変化者への試練 4
「この子は、私の全てです。絶対に生みます」
「だが、私はどうしたらいいのだ。お前がいないこの世界で」
「私たちの子供をよろしくお願いします。ね。あなた。
あなたと一緒にいられた日々は、本当に嬉しかった。楽しかった。この子にも、同じだけの幸せを上げてね」
優しい声と、優しい会話が遠いていき、、、
「がはっ!、」
ラディは再び目を覚ます。
周りを見回すもただ広いホールのような場所であった。
足元が、土ではなく、硬い。金属のような光沢を放っていた。
「ここは?」
自分が人間の姿に戻っている事に気づきながら、
もう一度周りを見回し、ふと、自分の頬に触れる。
なぜだか、そこに暖かみが残っているような気がした。
「起きたか」
突然聞こえた、その声に飛び起きるラディ。
一人の男がその場に立っていた。紫の髪が、肩近くまで伸びている。
右手に長い金属の棒のような物を持っている。
「良く、ここまで来れた。と言うべきなのか」
「お前は、誰だ?」
「名乗る必要もないだろう。私がこの船。[不滅なるモノ]の所有者となる為の最後の試練だ。さあ始めようではないか」
右手の金属棒を横に振る。
「ちょっと待てよっ!」
久々に会った会話のできる相手に戸惑うラディ。
しかし、男は問答無用とばかりに、右手のカタナを振り下ろす。
地面にカタナは当たり、激しい火花を散らした。
「人間の力じゃないっ!」
その一撃の重みを感じて、ぞわっと身震いするラディ。
再び、カタナを持ち上げ、横凪ぎに一閃。
後ろに跳んだラディのすれすれを剣筋が走った。
かわした。そう思ったラディの胸から、血が吹き出る。
「無駄だ。この船は、私の全てだ。お前にだって渡す訳にはいかん」
なぜか、体が治らないラディ。血はだらだらと流れ出る。
「さっさとあきらめて、町に戻れ」
男がカタナをぶら下げるように持ちながら、歩いて来る。
「嫌だ。連れて帰ってやらないといけないヤツがいるんだ。絶対泣いてるヤツが。迎えに行くためにも、船はもらうっ!」
ラディは、男に向かって走り出す。
「不死と言えども、放射能が無い場所では、回復はできないのだぞっ!」
男はカタナを握り替えると、峰でラディを振り抜いた。
吹き飛ばされるラディ。そのラディに追い付くと、カタナの背でラディを上空中に飛ばしあげ、上から膝蹴りで地面に叩きつける。
「対人戦の戦いは、一撃ではないぞ。連撃が基本だ」
地面に叩きつけられたラディを見下ろしながら、カタナを構え直す。
「忠告ありがとな」
ラディは立ち上がる。
今までの戦闘で失った血も含めて、フラフラしている。足に力が入っていない。
男は、一つため息をつくと、カタナを握り直し、ラディを見つめ直した。
「終わらせてやる。覚悟を決めろ」
男が、突進してきた時、ラディは吠えた。
「負けられるかぁ! アムを連れて帰るんだよっ!」
ラディの体が黒くなる。カタナの切っ先が、わずかにブレる。
ラディの拳が男の腹に入った。すぐ、自分を回転させ、反対側の拳で裏拳を入れ、惰性の回転を無理矢理止めもう一発入れる。
ドンっと言う、鈍い音がし、ラディの拳が腹を貫いていた。
腹を貫かれているのに、男はラディを温かい目で見る。
「ふふ。強くなったなぁ、、、、これで、この船はお前のだ。
シャル!登録変更だ。ライドから、ラディ・ホルスに船の所有権を変更するっ!」
突然名乗りもしていないのに、自分の名前を叫ばれ目を見開くラディ。
「シャルを頼んだぞ」
ニヤリと笑うと、男は突然光り輝き、その場から消えた。
両膝を地面につき、座り込むラディ。
その瞬間、突き上げらるかのような振動が起き、フロア中に放射能が溢れ、ラディの体から一気に煙が登り始めた。
今までの倍以上のスピードでラディの傷が治り始める。
『ナノシステム定着。ライドから、ラディに命令権を変更しました。主の出血量が限界値を超えている事を確認。ナノマシンによる、強制造血開始。ナノシステムは全て治療に専念』
ラディがゆっくり顔を上げると、そこには20歳くらいの白い髪の女性が立っていた。
『私の名前はシャル。この船の管理を任されている、メインシステムになります。以後、よろしくお願いします』
ゆっくりと頭を下げるシャル。
「ああ、、、よろしく。船て、どこにあるんだ?」
『この家そのものが、船です。浮上しますか?』
茶目っ気たっぷりに、前屈みになり伝えるシャル。
「はあ?!」
そのシャルの言葉にラディは再びぐったりと座りこんてしまった。
「今までの苦労は、、頭まで下げたのに、、」
ぶつぶつと呟くラディ。
『まあ、そういう事もありますよ。ところで、行き先を教えてください。誰か助けたいと言われていた音声記録がありましたが』
「そうだったっ。衛星軌道上に、放射能中和装置があるみたいなんだが、そこに行きたい」
『検索します。最近、地上から、ライフコロニーに転送された形跡を確認。生存しているコロニーを検索、発見しました。移動しますか?』
「頼む。急いでくれ」
『了解しました。不滅船ストリゴイ。浮上します』
丸い、イルカのような船体が地面から立ち上がって行く。玄関にしていた入口の長い廊下は機体に収納されていき、地面から銀色の姿を浮かび上がらせた。
『発進』
音もなく、一気に上空へかけ上がって行く機体。船の中の放射能が一気に濃くなった。
「なあ、この船て、人間のだろう?何でこんなに放射能が濃いいんだ?」
『欠陥構造だからです』
「はぁ?おい!大丈夫なのか?!墜落とか無いよな?!」
『大丈夫です。落ちる時は落ちるものです』
「全然大丈夫じゃあ無いっ!」
ラディの心配をよそに、船はぐんぐん加速をかけ、空に上がって行った。
「、、、様。あの女はもうよろしいのですか?」
黒ずくめの男は、ゆっくりと機械を見ていた。
まだ、修理は完全には終わっていないが、クールタイムを入れれば、連続稼働が行えるまでになっていた。
「ああ。もう、何をしても反応がなくなった。壊れた人形だな」
つまらなそうに、返事をする黒ずくめ。
「やっとここまで、たどり着けた。後少しだ」
黒ずくめの男、ギウはゆっくりと呟いていた。
人間として、何不自由なく過ごしていると思っていた。
しかし、ある日遺跡から、はるか昔の家族の日常画像が出てきた。
親と一緒に見た瞬間、衝撃が走った。
どこまでも、青だった。 青い水に飛び込んでいた。
空も青かった。 白いものが空を流れ、何かが、空を飛んでいた。 世界が紅く染まっていた。木が地面が空が紅く染まり、しかし、子供は走り回っていた。
今と同じ黒い空に、ガラスのかけらが散らばっていた。
衝撃。外はこんなに綺麗なのか?見てみたい。
必死に勉強した。親が呆れるくらい知識を蓄えた。
核戦争を知り、外に最年少で出る権利を得て、真っ暗な世界に絶望した。
世界中を周り、コロニーの存在を知った。
船を探している最中に転送装置を知った。
コロニーに移り、自分を改造した。60を超えた体では、これ以上の探索は無理だった。
コロニーの使用権と同時に[原初の知恵]の幹部になった。
「本当に後少しだ」
全ては、あの風景を見るために。人でありながら、人を捨てた男はゆっくりと自分の昔を振り返るのだった。
真っ暗な部屋の中。アムはベッドに横になり動かない。
ありとあらゆる暴行を受けても、変化者として人間よりも強い身体は、壊れきる事はなかった。
ただ、精神は。心は、限界に来ていた。
流れ出る涙も枯れ果て、ただアムは天井を眺め続け動かなかった。
最愛の人だけが、アムをここにつなぎ止めていた。




