変化者は異常を知る
「広いんだから、くっつかずに向こうで食べろよ」
食卓の椅子に二人座りながら、ラディとアムは食事を始めていた。
肉はさっき仕止めた、狼の肉。
塩で焼いただけという、簡単な料理だった。
さすがに、5年以上前の調味料は使う気にはならないし新しく育てるにしても、苗や種は厳重に保管されているため、手に入れる事すら出来ない。
結果として、比較的安い、塩のみの調理が多くなってしまうのであった。
食べながら頭をラディの肩にのせて来ようとする、アムを時々押し返すラディ。
「ね、私たちが初めて会った時の事、覚えてる?あの時も狼だったよね」
狼肉を見ながら、アムが呟く。
「私たち、何年目だっけ?出会ってから」
アムはふと昔を思い返す。
変化者は、5歳になると地表に投げ出される運命にある。
理由は、子供でも変化すれば、数百人が殺されてしまうから。
異形の者の間から、低い確率で生まれる変化者は本当の意味で疎まれる者であった。
アムも、5歳になったその日に、近くのおじさんに連れられ地表に置き去りにされたのだ。
変化者は強いとは言っても子供。
すぐ、獣の餌になるはずであった。
しかし、奇跡的にかなり長い間アムは獣に見つからず、地表を歩き回れた。
彼女の能力は、索敵と隠密。
子供ながら、生きるために能力を限界まで使って過ごしていた。
ラディは両親とも、この建物に住んでいたが、アムと出会う数年前に突然二人とも家を出て帰って来なくなった。
変化者の父親に人間の母親。
優しかった手は覚えているが、顔まではあまり覚えていなかった。
そして、両親がいなくなってから、代わりにガラムが時々訪ねてくるようになった。
家の中で、寝ているイメージしかない、ガラムがラディの中での親父のイメージだった。
ふと、ガラムの姿を家の中に見てしまい、泣きそうになるラディ。
しかし、隣にはアムがいる。必死に泣くまいと強がるラディ。
「でね、狼に囲まれて怖くて動けなくなった時ラディが来てくれたのよね」
ガラムに、狩りの練習だ。と言われ突然連れ出されて、森の中を地表をところ構わず走らされた過去を思い出して、少しガルムに殺意を覚えるラディ。その時にアムをたまたま見つけたのだ。
ガルムからは、「狼数体なら、殺れるだろ」とあっさり言われ、うずくまっている紫色を見て、必死に狼を殴った記憶しかない。
「王子様が来たと思ったら、狼より怖い格好だったから、さらに泣いたっけ」
そう。せっかく、噛みつかれながらも狼を殴り殺したのに、目の前の女の子にすさまじく大泣きされ、ガラムがアムの頭を撫でて、狼の肉を一緒に食べて、一瞬で泣き止んだのを見て、理不尽さを心いっぱい感じた。頑張ったのは俺なのに。
「あの時、狼の肉がすっごい美味しかったから。今でも、狼肉は好き」
ラディとの思い出の味だし。
心の中で呟き、さらに体重をラディに預けるアム。
ラディは、そんな昔を思い出しながら、もやもやした気分になっていた。
「でね、ラディ。私、屋敷にいる時に考えたんだけど」
ふと、食卓の電子メールのメッセージパネルが光っているのを発見したラディ。
「やっぱり、ラディとずっと一緒にいたいなぁ。て思ったの」
思ったのと考えたのは、ちょっと違うんじゃ?とどうでもいいことを考えながら、メール開封を押す。 ガルムの放任主義のスパルタ教育は、すさまじかった。次にガルムが来るまでに、言われた事は出来るようになっていないと、朝まで、たとえ途中で出来るようになっても、朝までやらされるのだ。本当に地獄であったが、読み書き、メールなど、過去の残っているテクノロジーの使い方は、本当の意味で叩き込まれた。
「うん」
女の子にやってはいけない、なま返事をしながら、ラディはメールを読み始める。
「やっぱりさ。ここで暮らすなら、もうちょっと、可愛くしたし」
「うん」
メールの中にある、至急 緊急の文章を開く。
「こうしてるのも好きだけど、一緒に何かやりたいね」
もう、新婚時代の新妻のような発言をし始めるアム。
しかし、ラディはそれどころではなかった。
人間用に配信されているメールは、暗号化されているものの、ここは人間の元地表探索基地。あっさり暗号を解読して、とんでもない内容を表示し始めた。
「はあ?!」
思わず叫ぶラディ。メールに書かれていた文は、緊急招集の内容。思わず、叫びたくなる内容。
「ちょっとラディ?」
ラディが話しを聞いていない事に気がついたアム。
「話し、聞いてないでしょ!何?私の話しは聞けないの?聞けないのね!」
「いや、そうじゃなくて、これ!このメール!」
「そんなのどうでもいいの!ラディが話しを聞いて無いのが悪いんでしょ!」
「せっかく、いろいろ話し出来る時間があるのに、いっぱい話したいのにっ!」
「いや、今それどころじゃない内容が見えて」
「だから、私を無視するのね!私は、どうでもいいのね」
「いや、そうじゃないから、ないから骨投げるな!骨を!」
うん。なま返事ばかりしてた、ラディが悪い。
ぎゃーぎゃー大騒ぎをしながらの、痴話喧嘩は、かなり遅くまで続いていた。
メールの内容は
大招集!
ついに、我々人類が昔の栄光を取り戻し、日の下に戻れる時代が来た!
はるか昔、先人が残してくれた、最高の装置、核中和装置の発掘に我々は成功したのだ! この偉業と、装置の稼働をもって、もぐらと成らなくてはならなかった我々が、再び、世界を手に入れるのである!
さあ、神の子である、我らが、人間よ!全てを取り戻すため、集まり、ふたたび立ち上がる第一歩を目撃しようではないか!
場所は、**** 皆の参加を待っている!
痴話喧嘩の原因になった、このメールが全ての始まりとなるのであった。