四十六笑 残された時間
「え? 母さん、もう一回言って」
「だから、引越すんだって。東京の方に」
「本当に?」
「ほんと。だから、先生に伝えといて」
ある日の冷え込む休日。俺は自分の耳を疑った。母さんは、気まずそうに目を逸らし、夕飯の支度をし始めた。
母さんは今、何て言った? 俺は、冷静になりきれていない頭で必死に記憶を探った。
お父さんの会社が変わる。
俺らも、一緒に行かなきゃいけない。
つまり引越す。
どこに?
東京に。
いつ?
今年の春休み中。
確かに母さんは春休みと言った。春休みだなんて急すぎる。後、長くて三ヶ月じゃないか。
「早いよ、母さん!」
俺は、母さんの背を睨みつけて怒鳴った。母さんに驚いた様子はなく、逆に呆れるように肩をすくめた。
「転勤なんて今に始まったことじゃないじゃない。もう、五回も引越してるのよ? 特に変わらないわ。それとも何か、ここにこだわる理由があるの?」
好きな人がいるから――なんて答えられない。
「だ、大事な友達ができたんだ」
これは、嘘じゃない。明日香ちゃんだけじゃなくて、光樹君も、隼人君も混じってる。決して嘘じゃない。真っ直ぐと母さんを見る。母さんは、小さく溜息をついた。
「それなら、東京でもできるわ」
「す、すっごく大事なんだって」
「それなら、たまには電話をしてあげないさい。手紙も出すのよ」
「で、でも……」
「どうしてもって言うなら年に一回はつれてきてあげるわよ」
俺は、押し黙った。母さんの言う事はどれも正論にすぎない。間違ってない。
でも、それじゃ意味がないんだ。遅いんだ。
「お母さん、その話本当?」
俺が何も言えずに、唇をかんでいると、後ろから声がした。振り向くと、ケイがリビングの入り口に立っていた。
「ケイ?」
ケイは、ものすごい速さで母さんにしがみついた。
「ねえ、お母さん、引越すの? 学校も変わっちゃうの?」
「そうよ」
母さんは、ケイの肩に手を置いて微笑んだ。
「ほら、あの東京よ? 芸能人に会えるかもしれないわ」
「いつ? いつ引越すの? みんなとお別れしなきゃいけないんでしょ? だいちゃんとも? ゆうくんとも?」
「ええ。でも、しょうがないわ。向こうでまた、お友達を作りましょ? 時々、ここに戻って来て会えばいいわ」
ケイは愕然とした顔で母さんを見つめ、しばらくしてから、母さんの手を振りほどいてリビングから出て行ってしまった。ドアを閉める大きな音が響いた。どうやら、自分の部屋にこ
もってしまったようだ。
「こればかりはしょうがないのよ」
母さんは小さく溜息をついて、俺と目を合さず、夕食の支度に戻っていった。俺は、静かにその場から離れて、自分の部屋に転がり込んだ。ベットにうつ伏せに倒れ、ぎゅっと拳を握る。
俺に残された時間は、あと少し。
クライマックスに近づいています。(多分)
後、十章続くかどうか……。
これからもお願いします。。。