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死者の凱旋

作者: koume

テスト終わりました!(二重の意味で)

とりあえず解放感でどうにかなりそうです。

誤字脱字がありましたら、指摘してくださると嬉しいです。



かしゃ。

かしゃん。

かっしゃん。

かしゃかしゃ。

かしゃかしゃん。

かしゃ、



死者の行進、死者の凱旋。

骸の兵が、帰還する。

肉が落ち、骨だけになろうとも。

骨さえ崩れ、魂だけになろうとも。

愛した者のもとへ帰らんと、鎧の音だけ響かせて。

帰ろう、還ろう。

かの人のもとへ。

我らは死者。

黄泉にも行けず、現にもとどまれぬ、かの地で果てた命の欠片。









マリアは外から聞こえた甲冑の音に身を縮めた。

近頃この辺りは物騒になった。

戦があるのでは、という憂慮を、よく耳にする。

見回りも強化され、夜は甲冑の音が断続的に響くようになった。


「ハミーは元気かしら」


窓の外を眺めながら、マリアは憂鬱のため息をつく。

ハミーは、マリアの幼馴染みで、名をハミーエイルという。

彼は王都で七年の兵役についていて、今年帰ってくる予定だった。

もっとも、王都がきな臭くなったせいで、その予定もずっと先に伸ばされてしまいそうではあるのだが。


「会いたい」


マリアは祈るように組んだ手に額をあて、目を閉じた。

ハミーとマリアは幼い頃から好きあっており、彼が兵役で王都に行く際に婚約したのだ。


「早く帰ってきてよ、ハミー」


曇天から、はらり、と白い雪が落ちてきた。

ハミーがいない、七回目の初雪の日のことだった。












「マリア」


かしゃん。

鎧の音と、自分の名を呼ぶ声で目が覚めたマリアは、これは夢ではないかと瞬きをした。


「マリア」


かしゃん。

何度目を擦っても、その質量は無視できない。

重たい金属の擦れる音。

マリアの名を呼ぶ優しい声。

躊躇わず玄関の扉を開けた。

外は雪だ。

一メートル先も見えないくらいに吹雪いている。

それでもマリアは、寒さも忘れてそこに立つ人物を見つめた。


「ハミー、なの?」


柔和な雰囲気にみあわない、物々しい鎧を纏った人影は。


「ただいま、マリア」


「ハミー!」


マリアが九年待ったハミーだった。

結局ハミーは七年では帰ってくることができなかったのだ。


「ハミー、寂しかったわ!」


「僕も、寂しかったよ」


玄関口でハミーを抱き締めたマリアは、その冷たさに驚いて身を離した。


「早く部屋の中に入って!鎧も脱がないと凍傷になっちゃうわ。待ってて、今、温かいスープを」


「マリア」


「な、何?」


ハミーがへにゃりと笑う。

顔は見えないのに、笑っていることはわかった。

小さな頃からの付き合いだ。

ハミーのことはよく分かる。

例え九年のブランクがあったとしても。

ハミーがそうやって笑うときは、きまって何かを謝ろうとしているときだっていうことも。

マリアは嫌な予感をごまかしたくて、笑顔を作ろうとして、失敗した。


「マリア、ごめん」


「何を言っているのかわからないわ」


「ごめんね」


「何の話?もしかして、王都で浮気でもしたの?」


「……ごめん」


「謝ってほしい訳じゃないのよ。それよりほら、早く上がってよ。体が冷える」


「ごめん。それは、できないんだ」


「何で?」


「気付いているんだろ、マリア」


「知らないわ。聞きたくもない」


耳をふさいでも、ハミーの声はよく聞こえた。


「今日はレクイエム(死者を弔う日)だ」


「やめてっ!」


「僕はもう」


ーーこの世にいない。


「いるじゃない、今ここに!私の目の前に!何でそんなこと言うの?!浮気して、別れたいならそう言えばいいじゃない!何も、こんなたちの悪い嘘なんてつかなくたって」


「マリア、僕は」


「もう何も聞きたくない!出てって、出てってよ!嘘つきのハミーなんて大嫌い!」


「マリア……」


「早く!」


あれだけ会いたかったのに。

どうして彼を傷つける言葉ばかりを吐いてしまうのか。

向けた言葉()でつけた傷は、そのままそっくりマリアも傷つける。

痛い。


「……これを、受け取ってくれないかな。これで最後だから。最後になるから」


「……」


マリアは返事をしなかった。

かたん、とテーブルに何かが置かれる音がして、それっきり。

かしゃ、かしゃん、と甲冑の音は遠ざかっていった。











「マリアちゃん!」


翌日、吹雪の止んだ早朝。

近所のおばさんが血相を変えて家に飛び込んできた。


「ハミーが、ハミーが!」


最初は怪訝に思ったマリアも、彼女の話を聞いて顔色が変わった。

何の防寒もせず、寝間着一枚で外に飛び出す。


「ハミーっ!」


ばん、と開けたドアの奥には。

泣いているハミーの両親と、横たわるハミー。

彼の青ざめた肌に生気はなく、閉じた瞼はピクリとも動かない。

何より、その体は、物のように硬直し、冷たくなっていた。


「村に来る途中、賊に襲われたみたいなの」


まさか。


「やっと帰ってくると思っていたのに……!」


まさか。


「九年ぶりの再会がこんな形だなんて、あんまりよぉ……っ!」


まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか。


「いや」


「マリアちゃん……?」


ーー私は昨日、ハミーに何て言った?

ただいまと言ったハミーに、きちんとお帰りと返しただろうか。


「いや」


思い出の中で、ハミーが笑う。


「?!マリアちゃん!」


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


ーー私は、最後に、彼に何て言った?

大嫌いと。

そう、言わなかったか?

彼は、何て言った?

最後にと、そう言わなかったか?


ーー私は、なんてことを。


「っ、いやあぁぁぁぁっ、ハミー、ハミー、ハミーっ!嫌だ、逝かないで!置いてかないでよ!ハミー!」


半狂乱になって泣き叫ぶマリアを、村の男が慌てて押さえた。

彼女の泣き声だけが、白く積もった雪に消えていった。






家に帰ってきたマリアは、机の上に見慣れない箱を見つけた。

昨日、ハミーが置いていったものだ。

泣いて腫れぼったくなった目を擦り、それに手を伸ばす。

死者の持ってきたものであるとか、死者にそんなことが可能なのかとか、そういうことすら頭の中から失せていた。

今のマリアにとってそれは、ハミーの贈り物以外の何物でもない。

クリーム色のリボンを解き、雪のように白い包装紙を丁寧に外していく。

包まれていた紙箱を開けると、そこにはまた小さな箱が入っていた。

布張りの、しっかりした箱だ。

その中を見たマリアは絶句した。


「!」


台座に収まる小さなリング。

控えめながら輝石も散りばめられた、美しい指輪。


自分の吐いた、ひどい言葉が思い出された。

あれらの言葉は、もう取り消せない。

ハミーは死んでしまった。

彼に謝ることも、もうできない。


「ハミー」


マリアは箱を抱えて、泣き崩れた。








死者の行進、死者の凱旋。

骸の兵が、帰還する。

肉が落ち、骨だけになろうとも。

骨さえ崩れ、魂だけになろうとも。

愛した者のもとへ帰らんと、鎧の音だけ響かせて。

帰ろう、還ろう。

かの人のもとへ。

我らは死者。

黄泉にも行けず、現にもとどまれぬ、かの地で果てた命の欠片。

進め、かえれ。

肉が落ち、骨だけになろうとも。

骨さえ崩れ、魂だけになろうとも。

愛した者のもとへ。


レクイエムは間違いじゃなくて、その世界ではお盆のような行事をまとめてそう呼ぶ、ということにしてください!最後まで読んでくださって有難うございます!

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