人に、昼ご飯を作ってあげようかって言ったの」
朝日は頬を膨らませながら、少し不機嫌そうな口調でそう言った。
「ああ、悪い。少しボーっとしててな」
優人はそう言って、緊張で激しく鼓動していた心臓を落ち付かせる為に、一呼吸置いた。そして、
「そりゃあ、作ってもらえるんなら頼みたいけど。今日は客として来てくれてるのに、そんな事を頼むのは悪くないか?」
優人はそう言ったが。
「別にいいよ。料理をするのは、私にとっては趣味みたいなモノだから、全然苦じゃないし。まあ、優人がどうしても私の料理が食べたくないって言うんなら、無理強いはしないけど」
最初の方は笑顔で話していた朝日だが。話している内に、段々声のトーンが下がっていき。最後には少し悲しそうな表情をした。
「いや、待て。食べたくない訳じゃないって。ただ、お前に余計な負担を掛けるのは悪いと思っただけだ。寧ろお前の料理は普通に旨いから、作ってくれるんなら是非お願いしたい!」
優人は、少し焦った様な口調でそう言った。すると、
「はは、優人慌てすぎ。でも、そこまで言ってもらえるんなら、是非とも期待に応えないとね。腕によりを掛けたものを作るから、優人は、まだ観てないアニメでも観ながら、のんびり待ってて」
「……ああ、楽しみにしてるわ」
そう言って優人は、台所に向かう朝日を観ていたが。
(朝日が俺の彼女になったら、ずっとこんな幸せな休日を過ごせるのかな)
ふと優人はそんな事を思ったが。今はまだ無理だとそんな妄想を振り払い、別のアニメを再生し、それを観始めた。