第18話 蛇と彼女
(どうしてこうなった)
優人は心の中でそう叫んだ。二人は現在、まだ訪れてない爬虫類コーナーに向けて、手を繋いで歩いていた。
しかも、普通に手を繋いでいるだけでなく、お互いの指と指をを絡めた、いわゆる恋人繋ぎだった。
こうなった理由は単純で。朝日が優人に、爬虫類コーナーには一緒に行くけど、怖いから手を繋いでいて欲しいと言ったからだ。
それを聞いて、優人は少し悩んだが。
「それくらいなら、別にいいぞ」
と、心よく了解したのだが。その言葉を聞いた瞬間、朝日がその場で優人の左手を握り、あろうことかそのまま指を絡めて来たのだった。
ただ、突然の事に優人は驚いて、思わず手を離そうとしたのだが。
「ふふ、優人と手を繋いでるとやっぱり落ち着くね。これなら苦手な蛇を観る事も、挫けずに頑張れそうだよ」
朝日に、少し照れくさそうに微笑みながらそんな事を言われては、優人は何も言い返す事が出来ず。そのまま二人は黙って歩き始めた。
そして、そのまま暫く無言の時間が続いていると。
「ねえ、優人」
「……何だ?」
「こうしてると、昔の私たちを思い出さない? 小学校の頃は、こうして二人で手を繋いで、家に帰ってたよね」
「そう言えばそうだったな。というか、そんな昔の事、よく覚えてるな」
「昔って、せいぜい数年前の話でしょ。それに、忘れる訳ないよ。私たちの大切な思い出だから」
そんな事を言っていると、二人は目的地である、爬虫類コーナーの前までやって来た。そして、
「覚悟はいいか、朝日」
優人がそう聞くと。
「うん。正直少し怖いけど、優人と一緒なら頑張れそうだよ」
「今更だけど、そんなに怖いんなら、来なくてもよかったんだぞ」
「そういう訳にはいかないよ。ここで逃げたら、負けたみたいで嫌だし」
「何に負けるんだよ」
「何って、そうだね……自分自身の心の弱さかな」
「なんだそりゃ」
朝日の房二病の様な発言を聞いて、優人が呆れた様に言うと。
「もう、そんな事はどうでもいいでしょ。とりあえず、早く行こうよ」
「そうだな」
そう言って、二人はいよいよ、ゲテモノひしめく爬虫類コーナーに入った。
「いきなり蛇は居ないよね」
ただ、爬虫類のコーナーに入って直ぐに、朝日は不安そうな声を上げ、優人の握る手を強めてきた。なので、
「まあ、いきなりは居ないだろ、多分。爬虫類コーナー入ったら、いきなり巨大な蛇が居ましたとか、心臓に悪すぎるからな」
「それもそうよね……」
そうは言っても、朝日は警戒心を緩めず、身を屈めゆっくりとした足取りで、コーナーを進んで行った。そして、一番近くにあった巨大な柵で囲われている、その中を観てみると。
「あれは、ワニだな」
「そうだね」
最初に居たのは、水辺で呑気に寝ているワニだった。ただ、動物の説明欄には、メガネカイマンと書いてあり、名前だけ見たら、なんの動物か分からないが、何てことない、普通のワニの様だった。そして、
「爬虫類だけど、ワニは平気なんだな」
優人がそう言うと。
「うん。だってワニって普通に可愛いでしょ」
「そうなのか?」
優人はピンとこないが、朝日基準では、ワニは可愛いにカテゴリされるらしい。ただ、
「さて、そろそろ次に行くか。あんまりのんびりしてたら、蛇が観れなくなるからな」
「全部のコーナーを観るっていう目標はこれで果たしたから、観なくてもいいんだけどね」
「何言ってんだ。折角だから、全部の動物を観ようぜ」
優人はそう言って、繋いだままの朝日の手を引いて再び歩き出した。
「何か妙に積極的だけど、優人は蛇は苦手じゃないの?」
朝日がそう聞くと。
「そりゃあ俺だって苦手だよ。特に、野生の蛇なんかは一生会いたくないからな。でも、動物園の蛇だと、ちゃんとガラスで仕切られてるから、噛まれる心配もないからな。朝日ほどビビる事はないよ」
「例え襲われないと分かってても、蛇は見た目が生理的に受け付けないから、きついんだけどね」
「そんなこと言ってて、いざ本物を前にした時に大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、いきなり出て来られたら無理だけど。事前に居る事が分かれば、多分耐えられるから」
そんな話をしながら、二人は更に、爬虫類コーナーを散策した。
そして、カメレオンや亀、イグアナなどの生き物を観て来たが。肝心の蛇は、まだお目にかかれていなかった。もしかして、前にここ訪れてから大分時間が経っているので、今はもう居ないのかもしれないと、二人が思い始めた時。
「あれ、あそこに居るのって、鈴華ちゃんだよね」
「そうだな」
朝日の観ている方を優人が向くと。そこには、綺麗な姿勢で立ち、ガラスに挟まれた向こう側に居る何かを一心に観つめてる、藤宮鈴華の姿がった。そして、
「鈴華ちゃん! 何を観てるの」
朝日はそう言うと、優人の手を離し、鈴華の居る方へとかけて行った。そして、鈴華と一少し言葉を交わし。ガラスの向こうに居る何かを観た瞬間、朝日の動きが止まった。
そして、朝日はガラスから素早く目を離すと。再び優人の居る所へ、全速力で戻ってきた。そして……
「ぐほっつ」
そのまま、優人の正面へ全力のタックルを決め、その勢いのまま自分の両手を優人の腰に回し、思いっきり抱きしめてきた。
「おい、どうした朝日」
優人が、そう声を掛けると。
「ここに来た時に話は聞いていたから、多分駄目だろうとは思っていたのだけど。朝日は余程、この子たちが苦手な様ね」
いつの間にか、二人の元へ来ていた鈴華が、優人を観ながら言った。
「朝日のこの反応といい、藤宮さんの言い方といい。もしかして、あそこのガラス張りの中に居るのは」
「そう、貴方の予想している通り、蛇よ。より正確には、ビルマニシキヘビという、最大で六メートルにまで育つ、超巨大な蛇なのだけど。まあ、あんな大きな蛇をいきなり目の前で観たら、今みたいな状態になるのも仕方ないわね」
「……それはまあ何というか、どんまい朝日。泣きたかったら、好きなだけ泣いていいぞ」
「ぐす……私もう高校生だもん。泣くわけないもん」
「そんなに鼻をすすりながら言われても、全く説得力がないぞ。ほら、よしよし」
優人はそう言って、朝日の頭を優しく撫でた。そして、
「でも、藤宮さんが蛇を観ていたなんて、正直意外ですね。もしかして、蛇が好きなんですか?」
優人がそう聞くと。
「ええ、そうね。私は犬とか猫みたいな可愛い動物よりも、蛇とかトカゲみたいな爬虫類の方が好きね。ただ、この事は誰に言っても、全然理解してもらえないけどね」
「……すみません、俺もその考えは理解できないです」
「……ぐす、私も。ていうか、あんなのが可愛く見えるなんて、鈴華ちゃん絶対可笑しいよ」
「あら、失礼ね。人にはそれぞれ好みがあるのよ。例え、相手の好みが少数派だったとしても、それを頭から否定するのはよくないわよ」
鈴華はそう言ったが。
「とはいえ、今の朝日をこれ以上虐めるのは、さすがに可哀想ね。私はもう少し、あの子たちを観察してるから。山下くんは、朝日の面倒をよろしくね」
「……ええ、分かりました。残り時間、命一杯楽しんで下さい」
「ええ、そうさせてもらうわ」
そう言って、鈴華は元居たガラス張りの前に戻って、蛇の観察を続け。
優人はその間、朝日の気分が落ち着くまで、彼女の頭を撫で続けた。
ゴールデンウィーク三日目の動物園。各々の好きな動物を知れたり、朝日と久しぶりに手を繋いで歩いたりと、色々と面白い事はあったものの。
最後は何とも言えない、残念な結果となった。




