変化者
「ラディ、急ぎ過ぎだぞ。もう少しゆっくり歩かないか?」
赤茶色の生物が、話しかける。
黒い生物は、無言でさらに速度を上げた。
もう、バイク並みのスピードが出ている。木や地面を蹴って移動しているのだが、早すぎる移動であった。
「あいつなら、大丈夫だよ。変な事されねえって。焦る事ないだろ」
全くスピードを下げずにのんびり会話する2体。
「俺は、あんまり地表にいたくないんだ」
ラディと呼ばれた、黒い異形が返事を返す。
「まったくよぉ。呆れるぜ。そんなにあいつが心配なら、自分に括りつけとけよ」
「人間しか目に入らない、あんたには言われたく無いが?」
「だがなぁ、ラディよ。やっぱ、抱くなら、人間だぜ。あの儚さがたまらないもんだ」
「どうせ、変化してから、会ってるんだろうが。まったく。何であんたが一番先に殺され無いのか、知りたいよ」
諦めたような、冷めた口調で返す、ラディ。
「がはは。負け惜しみか?ラディ?」
「俺たちは、一番身分の低い変化者なんだから、お前のやってる事がバレたら、すぐ解体されるぞ」
「耳が痛くなるほど聞かされた話しだな」
「ごまかすな。一緒に組む事もあるんだ。とばっちりはごめんだ」
「おっと。着いたみたいだぜ」
2体は、大きな、一本だけ、赤い木の前で止まる。
1体が木の前で、何かをかざすと、木の幹が突然左右に割れ、不思議な光沢を放つ、筒が上がってきた。
入口が開き、2体はその中に滑り込む。
再び幹が閉じると、物音一つしない静寂があたりを包んだ。
虫も、鳥も余分な体力は消費しない。従って、鳴かないのだ。
光輝く筒が空から降りてくる。そして、一つの建物の中に吸い込まれて行った。
建物の中、無重力エレベーターの中から出てきたのは、30半ばの白髪のおっさんと、14、5くらいの紫の髪の少年だった。最も、本人は頑なに成人を主張しているのだが。
二人とも、白い服を着て、ものすごい、大きな荷物を袋に入れて持っていた。
「特殊な依頼からの戻りです。名前は、ラディとガラム」
門兵のような、軍服を着た男にそう告げる二人。
「ああ、外でゴミになれば良かったのにな。とっとと除染して、出て行ってくれ」
軍服は目も会わせず、それだけを言うと再び、監視業務を始める軍服。
二人は、頭を下げて、その横を通って行った。
光り輝く廊下を歩いて、建物の外に出ると、そこは町だった。
文明の町。
地表では、放射線がきつすぎ、暮らす事が出来ない人類が、苦し紛れに造った地下都市である。
今、地表に人間がいない理由は、これであった。 規模は東京都がすっぽりと入るくらい。
ただ、町を歩いているのは、黒い色と、紫の服の人のみであった。
その中で、異質とも言える白い服が2人だけ歩いている。
黒い服は、白に全く近づかない。歩いていてもあからさまに避けて歩いていた。
黒い服は、人間に定められた服。紫は異形の者。腕が4本あったり、目が3個あったりする。
そして、白い服は、変化可能者に義務づけられた服であった。
遺伝子異常や、遺伝子操作、細胞の一つまで改造され、鬼のような容姿に変化できる者。
それが、変化者なのだ。
外を歩いているのは、数百もない黒服と、数千くらいの紫の服。白2つ。
生存者は限りなく少なくなっていた。
白い服の二人は、町の中心、人間街に向かっていた。
「何でこんな苦労しなきゃならないのかねぇ。おっさんは、お前に付き合う必要あるのか?ちょっと服着替えて、女の子に挨拶に行きたいんだが?」
ぐちぐちと文句を言うガラム。
「おっさん、何度も言うけど」
「分かってるよ。俺たちは、何の権利もない、最下位の生き物だったな」
「分かってるなら、人間街の近くで、白い服着て言わないでくれ。まだ、俺は、バラバラにされたくない」
周りの一つ一つの家が、とてつもない広さになってきていた。
「何びくびくしてるんだ?自分らは、権利が無いかわりに、背負う物もない。自由に生きて、自由に死ぬもんだろ。恋人が出来て、臆病にでもなったか?」
「お ま え な。物理的に口開かなくしてやろうか?ついでにあいつとは、腐れ縁だ。恋人でもなんでもないわ」
「若いっていいなぁ。まあ、そんなに怒るな。ほら、着いたぞ」
他愛ない会話をしながら歩いていると、町の中心地の一番大きい屋敷が見えてきた。
「ラディとガラム。依頼の品を持って来た。通して欲しい」
おっさんではなく、少年が話している事に少し怪訝な顔をしながら、屋敷の扉を開ける使用人。
しかし、案内される廊下は明らかに、裏廊下だった。
カーペットすら敷いていない、細い廊下を通り通された場所には、けっして良い趣味とは言い難い金ぴかの装飾が施され、感性を疑う訳のわからない物が装飾された、キラキラの椅子にふんぞりかえっている、ぶよぶよのおっさんであった。
「遅い!いつまで待たせるつもりだ、ボロ切れどもが。成果はあったのだろう?」
「はい。ロバーホース一頭です。」
「おお。良いではないか。荷物を置いて、さっさと出て行け」
二人が荷物を置くと、ぶよぶよと袋の中を確認し始めるおっさん。
「おお。頭が丸ごと。睾丸もあるではないか。脚も全てある。いくらになるか、想像もつかん」
ほくほく顔で、荷物を確認している黒い塊に、ラディが不機嫌な気分を隠しもせず、話しかけた。
「さっさと、アムを返してもらおうか?」
「ん?誰の事かさっぱりわからんな。私が保護した迷い猫は、そのまま買い手がついてね。ぐふ。変化しても、化け物にならない貴重な子は高く買ってくれるようで。しっかり使ってくれるから、喜んで欲しいものだ。」
ぐふ、ぐふと嬉しそうに話す、ぶよぶよ。
その言葉にラディが怒鳴り始める。
「くそ豚が!契約違反だろうが!勝手に連れ去って、返して欲しけりゃ天然肉取って来いって言ったのは、お前だろうが!」
「よせ。相手を考えろ」
その怒声とともに前に出ようとするラディを、押さえつけ、引き留めるガラム。
「豚だと?もう一度言って見るがいい。人にも、獣にもなれない半端者が」
「何度でも言ってやるよ。豚ハムやろうが」
「よせ。ガキみたいにわめくな。大人になれ」
ガラムの声も、今のラディには届かない。
「いい度胸だな」
黒服が片手を上げた瞬間。
ラディは突き飛ばされた。
そして、周辺から、何本ものレーザーが放たれ、一人を貫く。スケベなおっさんを。
「おい!しっかりしろっ!」
「全く、ガキのお守りは、これだからやりたくないんだよ」
口から、少し血を流しながら、呟くガラム。
「核を中和する特別な放射線つきのレーザーだ。変化者は、核廃棄物の放射能を力にするからな。面倒な力は中和するに限る。ぐふふっ」
勝ち誇った顔をする、ぶよぶよ。
「いいな、分かってるな。俺たちは自由だ。どこでも、いつでも生きて行ける。それだけは忘れるなよ。ぐっ」
「おい、ガラム!」
「あーあ。お前の子供を放り投げて遊びたかったんだがなあ。生きろよ」
それだけ言い残し、ガラムの体から力が全て抜けていく。
力と一緒に何かが、魂とも言うべき何かが、消えて行き・・・動かなくなった。
「まあ、人間様に逆らうとどうなるか、良く分かっただろう?悲しむ必要はないぞ。すぐ同じところに行けるからな。私が、天然肉の元締めである事を知られたら厄介なのだよ。ぐふ」
放射能により、変質した天然肉は、とてつもない快楽を伴う食材でもあり、中毒者も多かった。
そして、ぶよぶよは、おもむろに、片手を上げ、振り下ろした。
一斉にラディに襲いかかるレーザー。
全てがラディを貫き、しかし、倒れる事も苦しむ様子もないラディ。
「なんだと!」
ゆっくり立ち上がるラディ。
体からは、ゆっくり白煙が上がり、傷が治っていた。
「酔狂。そう呼ばれる者の子供達、知っているか?」
「ま、まさか、人間と変化者の子供。異常回復力を持つ、不死の存在。ありえん!あいつらは親もろとも、全て削除したはずだっ!」
「生き残りと言われる者はいるものでね。で、俺の好物は、人間の肉だったりするんだよ!」
ラディの体が黒く染まり始める。
絹を裂くような音と悲鳴が流れ、静寂が戻った。