第10話 渡辺朝日は動き出す
山下優人は春の陽気につままれ、心地よい睡眠を貪っていた。すると、
「ねえ優人、もう朝だよ。起きて!」
物音一つしない、静かな空間の中に一つ。とても聞き慣れた、彼にとっては心地いい声音が響いた。しかし、
(……可笑しいな、朝日の声が聞こえる。今ここに、あいつが居る筈ないのにな)
優人はそう思って少し考えて、これは夢だろうと結論付けた。そして、まだ目覚まし時計の音が聞こえないので。もう少し、この心地いい時間を過ごそうと、再び意識を落とそうとしたのだが。
「もう優人、これ以上寝てたらゆっくり学校に行けなくなるよ! だから早く起きて!」
そう聞こえると突然、優人を包んでいた温もりが全て取り除かれた。
「寒っっつ! 何だ?」
そう言って、優人がゆっくりと眼を開けると。優人の眼の前には、彼が被っていた毛布を持った、制服姿の朝日がいた。
「……何やってんだ朝日?」
優人はそう言った。すると、
「何って、優人を起こしに来たんだよ」
朝日は笑顔でそう言った。そして、
「それじゃあ私は、一階で待ってるから。優人も早く着替えて降りて来てね」
朝日はそう言い残し、一階に降りて行った。
「……何だか最近、あいつの距離が妙に近くなってる気がするな」
優人はそう言うと、ベッドから出て制服に着替え始めた。
その後、着替え終えた優人が一階に降りてリビングに行くと。朝日が机の前の椅子に腰かけていて、優人の両親と共に、朝食を食べていた。
「あら優人くん、今日は珍しく早く起きたのね」
すると、優人の母親が、彼にそんな事を言った。そして、
「そうだな。いつもは父さんが家を出た後に、起きてるのにな」
それに続いて、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいた優人の父も、そんな事を言った。なので、
「そうだな。本当はもう少しゆっくり寝ていたかったんだけど、朝日に無理やり起こされたからな」
優人がそう言うと。
「むう、優人。折角起こしてあげたのに、その言い方は酷くない?」
朝日は不安げにそう言った。すると、
「そうよ、優人くんはただでさえ、朝日ちゃんに世話になってるんだから。もっと朝日ちゃんに感謝しなさい」
優人の母がそう言うと。
「そうだな。朝日ちゃんは高校生徒は思えないくらい、家事も料理も完璧にこなせるからな。それに、いつもだらしない優人の世話をしてくれて、本当にありがとう」
優人の父も、朝日にそう言った。優人の両親は朝日の事が大好きで、自分の息子以上に大切にしている所があった。
優人としては、自分の両親と朝日の仲がいい事は別に悪く思う事では無く。多少自分が雑に扱われる事も、たいして気に留めてはないのだが。
「あ、いえ、気にしないで下さい。家事や料理をするのは趣味みたいなものですし、優人の面倒を観るのも、別に嫌ではないので」
朝日がそう言うと、優人の母の態度が変わった。
「もう本当、朝日ちゃんはいい子ね! こんな素敵な子が幼なじみだなんて、優人くんは本当についてるわね」
「そうだな。というか優人、悪い事は言わないから、朝日ちゃんに早い所もらってもらいなさい。朝日ちゃんが支えてくれるんなら、俺は心置きなく優人を社会の荒波に送り出せるからな」
「それもそうね、私も朝日ちゃんなら何の心配もないわ。ただ、だとすると優人くんは、もっと色々な事を頑張らないといけないわね。今の優人くんだと、朝日ちゃんには全然釣り合わないもの」
「……余計なお世話だ」
「はは……」
こんな風に、優人の両親は朝日の事が好きすぎるが故に、偶にこんな風に暴走してしまう事もあり。
優人は、この点だけは何とかならないものかと、日々頭を悩ませていた。
「おばさん、朝ご飯ありがとうございました!」
「いいわよ、これくらい。またいつでもいらっしゃい」
「はい、行ってきます」
「……行ってきます」
「いってらっしゃい」
その後は、朝日と二人で朝ご飯を食べ終え。一番に優人の父が家を出た後、少ししてから、優人と朝日も家を出た。そして、優人がドアを閉めると。
「それで、何で今日は家に来たんだ?」
優人はそう聞いた。すると、
「それはね、今日は優人に渡したいモノがあったの」
「渡したいモノ?」
「うん!」
朝日はそう言うと、鞄を空けて、一つの風呂敷を取り出した。そして、
「はい優人、今日の分だよ」
そう言って朝日は、手に持ったそれを、優人に差し出して来た。
「弁当か、何でまた。お詫びなら、昨日のだけで十分だぞ」
優人はそう言ったが、朝日は首を振りながら話し始めた。
「確かに昨日の弁当は、お詫びの印だったよ。でも、今日のは違うよ」
「何がだ?」
優人がそう聞くと。
「単純だよ。昨日久しぶりに早起きをして、弁当を作って。私は改めて、料理をするのが好きなんだなって実感できたの。それで、今は割と時間に余裕あるから、暫くは弁当を作るのも悪くないなって、そう思っただけだよ」
「そうか。でも、わざわざ俺の分まで作る必要はないだろ?」
優人はそう言ったが。
「もう、優人は分かってないな。料理って自分の分だけ作るのだと、そんなにモチベーションは続かないの。でも、誰かの為に作るって事になると、頑張らなきゃって思えて、辛い早起きも続けられるし。食べた後に一言、美味しいって言ってもらえたら凄く嬉しくて、明日も美味しい料理を作ろうって思えるの」
そう言うと、朝日は一呼吸置いて。
「だから優人、嫌じゃなかったらこれからも、私の作ったお弁当を食べて欲しいな。ただ、私の料理よりも購買のパンの方が食べたいって言うんなら、明日からはもう作らないけど」
「……そんな事ねえよ。お前の手料理が食べれるのは嬉しいし、そんな事でモチベーションが続くんなら、いくらでも俺を利用してくれ」
優人はそう言い、朝日の弁当を受け取った。
「優人……うん、ありがとう!」
「別に、それよりも、早く学校行くぞ。いつもより早いとはいえ、あんまりのんびりしてる訳にもいかないからな」
「うん、そうだね」
そう言って、二人は各々、自分の自転車を取りに車庫へと向かった。




