94話 メカニカル
いまや『人間核爆弾』と渾名され、政府をかき回す人物になってしまった俺こと水樹了介。
その物語は、この上村支店長から始まったと言っても過言ではない。
首都東京から、俺をこの北海道大守市に飛ばした男。
古巣である小和証券における、左遷の元凶である男。
「退職してから……色々暴れ回ってるみたいじゃないか」
ベンチに座る俺へと歩み寄りながら、上村は顔の皺を歪ませた。
「なあ、水樹くん?」
彼の容姿は、俺に左遷を言い渡したあの時からちっとも変わっていない。綺麗に櫛を通して撫で付けた1:9分けの黒髪に、威圧的にも見える四角い黒縁メガネ。その陰険な顔立ちは、祖先に爬虫類的な何かがいたことを感じさせる。
変わったところといえば……彼の身につけているスーツが、数十万は下らなそうな上物になったことくらい。太めのネクタイはボリューム感のあるウィンザーノットで結びつけられて光沢を放ち、その手首には金色の仰々しい腕時計が覗いている。相変わらず稼いでいるようだ。
「ニュースで嫌というほど見たよ……『人間核爆弾』だって? 元気にやってるみたいじゃないか」
「支店長こそ……元気にやってるようで」
俺はそう返しながら、彼が率いていると思わしき3人の男女へと目をやた。
一人は、人間版の戦車を思わせる体格の黒人。彼はその大きな身体つきとは対照的な、というよりもややアンバランスな小顔であり、その小さな顔の小さく細められた目から、俺の様子を伺うようにしてじっと視線を投げかけている。
もう一人は、線の細い金髪ウェーブの白人。白人はみなヨーロッパ系みたいな漫然とした知識しか無い俺ではあるが、その流麗な雰囲気はフランスか北欧の気風を感じさせる。彼の装備の随所には十字架のアクセサリーが括り付けられていて、それが信仰心に依るものなのか、それとも単なるファッションなのかは判然としなかった。
そして最後に、おそらく中東系の血が入った、褐色の女性。艶やかな黒髪、光沢のある褐色肌。女性的な丸みを帯びたシルエットをしているが、その装備と立ち姿を一眼見るだけで、彼女が何らかの訓練を受けた職業戦士であることは明白。
キャロルが言っていたP2部隊、もしくはPhiladelphia2(フィラデルフィアツー)とかいう連中だろうか。
だがそうだとしたら、なぜ上村専務もいるのだ? 一体どういうことだ?
思考がグルグルと周るにつれ、俺の眉は自然にひそめられる。そんな胸中の混乱を知ってか知らずか、上村はクククと笑った。
「水樹君、私はもう支店長じゃないんだよ。今は上村専務だ」
「専務?」俺は聞き返す。「あんた……昇進したのか?」
「その通り。営業本部長、専務取締役にな」
えらく出世したものだ。
「一体、こんな田舎まで何の用ですか?」
探りを入れずに、単刀直入にそう聞いた。
「そこまで君に言ってやる必要は無いな」
「ふん、はぐらかしても無駄ですよ」
そう言って、俺は口角を上げる。
こちらには、天才テレパスケシーがついている。お前の心の中はお見通しだ。
『あっ、ズッキーさん駄目です』えっ? 何がダメなの?『妨害です、火又が使ってたのと同じ奴。心の中に入れません』マジ? 上村がそんな高等スキル使ってんの? こいつが?『ええと、この人じゃなくて、妨害の発生源は……』
「まあ、別にいいか」
上村に話を振られて、俺はケシーとの会話から現実の方にスイッチする。
「我々の目的は同じだ。そうだろう、水樹君?」
「……そうかも、しれないですね」
「はぐらかしても無駄だぞ」上村専務は、俺が先ほど言ったセリフをあてつけのように返した。「君たちがどういう命令を受けているか、私は知っている。どういう系統の命令かもな」
「なんだって?」
「水樹君、こうしようじゃないか」
ベンチの隣にドカリと座り込んだ上村専務は、俺の背中をポンポンと叩いた。
「……あのスキル、我々に譲ってくれないか」
「なんのことだ?」
「しらばっくれるのはよせ。我々と君たちは、あのイギリスの落とし物を探しに来ている。そうだろう? 裏は取れてるんだ」
俺は答えずに、ただ眉をひそめるのみに留める。
「私と君は、仲が良かったとは言えない。だが昔のことは水に流そうじゃないか。君のことを許すよ、水樹君。君が私を、一生懸命失脚させようとしていたことはね。私たちは大人なんだから、過去のことは忘れようじゃないか」
「…………」
「だからここは、あれを譲ってくれ。もちろん無料ではない。相応の謝礼は出す。それでいいだろう。それで全部解決だ」
「……何がなんだか、わからないな」
俺は答えるというよりは、この敵勢の密集地帯に存在するかもわからない、わずかばかりの虚空に向かってそう呟く。
「なぜあんたがここに居る? 小和証券が……なぜ、関わっている?」
「そこまでは教えられん。だがいいか、よく聞け」
上村専務は俺の肩に手を回すと、ギュッと掴んで引き寄せた。そして彼が引き連れる3人の冒険者を一人ずつ指さしながら、俺に向かって諭すような口調で囁いた。
「この三人は手練だ。君も有名になったみたいだが、彼らは文字通りレベルが違う連中なんだ。その指揮権は私にある。君と私がぶつかれば、間違いなく君が負ける。昔みたいにな。君は絶対に、私に勝てない。昔からそうだっただろう?」
「…………」
無言で別の場所へと視線を泳がせながら、俺は自分の脳が、徐々に熱を帯びていく温度を感じている。ふつふつと湧き上がってくる不快感と怒りで、シナプスが焦げ付くのがわかった。
「君の顔は立ててやろう。なんなら、ダンジョン内で争った形跡を工作してもいいんだぞ。いくらか怪我しておけば、イギリスにも何も言われまい。頑張ったけどダメでした、って言えばいいんだよ……そうだろ?」
俺の肩を掴みながら、上村は不快な顔をズッと寄せてきた。
「金持ち喧嘩せずだよ。そうしようじゃないか」
「……離せ、上村」
俺は彼の手をゆっくりと引き剥がすと、ベンチから立ち上がる。
「吐き気がする……二度と、俺に話しかけるな」
「おいおい水樹君。あんまり熱くなるなよ」
「黙れ! 二度と俺に、舐めた口をきくな!」
『ず、ズッキーさん! 落ち着いて!』
「うるさい! 黙れっ! …………って? ぇっ? あっ」
叫んでから、俺は脳内ではなく実際に口に出してしまったことに気づき、頭が混乱した。
『頭に血が上ってますって! ズッキーさん! 落ち着いて!』
「はあ……哀れだな、水樹君」
ベンチに座ったままの上村専務は、背もたれへと余裕そうに身体を預けて、俺に冷ややかな視線を送る。
「いくら頑張っても、私と君の序列は変わらない。冒険者に転身して、わけのわからないスキルを手に入れたらしいが……調子に乗りすぎじゃないのか?」
ふん、と上村専務はニヤついた。
「結局私の方が、社会的な立場も上、軍事力も上。すべて上なんだ。依然変わりなく。君ができることといえば、お昼のワイドショーを賑わすくらい……その辺を認めたらどうだ、んん? 水樹君よ」
「跡形もなく吹き飛ばしてやるぞ、上村……!」
俺の精神状態に呼応して、周囲にスキルブックの残像が出現し始める。
しかしそこで、俺は周囲を取り囲まれていることに気づいた。
「『人間核爆弾』、ミズキリョウスケか」
そう言ったのは、俺の隣に立った大柄な黒人。
身長2mはあろうかという彼の体格は、人というよりは山のシルエットを思わせる。
「情報は聞いていたが……やはり戦闘員ではないな。たまたまチートスキルを手に入れただけの、ただの一般人だ」
「我々の相手にはならない、な」
続けてそう言ったのは、俺の背後に立った男。
スラリとした長身の、ウェーブがかった金髪の白人だ。
「剣を取る者は皆、剣で滅びる……マタイ26章53節だ。専務の言う通り、ここで投降しておいた方が賢明」
「慈悲心で忠告してあげる」
俺の左側から視界に入ってきた中東系の女が、そう言った。
「本物の戦闘屋と冒険者気取りでは、まともな戦いになるはずがないのよ。おわかり? 『人間核爆弾』」
俺はいつの間にか、多種多様な人種性別を誇る冒険者集団に囲まれる形となっていた。
「お前たちが……P2か」
俺はそう呟くが、彼らは肯定も否定もしない。
英国がわざわざ、半部外者である俺たちに指令を出すほど回収を焦ったのも頷ける。探索はタッチの差。というよりも、奇しくも同時となったわけだ。
周囲が緊迫した空気で満たされる。これがスパイ映画ならば、この一瞬後にどちらかが拳銃を抜いてもおかしくない。そして現状は、まさにそのスパイ映画のような様相を呈していた。
「…………」
「…………」
俺と上村専務の陣営は、無言で睨み合う。
そんな緊迫した状況で、とつぜん待合室の扉が開いた。
そこから入って来たのは、着替え終わったらしいキャロルと多智花さんだ。
「キャロルさん! それマズいですよ! もうビキニアーマーとかそういう次元じゃない気がします!」
「ふふん、問題ない! むしろ装備面積は、前よりガッツリ多いではないか!」
「そうなんですけどねー!? そういう問題じゃなくてねー!?」
「心配性だなあタチバナは! 猥褻物陳列に当たる部分はきちんと覆っているぞ! って、え?」
「えー!? いいんですかねー!? 法解釈が必要だなー!? って、へ?」
自動扉をくぐり、待合室に入場してきたキャロルと多智花さんは、俺を取り囲む上村専務&ポリコレ冒険者部隊を見て固まった。
「あ?」
「げっ」
そしてキャロルと多智花さんを確認した俺と上村専務も、また固まる。
キャロルが今回着用してきたのは、せっかく新調したアンダーアーマーではなく、また別の、もはや恒例的な雰囲気のある変態装備。
しかし今回のそれは、一見普通の、軽装な西洋鎧に見える。
のだが。なぜか胸の中心部分と股間の防御だけが軽視されすぎていて、局部が完全に露出する形になっていた。曝け出されたその胸にはチコンとしたニップレスが、股部の中心には、絆創膏よりもマシ程度のシール的な物が貼り付けられていた。
一同がキャロルの局所的にツッコミどころのある鎧を凝視していると、彼女はサッと真剣な面持ちに切り替わり、俺の元へとガチャガチャと歩み寄る。
「ミズキ、これは一体どういうことだ? こいつらはなんだ?」
「キャロル。その前に、その装備はどういうことだ? なぜお前は絶賛局所露出中なんだ?」
「あっ、そうだった」
一瞬のシリアスモードで自分の露出を忘れていたらしいキャロルは、鎧に括り付けていたケースからスマホを取り出して、指でスススッと何かを操作し始める。
「ちょっと待って……すぐ終わるから」
「…………」
「すまないな。ちょっと待ってくれ。失礼する」
「…………」
「……ちょっと待って。今顔認証してるから」
「……」
キャロルがスマホを操作している間、待合室の一同はどうすることもできないので、とりあえず待った。
数秒待つと、キャロルの鎧からピピッという音が鳴り、ガシャンと追加の装備が展開された。内部構造から押し出された胸甲と股間当ては、彼女の猥褻物陳列的に問題があった露出を、問題がない普通の鎧にしてくれる。
「よし、これでいい。ミズキ、こいつらは一体なんだ?」
「その前に。その謎のメカニカル露出システムはなんなんだ?」
「最新型のダンジョン探索用プレートアーマーだ。鎧を着込んだ後でもトイレとかに行きやすいように、股間などの装備がアプリ操作でパージできる仕様になっている。面白いだろう?」
「胸はパージできなくてもいいだろ」
「乳母にも安心の仕様だ」
「すでにパージしている必要はなかっただろ」
「ミズキが喜ぶかと思って」
「ええと、どういうことですかぁ?」
そう呟きながら、アイドルコスプレの多智花さんも遅れてやってくる。
「あ、この衣装は気にしないでくださいぃ〜、決して趣味で着てるわけじゃないんです〜、はい、なんかすみません〜……あ、なんか速やかに死にたいですね〜」




