変化者の日常
時間が止まったかのように、朝は来ない。地表では、音もない。
音を出すのは、おかしい者だけである。
「あーまた失敗した。ウサギの癖に早すぎるよっ」
ぶつぶつと、一人言を言っているのは、少女だった。やっと膨らみ始めた、心もとない胸、まだまだ、くびれがない体。丸みを帯びた、13、4くらいの少女であった。
ただ、ちょっと人間と違うのは、その肌であろうか。全身が、紫であり、赤一色の目をしていた。
「飯は取れたか?」
黒い肌に、羊角を生やした異形がゆっくりと木々の間から、姿を表す。
「何よ。ラディも、狩りしてよっ。それとも、大好物の肉が食べれたから、お腹いっぱいとか?絶滅危惧種の肉が、大好物て聞いて呆れるわ」
「腹減ってるのな」
顔を見るなり、怒り始めた少女を見て、にこやかに笑い答える、ラディ。
「そんな事ないわよっ。ただ、ラディがご飯恵んでくれないだけじゃない」
腰に手を当てて、怒る少女。
二人は地下都市で大騒ぎした後、地表に出ていた。人間殺しは、問答無用で八つ裂きである。
怒り狂っていた部分はあるとはいえ、そんな事は理由にもならなかった。
変化者には、裁判を受ける権利もないのだから。
「地表に出るのに、あんなに苦労すると思わなかったからな。アムは力の使い方をもう少し鍛えないとな」
地表に出るために町の中を逃げ周り、スラムへ行き、廃棄されたエレベーターを起動して。
ちょっとした冒険だった数日前を思い出す。
「ほら、飯捕まえないと、ご飯抜きになるぞ」
にこやかに話すラディに、
「鬼っ!鬼畜っ!」と叫ぶ少女。
「ほら、もう少ししたら、暗黒の嵐が来そうだから、さっさと捕まえて、家に帰るぞ」
肌に感じる雨の匂いを確認しながら、ラディは動き出す。
「ちょっと、待ってよっ。可愛い彼女のお願いなんだから、聞いてくれてもいいじゃないっ」
あわてて、後を追いかけるアム。
しばらく、くっついて歩いていた二人だったが、アムがふと足を止める。
耳がピクピクしていた。
「何かがすごい速さで、こっちに来てる。狼かな?多分2匹」
「どっちからだ?」
「多分こっち」と指差すも、真っ暗で視界は最悪である。
「後、20秒で来る」 アムが囁いたきっちり18秒後、黒い風が吹いた。
次の瞬間、頭の無い狼がアムの左右を滑って行った。
隣の風になったラディの手には、頭が二個ぶら下がっている。
「ご飯、捕れたから、帰るか」
「うん」
嬉しそうにうなずく少女。
二人は頭の無い狼を持って、再び歩き始める。
地面に捨てられた頭には、黒い何かが包みこみ、骨も残らず、消えていた。
貴重なたんぱく質は、いかなる生命も決して見逃しはしなかった。
二人が狼を持って帰って来た先は、不思議な光沢を放つ、平べったい建物だった。
除染用の明かりがついた廊下を歩き、しばらく歩くと普通のキッチンがあるダイニングに出る。
昔、地表調査用として造られた大型拠点は、無限動力と、無限発電を備えて、1000年稼働していた。
「お風呂だっ」
帰るなり人間の姿になり、真っ先にシャワー室へ駆け込むアム。
「一緒に入ろ」とラディの腕を掴んだ。
二人とも、裸である。
別に変化する時に、服が異空間に収納されるわけではないので、変化中は裸なのだ。
そして、変化中に服を着ていると、邪魔でしかない。
その理由から、家に帰ってシャワーを浴びて服を着る。
という流れが自然に出来ていた。
二人でシャワーを浴びて、ふと外を見ると、防核ガラスの外で、黒い竜巻が発生しているのが見える。
暗黒の嵐。黒い雨と、黒い竜巻が1日中起きる、地表の名物風景であった。