変化者は動き出す
「ふっ。ぐっ」
部屋の中で、空手の型のように、拳や蹴りを放ち続けている人影があった。
ひたすら、無心に拳を振るうのは、ラディだった。
とにかく、動いていないと不安なのだ。何かしていないと、押し潰されそうで、体をただ動かしていた。
ここに来て、数十日が経っていた。
このコミュニティは、本当に今までの場所とは違っていた。
まず、人間が異形の者の下で働き、頭を下げていた。
異形の者が人間を叩いたら、すぐ捕まり、人間が異形の者を殴っても人間が捕まる。
力が違いすぎるため、力仕事はほぼ異形の者が行うが、空間管理や、整理が上手い者がいれば、異形の者が主任をしている倉庫もあった。
ガウスは、活動家のリーダーであり、ここのコミュニティのリーダー。つまり、村長みたいなものであった。
「ふう」
軽くかいてもいない汗をぬぐう動作をするラディ。
「まだ、動かない方がいいのに、無理はダメよ」
ロミュが心配顔で、そんなラディを見ていた。
「分かっているんだけど、じっとしていられなくて」
ラディは、じっと自分の手を見ていた。
もう少し早ければ。もう少し、強ければ。もう少し、力があれば。大事な人を守り切れない。
その思いが、ラディに訓練をさせていた。
「ねぇ、ちょっと聞きたい事があるのだけど?」
「ん?」
「変化者て、他にいないの?一緒に住んでいるの?」
「ああ。変化者てな、異形の者から突然生まれる事がほとんどらしい。俺みたいな変な生まれも少しはいると思うが。で、変化者である事がわかると、すぐに外に放り出されるから、変化者が一緒にいる確率は少ないかな」
「そう。じゃあ、あの人の事は分からないのね」
ロミュは少し暗い顔をして、口の中で呟き、すぐに顔を上げて明るく笑った。
「なるほどね。ちょっと、生きてるか知りたい人がいたから、聞いて見ただけなの」
ラディがロミュを疑問だらけの顔で見つめていた時、突然部屋の上から声が響いた。
「ラディ、部屋にいるか?ちょっと、俺の部屋に来てくれ」
ガウスの声だった。
部屋に入ると、全ての人が通信装置らしき物にはりつき、誰かと会話をしていた。
騒然としている中でガウスがラディを見つけ、声をかける。
「すまないな。朝、いきなり報告が入ってな、ちょっと情報を整理していたんだが、例の機械の場所が多分特定された。」
その一言に、一気に詰め寄るラディ。
「本当か?本当に見つかったのか?」
「一緒に飛ばされた可能性のある、お前の彼女がいるかは分からないが、おそらく、一番、その娘がいる可能性の高い場所になると思う。ただ、場所がな・・・・」
「どこなんだ?」
「それがな、衛星軌道上だ」
「起動失敗か」
「はっ。どうやら、未完成の部分があったようです。作動も数分のみでしたが、調整次第でなんとか動かせるようになるかと。ただ地上で、場所を感知された恐れもあります」
「まあ、仕方ない。ここまでこれる船もあるまい。知る限り我々が保持している物だけだからな。なるべく早めに起動を頼むぞ」
「はっ。知恵の実は我らに」
合言葉に一つうなずくと、歩き出す黒マント。
「全く、義卯将軍も、酔狂で。あの変化者のところに良く顔を出してるみたいだしな」
「まあ、これだけ女っ気がなけりゃ、変化者でも女ならなんでもいいとか、思ってまうよな」
笑いながら、作業に入る作業員たち。
絶対安全な場所にある、コロニー内は穏やかであった。
「絶対助けに行く。動く船がないか調べに行きたい」
ラディは、ガウスの目を見ながら、言う。
ガウスは、頭を掻くと、
「生き残っている船の存在なんか、聞いた事ないからなあ。ただ、嘘というか、伝説というか、昔話ならあるが」
「どんな話しだ?」
「なんか、地上にある家で、数世紀起動してる無人の家があるらしくてな、そこの地下深く、星の中心近くに船を隠してある。最強にして、最後の船。鍵は螺旋。という話しなんだが」
凄まじく聞いた事のある家であった。
「なあ、ちょっと聞きたいんだが、そんな数世紀起動してる家ていくつもあるものなのか?」
「はあ?あるわけないだろ?核戦争で地上は全て吹き飛ばされてるし、生き残っていた家があっても、メンテナンスなしで数世紀動く機械があってたまるかよ」
ガウスは、呆れた声でラディの問いに答えた。
「俺、その家知ってるかもしれない。むしろ、住んでた」
ラディは、小さく呟いた。
「はああああ?」
その一言にガウス含め、全ての部屋にいる人から、呆れた声が漏れたのは、言うまでもなかった。