後編
そして。
生まれ変わった今。
状況は、大きく変わりました。
まず、国が違います。
日本よりも暑い夏の日差しの下。しかし湿度が低くカラッとした熱気のため、体感温度は日本にいた頃よりも低く、油断していると日本人は軽い日射病にかかるそうです。
今、僕がいるのはアメリカ合衆国の南部。バス・フィッシングで有名なフロリダ州ではないですが、その北隣にあるジョージア州です。大きな川の一部が湖になった箇所がいくつかあり、お隣さんなので自然環境は似通っているとみえて、そこにはブラックバスもたくさんいます。
例えば、今も。
湖面に浮かぶ、トップウォータープラグ。クローラーと呼ばれるタイプで、水に落ちて暴れる昆虫を模しているらしいのですが、普通にリールを巻くだけで、左右の金属羽根をバタバタさせながらパシャパシャ動く、優れものです。特に、特徴である金属羽根のおかげで、水面で大きく音を立てるので……。
ほら!
ちょうど、水の中からブラックバスが忍びよる気配が!
そう思った次の瞬間には、もう魚が噛み付いた感触! 糸と竿を通して『感触』を楽しんでいた前世とは異なり、もっとダイレクトに伝わってきます。ザラザラしたヤスリのような、ブラックバスの歯が、僕のプラスチック製の体をガリッと齧った感触が……。
そうです。今の僕は、釣りをする方ではなく、釣り人が使うルアーそのものなのです。
僕の「生まれ変わっても釣りがしたい」という望みを、神様は、こんな形で叶えてくれたのでした。確かに、釣り道具になってしまえば、ずっと釣りだけしていられるわけですが……。
でも。
持ち主が釣り場に行かない日は、道具箱の中でお留守番ですからね。暇で仕方ありません。
釣行の日時や場所を委ねる相手が『父』から『持ち主』に変わったようなものです。
ようやく釣り場まで運ばれて、いざ道具箱の蓋が開いても、持ち主が僕を使ってくれない時は、最上段の仕切りの中で、日向ぼっこです。
道具箱の中から眺めていると、どうやら持ち主は、バス・フィッシングだけでなく鯉釣りも好きな様子。まるで昔の僕のようですね。
時間帯が違うせいか、国が違うせいか、同じ『鯉釣り』でも、僕の前世とは全く違います。狙い通りに鯉が釣れることが圧倒的に多く、たまに違う魚が釣れるとしたら、色々な種類のナマズやブルーギルの亜種です。フナを目にすることはないのですが、アメリカにはいないのでしょうか。
また、釣れる鯉のサイズも、50センチ以上70センチ未満、つまり60センチ前後という感じ。もちろんブルーギルの仲間は小さいですし、ナマズで30センチ級が釣れることもありますが、鯉は全て50センチ以上です。
ちょうど、前世の本で読んだ「普通の魚」のサイズですね。ならば、あの時に書かれていた「大きい魚」――メートル級の鯉――を、この持ち主も釣りたいと考えているのでしょうか。
持ち主の気持ちまでは読み取れないですし、ルアーとなってしまった僕では、彼に尋ねることも出来ないのですが……。
バス・フィッシングをしたり、鯉釣りをしたり。とにかく釣りを楽しんでいる彼を見る度に、僕は思ってしまうのです。
どうせならば、この持ち主の方に転生したかったなあ、と。
これって、贅沢な話でしょうか?
(「川で魚と戯れる」完)