お疲れ様でしたお嬢様。ご両親とのイベントが終わりました。
短いですが、区切りが良かったのでupします
あ、そうだったみたいです。
お嬢様のお言葉に慌てふためくお二方の姿は、部屋にいる者達全員が納得する程の説得力のあるものでした。
「いきなり何を言っているんだルクレツィア。ディアナが私の事を好きなどあり得ないだろう」
「そうですよ、ルクレツィア。旦那様は、お仕事を愛していらっしゃるのだから」
この会話からして、拗らせっぷりが半端ないのが察せられます。
お嬢様はお二方のお顔を交互に見やり「お父様、お母様、好きの反対は何だと思いますか」とお聞きになられました。
「好きの反対は嫌いでしょう……?」
「それが当然ではないのかい」
「違います」
「好きの反対は何も思わないです」
お嬢様のお話を聞いて、お二方は息を飲みました。
確かに、好意も悪意も、相手の事をそれ程に意識しているという証と考えれば一理あります。
顔を合わせれば険悪な空気になるお二方は、それだけ意識をなさっている、と。
初見でよくそのお考えになりましたね、お嬢様。
小さくもはっきりとした声でお嬢様はお話を続けられます。
「お父様もお母様もお互いの事が大好きだから、気になるのです。何とも思ってないのなら、その人が何をしようが気になりませんから」
……あら? お嬢様の顔が僅かに曇っていらっしゃる。
前世の事を思い出されてしまったのでしょうか。無関心の目にされされた記憶でもお有りなのでしょうか。それともご自分が無関心だったのが原因で何かの不幸にあわれなさった?
大丈夫ですよ、お嬢様。悲しい出来事も現世では無縁です。なにせお嬢様には神がついておられます。
お嬢様は幸せにならなければいけません。お嬢様にとって、文字通り『幸福は義務』なのです。
なんと言ってもお嬢様は、ハッピーエンドを迎えるためにこの世界にお生まれになったのですから。
その為に私も全力でサポートさせて頂きますので。
「ルクレツィア……お母様は貴方を愛しているわ。何とも思っていないはずがないでしょう」
我が子の様子を敏感に感じ取られたのか、奥様がお嬢様の頭を撫でながらお慰めになります。
「こんなに可愛い娘を放っておいて、何とも思わない母親などいませんよ」
おっと、地味に旦那様を口撃していらっしゃる。しかも流れ弾が私の良心にも被弾しています。
お嬢様の容態が悪化した時、すぐに報告せず、本当に申し訳ありませんでした。
無表情でお側に控えておりますが、これでも心中は罪悪感で一杯なのですよ。
旦那様も奥様の言葉の棘に気が付いた様ですが、少し奥様を見やるだけにとどめなさいました。旦那様、大人です。
お嬢様は奥様の方へ顔を向け、「お母様、わたくしを愛してくださるのは何故ですか? 」と問われます。
愛する旦那様との娘だから、旦那様を表立って愛せない代わりにお嬢様を愛でる、みたいな言葉を引き出したいようですが、それには若干パンチが弱い。
「それは、お腹を痛めて産んだ子を憎いと思う母親はいないからよ」
奥様は穏やかに微笑みながらお嬢様の質問を躱されました。あくまでも、奥様の娘だから、お嬢様を愛しているというスタンスに矛盾は見当たりません。
奥様の返答に不満そうなお嬢様。気に入らない、という感情を顔いっぱいで表現しながら更に質問を重ねました。
「お母様は、わたくしの事は愛していると言いましたが、お父様の事は愛していらっしゃらないのですか?」
直球勝負仕掛けてきました。奥様は面食らったように言葉を詰まらせ、視線を彷徨わせます。旦那様と視線が合うと、頬を染めて顔を背けました。
見れば判る、という態度ですが、お嬢様は逃してくれません。
「お母様? 言ってくれなければ分かりません」
確かに言葉にしなければ伝わらないものがあります。
奥様のこの態度を見れば十人中九人が分かりまが、残りの一人は奥様の心情を勘違いするのです。
盛大に、斜め上の方向へと勘違いし、そしてその勘違いを口に出さないから自己完結して余計に拗れるというパターン。王道です。
そして、その残りの一人に当てはまるのが旦那様なのです。
言わなければ何一つ伝わらない、すれ違いカップルの話は、物語として読んでる時分にはいいのです。
すれ違った分だけ、想いが通じ合った瞬間のカタルシスは、何度味わっても良いものだと言えましょう。
しかし、現場に巻き込まれていると、いい大人が何をしているのか、と白けてしまいます。現実とはなんたる非道なのでしょう。
神はお二方の事情も心情も補完出来るのでしょうが、私は見えているものが全てですから。
「ディアナ、ルクレツィアの前だからと無理をしなくていい」
「無理……? 何を仰っているの?」
ほら〜〜も〜〜旦那様勘違いなさってる〜〜。
奥様も傷ついた顔をなさってる〜〜。
絶対これ、神はニヤニヤしながら見ていらっしゃるに違いありません。
目覚めて初日からこれではお嬢様にとってあまりにも濃度が高いと思うのですが、その辺は考慮されておりませんね。
「私は無理などしておりません。私がお慕い申し上げているのは旦那様だというのに。旦那様、私の事がどうでも良いからと言って私の気持ちまで決めつけないで下さいませ」
「えっ……」
奥様、感情が高ぶってわなわなと震えながらもおっしゃられた!
旦那様は、奥様の思いもよらぬ言葉に固まっていらっしゃる!
頑張って下さい奥様!
お二方のメロドラマに挟まれたお嬢様は無の表情ですが、お嬢様が招いた事なのでもう少し耐えてください!
「君は太子妃候補だった。昔からイグニスを慕っていたじゃないか。イグニスの事について一生懸命知ろうとしていた」
「イグニス様の事は敬愛しております。太子妃候補として、あの方に並び立つに相応しい者として育ってきていたのですもの。レジーナに負けた事は確かに悔しかったですが、それはそれまでの私の経験があの女に負けたという事実に対して悔しさを感じたのであって、イグニス様が取られるだとかそんな幼稚な嫉妬を抱いたことはありませんわ」
ちなみにイグニス様という方が今のメディアナ国王様です。旦那様も幼い頃からのご友人であらせられ、今でも私的な場面では名前を呼び合う間柄なのです。奥様があの女とおっしゃるレジーナ様が王妃様でいらっしゃいます。
裏設定として、奥様はイグニス様が王太子であった頃の王太子妃候補の一人として養育されていたのですが、候補者レースに競り負けた末に、旦那様と結婚したと言う経緯があります。
敗者となられた奥様はお嬢様が大きくなられた頃に行われるであろう薔薇の女王選抜を見越して、娘を女王にし、王家(というよりも王妃様ですね)を見返すつもりであったとのこと。
「私があの女とイグニス様が寄り添う姿を見ている時、ずっと貴方は寄り添ってくれました。その優しさが、私にとっては救いだったのです。だから、候補者から外された時、数多くあった婚約の申し込みから、貴方の家の申し出を受け入れたのです」
「君は……今でもイグニスの事を好いているのだと……だから、ルクレツィアを薔薇の女王にさせて、プライドを保とうとしているのだと……」
「ルクレツィアには薔薇の女王になる素質があります。私はそう信じているからこそ、教育を与えようと思っていただけですわ。愛しい旦那様と私の子ですもの、ならないはずがありません」
愛しい旦那様、という単語に旦那様は反射的に身を仰け反りました。普段、嫌悪の表情しか向けられない奥様からそんな事を言われるとは思ってもいなかったのでしょう。
そして、それを奥様は『嫌悪のために身を引いた』と勘違いなさる、と。
このままでは話が全く終わりませんので、後はお二人でお話して頂くことにします。
「旦那様、奥様。お嬢様は未だ体調が回復したとは言い切れておりません。あとのお話はお二方でされるのが宜しいかと」
私が声をかけると、お二人共お嬢様の存在を思い出したらしく、交互に謝罪とキスをお嬢様に振る舞われ、退室なされました。
正直な感想を申し上げるとしたら、そんな思春期の感情を持て余した状態でよくお子様が産まれましたね、という思いしか抱けないのですが、貴族の方々は世継ぎを生むことも仕事の一つですし、そこは割り切って乗り越えられたのかもしれません。
ようやく、私とお嬢様の二人きりになった部屋で、お嬢様はポツリと「疲れた……」と弱音を零されました。
無理もありません。
早く一人になって、ゲームの内容を書き出したい筈だというのに、チュートリアルも終わっていないうちからイベントを一つこなされたものですからね。
「お嬢様、もう一度お休みになられますか?」
「うん、起きたら呼ぶわね」
「かしこまりました」
お嬢様に布団を掛け直し、私も退室いたします。
そして、夕飯の時間を過ぎても、お嬢様に呼ばれる気配がなく、不審に思って顔を覗かせると、お嬢様はベッドの中で健やかな寝息を立てていらっしゃいました。
もしかして、ゲームの内容を書き出していらっしゃらない?
次回はお嬢様視点です