9話 非常にユーザビリティに優れたスキル画面
契約したばかりの賃貸住宅。
ここ北海道の田舎では、東京に比べれば信じられないほど安い家賃で、ずっと広くて良いアパートが借りられるものだ。転勤が決まった後に嬉しかったことといえば、この物件選びくらいだろうか。
そんな新居で……
「なーにこれぇ!? どういうことー!?」
スペースこそ取らないが、騒々しい小さな同居人が、荷解きも満足に終えていない部屋の中でヒラヒラと飛び回っている。
「どういうことったって、こういうことだよ」
「ぜんっぜん! わけわかんないー! 一体全体、ここはどこの世界ですか!? どこの異世界なのですかー!?」
「地球だよ。地球」
「チキュウ!? エングラシル大陸は!? 神聖ガルマ帝国は!? エルフ達が住まう神秘の森はー!?」
「そんなもんねえよ」
俺は買い溜めておいたカップラーメンにお湯を注ぎながら、ケシーに尋ねてみる。
「お前、カップラーメン食べる?」
「なにそれ!? お湯!? お湯入れたらどうなるの!?」
「食べられるようになるんだよ」
◆◆◆◆◆◆
「うぅぅ……どこですかここは……私の故郷の森は、一体どこへ消えてしまったのですか……」
居間にぽつりと置かれた木製のテーブルに座り込んで、ケシーはグスグスと泣きながらカップラーメンの麺を齧っていた。
こいつにしてみればラーメンの麺一本でも、途方もない長さの恵方巻の如き大きさになる。食費には困らなさそうなやつだ。
「つまり……お前はこことは全然違う、異世界の住民だったわけか」
「そうですー。こーんな所かまわず鉄の箱が走り回っているような、灰色でチンチクリンな世界。私は知りませんー」
ということは……4年前からこの世界に発生し始めたダンジョンは、本当に異世界と繋がっている通路であるわけだな。
しかし……これはどうしたものか。
チュルリと麺をすすりながら、俺は考えた。
現代人にとって、ダンジョンが身近な存在になってから数年経つわけだが……こんな風に会話ができる知的生物とは、まだ人類は出会っていないはずだ。
もしかしたらすでにアメリカかどこかは遭遇していて、隠しているだけなのかもしれないが……そんなのは、都市伝説的に語られる無数の陰謀論の一つにすぎない。
しかし俺は、そんな世界初と二人……いや二匹(?)と、一日にして遭遇してしまったことになる。しかも一人は、なし崩しに家に連れて帰ってしまった。
あのドラゴンは今頃、どうしているのだろう。ダンジョンの生成が終わって、出入り口は別の場所と繋がったようにも見えたが……まあ、よろしくやってるだろう。
今度電池届けに行かなきゃな。しかし、また会える日は本当に来るのだろうか。
「そういえば」
俺は麺をすすりながら、あの白竜から譲ってもらった宝箱を引っ張り寄せる。
「スキルが入ってるとか何とか言ってたな。どれどれ?」
「どうせ、大したスキルじゃありませんよー。ドラゴンは中身がどうとか関係無いんですから。見た目がピカピカ綺麗かどうかなんですから」
「そんなこと言うなよ。それに大したスキルじゃなくたって、儲けものさ」
カップラーメンを食べながら宝箱を開けてみると、バシュン! と玉手箱よろしく白い煙が溢れ出た。
「うわっぷ! なんだこれ!」
「げほっ! もー! 食事中に変なことしないでくださいよー」
ケシーの文句に紛れて、ピロリン!という音が鳴る。
それは、初めてステータスが出現した時に鳴った音だった。
俺の目の前に、もう一度ステータス画面が現れる。
よくよく見ると、スキル欄が『+1』になっていた。
新規取得スキルがあるってことか、わかりやすい。しかもよく見てみれば、この画面……どことなく、Bapple社のBiPhoneを思わせる作りになっている。
異世界のステータス画面ってのは、ユーザビリティに配慮されているもんなんだな。
向こうの異世界にも、スティール・ジョヴズみたいな奴がいるに違いない。もしかしたら転生してたのかも。ははは、まさかな。
スキル欄を指で押してみると、空中に浮かぶ文字が崩壊し、再度組み合わさって新たな画面が現れた。
保有スキル1……『スキルブック』
「スキルブック? ケシー、どんなスキルか知ってるか?」
「知りませんよー。聞いたこともないですー」
そう言ったケシーは、そこで初めて興味を示したのか、俺のステータス画面を覗き込む。
「珍しいスキルですね……って、『保有スキル』1つ……? どうなってるんですか。どんな生活してたら、こんな貧弱なスキル構成に育つんですか」
「こっちの世界には、スキルなんて元々ねえんだよ」
俺はカップラーメンを食べ終えると、ノートパソコンを開いてネットブラウザを立ち上げた。
ダンジョンから人類が獲得した主要な資源は、大きく3つに分かれる。
1つ目はスキル。2つ目が魔法。そして3つ目が、元々地球には存在しない鉱石や物質の数々。これには、ダンジョン内のモンスターも含まれる。
発生当初はその全てが人類の科学史を塗り替えるほどの大発見であったダンジョン産物も、4年間という時の経過の中で探索や研究が進み、ありふれてたいした価値の無いものから、数十億を出しても手に入らないものまで、それぞれランク分けがされるようになった。
そして通貨に石油や金といった各種資源、おおよそ値段の付く全ての物は、その価値が変動するもので……
「……なんですか、これ?」
ジグザグの赤と青のグラフが何本も表示されているパソコンの画面を覗きこみながら、ケシーがそう聞いた。
「ダンジョンFXだ」
「まったく意味がわかりません」
昨今では仮想通貨ブームに変わり、各種ダンジョン資源の価格変動をグラフ化した為替チャート……通称ダンジョンFXが、投資家どころか一般人すらも注目する、最も盛んな投資先になっている。
「おや、火炎スキルが暴落してるな」
火炎スキルの為替チャートが凄まじい暴落具合を見せているのを発見して、俺はニュースサイトを立ち上げる。何かあったのだろうか。
どうやら、イギリスの冒険者が火炎耐性付与のスキルを発見したらしい。
だからといって火炎スキルの価値が落ちるとは思えないのだが、このニュースを受けて売りが活発化したのだろう。一時的な下げと見た。
他にも色々なチャートや表を確認すると、俺は一息つく。
「『スキルブック』は……どこにも無いな。未発見のスキルってことか」
ステータスが出現した者同士であれば、保有したスキルは互いに譲り渡すことができる。
お互いのステータス画面を並べて、まるでパソコン画面のドラッグ&ドロップのようにやり取りするらしい。
そのために、こういったサイトではスキルの買い手と売り手に分かれて、日夜スキルの価格が変動しているのだが……どうやら俺の手に入れた『スキルブック』なるスキルは、どんなサイトにも記されていないようだった。
唯一見つかったのは、WEB上の小説投稿サイトの、とある作品だけ。
このファンタジー小説の中に登場する、架空の同名スキルが引っかかったようだ。
公開年月日は……ダンジョン発生の数年前になっている。先見の明がある奴だな。だからどうしたという話ではないのだが。
「ねえねえ、ちょっと使ってみません? どんなスキルなのか気になりません?」
「まあ、そうだな。よーし……」
俺はケシーに急かされる形で、自分が手に入れたスキルを発動してみることにする。
「『スキルブック』!」