第1話 幼なじみの日常
「優人、一緒に帰ろ!」
金曜日の放課後。気だるげな表情をした山下優人が、自分の学生鞄に教科書を詰めながら、帰り支度をしていると。
綺麗なオレンジ色の髪を肩に掛けた、小柄で、少し幼さが残るが可愛らしい顔立ちをしている女子生徒、渡辺朝日がそう言って。
満面の笑みを浮かべながら、教室の後ろのドアから顔を覗かせていた。
「ほら優人、お前がのんびりしてるから、わざわざ嫁が迎えに来てくれたぞ」
すると、優人の前の席に座っている、彼の友人である森川宏樹が。女子なら誰もが一発で惚れそうな、爽やかな笑みを浮かべながらも。
朝日には聞こえないくらいの声量で、からかう様な口調でそう言った。
「誰が嫁だ、あいつはただの幼なじみだよ」
優人は、宏樹にだけ聞こえるくらいの声でそう言い返したが。
「まだそんなこと言って誤魔化すつもりか、いい加減素直になれよ。お前はずっと渡辺さんの事を」
「その話は今はいいって。じゃあな宏樹、また来週」
優人はそう言って、教科書を仕舞い終えた鞄を持つと、朝日の待つドアの方へと歩いて行った。
「森川くんと何の話をしてたの?」
「何でもないよ。それより、今日は部活に出なくていいのか?」
「うん。今日は皆早く帰りたいって言ったから、急遽部活は中止になったよ」
「……相変わらず、緩い部活だな」
「そうだね。でも、そんな緩い空気だから、気楽に続けられてるんだけどね」
そんな話をしながら、幼なじみ二人は教室を離れて行った。すると、
「相変わらず仲がいいのね。さすが、校内一のバカップルね」
教室に二人で残って雑談をしていた、女子生徒の内の一人。ポニーテールが特徴的な、活発そうな見た目の女子生徒がそう言った。
「そうだね。でも、肝心の二人はずっと、付き合ってないって言ってるみたいけどね。ただの幼なじみだって」
それに対して、彼女と机を挟んで座って話していた。黒縁眼鏡を掛けた、少し大人しそうな印象を受ける女子生徒がそう答えた。
「そんなの、ただの照れ隠しでしょ。あれだけ仲が良くて付き合ってないって、それこそあり得ないでしょう」
「いや、実際にあいつらは付き合ってないぞ」
そんな女子二人の会話に、さっきまで黙って話を聞いていた宏樹がそう突っ込んだ。
「あ、そうなんだ。森川くんが言うんなら、きっと正しいんだろうね」
宏樹の言葉を聞いて、黒縁眼鏡の女子は納得したようだった。しかし、
「えー何それ、それって何ていうかもやもやするな。あれだけ仲いいんなら、どっちでもいいから告白して、早く付き合えちゃえばいいのに」
ポニーテールの女子は納得いかないのか、そんな事を言った。
(……俺も三年くらい、同じことを思ってるよ)
二人の会話に、宏樹は声には出さずに同意した。
その後、話題に上がっていた幼なじみ二人は、並んで自転車を押しながら、歩道をのんびり歩いていた。二人の家から学校までは結構距離があり、自転車でも三十分程はかかるが。
二十分程自転車を漕ぎ、家が近づいてきたので。二人は自転車から降りて、雑談をしながら帰っていた。
「そういえば、今日は家庭科で、豚汁の調理実習があって。鈴華ちゃんと同じ班だったんだけど」
「ああ」
朝日の言葉を聞いて、優人が相槌を打つ。
「何となくは、そんな気はしてたんだけど。鈴華ちゃん、料理も普通に上手かったよ。あれだけ手際よく調理が出来るんだから、もしかしたら私よりも、料理上手いかもね」
朝日は、小学生の頃からよく晩ご飯を作っており、その辺の主婦にも引けをとらないくらいの腕前はあるのだが。彼女は自分の友人を、そのように評価した。
「お前より料理が上手かもしれないって相当だな。というか、あれで料理も上手いとか、マジで欠点がないな、藤宮さん」
優人は、去年同じクラスだった藤宮鈴華の顔を思い浮かべてそう言った。
「だよね、そんな所がカッコよくて憧れるんだけど。でも、あんなに何でも出来る友達がいると、自分がなんて事ないない、ただの凡人なんだって、ずっと思い知らされてるみたいで。偶にちょっとへこんじゃうかな」
朝日は、少し寂しそうな表情を浮かべながらそう言った。
「……まあ、その気持ちは分かるな。俺も偶に、宏樹があまりに出来過ぎていて。実はあいつは異世界人で、チート能力を貰ってから、こっちの世界に転生してきたんじゃないかって、思う事があるからな」
優人は、先程からかってきた自分の友人の事を持ち出してそう言った。しかし、
「いや、鈴華ちゃんは確かに凄いけど。さすがにそんな事を思った事はないよ」
優人の、冗談なのか本気なのか分かりづらい答えに対して。朝日は、若干苦笑いを浮かべながらそう返した。
「でも確かに、宏樹くんも凄いよね。勉強もスポーツも出来て、その上イケメンだもんね。宏樹くんと付き合いたいっていう女子は、私が知っているだけでも結構いるし」
「まあ、あれはモテない方が不思議なくらいだからな」
そんな風に、共通の友人二人の話題で盛り上がっていると、二人は住宅街に入り。
それから更に数分歩くと、朝日の家の前までたどり着いた。
「とまあ、この話の続きは、また今度って事で。それじゃあね、優人」
「ああ、またな」
そう挨拶を返して優人は、朝日が自宅の車庫に自転車を仕舞いに行くのを観てから、自分も自宅へと歩き出した。
そして、数十歩行くと優人も自分の家にたどり着いた。
まるで幼なじみだから当前だとでも言いたいように、二人の家は隣同士だった。ただ、それは偶然ではなく、二人の両親が元々仲が良く。
朝日の両親が、元々空き地だった優人の家の隣に、結婚記念にと、今の家を新築したという話だったが。詳しい内容を二人は知らなかった。
そして、自分の家にたどり付いた優人は、朝日と同じく、自分も自宅の車庫に自転車を片付けようとしたのだが。
「あ、そうだ優人!」
声がした方を振り向いて観ると、玄関のドアに手を掛けた朝日が、優人の方を観ていて。いつもより大きめの声で話しかけてきた。
「明日、用事が無くて暇だから。昼くらいに、優人の部屋に行ってもいい?」
朝日は唐突にそんな事を言った。それを聞いて優人は、
「ああ、別に良いけど。俺の部屋に来ても、暇な事には変わりないと思うぞ?」
いつもはぼぞぼぞとした声で話す優人も、今回ばかりは声を張って、朝日にそう返事をした。
「えー、そんな事ないよ。優人の部屋には、漫画もラノベもゲームもあるし。何だったら、さっきみたいに優人と話してるだけでも、私は凄く楽しいよ!」
「……おう、そうか」
「うん!」
満面の笑みでそんな事を言われ、優人は一瞬黙ってしまう。
「……あんまりそんな事、言わないで欲しいんだけどな」
「え? ごめん、なにか言った?」
距離が多少離れてる事もあり、優人の独り言は朝日には届かなかった。
「何でもねえよ。じゃあな、また明日!」
「うん! また明日!」
朝日は笑顔でそう言うと、自分の家へと入って行った。
「……後で、あいつの好きなアイスでも買っとくか」
朝日の姿が観えなくなったのを確認してから、優人はボソッとそう呟いた。
「へへっ、明日は優人と二人っきりの休みだ」
家に入ってから直ぐに、朝日は顔をだらしなく緩め、幸せそうな声でそう言った。
これが、幼なじみ二人の日常。
お互いに相手の事が大好きで。周りからは恋人だろうと勘違いされる程に、仲がいいにも関わらず。
「好き」の一言が言えない、そんな二人の物語。
ここまで読んで頂いて、ありがとうございます。少しストックがあるので、暫くは毎日投稿をしていきます。