8話 時を管理する硬質かつ滑らかな白細工の宝物
「それではまずは……お客様の保管する、宝物の方から確かめさせて頂いてよろしいでしょうか?」
『“ふん。まあ、良いだろう。仕方がない……”』
白竜はどこか自慢げな声色でそう言うと、その大きな身体を退けて、背後に隠された宝物の数々を見せた。
「うおーっ! すっごーい! さっすがドラゴン様―!」
『“ぬはは、まあこれくらいはな。当然のことだ。”』
光り輝く金銀財宝の山を前にして、ケシーは興奮しきった様子だ。
ドラゴンもその反応に、すっかり気分を良くしたように見える。
しかし、俺は一人……
その宝物の山の中でひときわ異彩を放つ、一つの白い箱を見て、顔をしかめていた。
「…………えっ?」
『“どうかしたか、人間よ。”』
怪訝な顔をする俺に気付いたドラゴンが、上からそう尋ねる。
「い、いえいえ! いや、あの……これは!? この白い箱が……気になる……じゃなくて、心奪われまして!」
『“おお、その白箱が気になるのか?”』
「はい……その、特に……!」
『“これに目を付けるとは、人間にしては良い鑑識眼をしておるわ。”』
ドラゴンはそれを前足でひょいとつまむと、愛おし気に頬の鱗で撫で始めた。
『“これは、ついさっき見つけたものでな。我の新しいお気に入りなのだ。”』
つい先ほどの威圧の声とは全く異なる、可愛らしい猫撫で声が頭に直接響いて来る。
『“この硬質かつ滑らかな白細工、発光して形を変える幾何学模様に、差し込まれた精巧な作りの呪文譜……! どれを取っても美しい! うむうむ、良い物を見つけた……!”』
ドラゴンはそう言うと、その白箱に差し込まれた細長い紙を前足の爪で器用につまんで、出し入れしてみせる。
すると、カシャンッという機械音が鳴り響き、その紙片に刻印が刻まれた。
『“見てみると良い。この興味深い仕掛け。おそらくは魔術装置の一種で、この白箱に差し込むことで刻印を施す仕掛けになっておるのだ。これはどういう意味の記号なのかな……うぅむ、大変気になるところである。ミステリアスであるなぁ。”』
そう言って、嬉しそうに箱から紙を出し入れするドラゴンの姿を見て……
俺は、喉から出かかっている叫び声を、なんとか抑えていた。
それは……勤怠記録用の、タイムレコーダーだっ!
ダンジョンの発生に飲み込まれて、支店の備品がダンジョン内に散らばったのか!
その硬質かつ滑らかな白細工は、ただの白色プラスチックだし!
発光して形を変える幾何学模様は、電池式のデジタル時計の画面だし!
差し込まれた精巧な作りの呪文譜は、勤務時間が書いてあるただのタイムカードだ!
しかも角田英一郎さんのタイムカードだっ! 誰だっ!?
「ズッキー、どしたの? 知ってるの?」
「あ、あぁ! その通り!」
ケシーにそう聞かれて、俺は混乱する頭を切り替える。
「よ、良かった! いやあ、お客様はとても運が良い!」
『“どうか、したのか?”』
「わたくし、実はその装置のことを知っておりまして!」
『“おお、本当にか。流石は、財産管理のプロを自称するだけはあるな。”』
「実はこのままだと……その装置は、動かなくなってしまいます!」
電池式だからな!
『“なんと!?”』
ドラゴンは初めて、焦ったような素振りを見せた。
可愛いなこいつ。
『“ど、どうすれば良いのだ。何か、魔力が必要なのか?”』
「いえ……実はこの装置には、“電池”という専用の原動力が必要でして」
『“なんということだ……その“デンチ”とやらが無いと、どれくらいで動かなくなる?”』
「もって一か月……ほどかと……」
『“たった一か月!? 本当か!”』
ドラゴンはそう叫ぶと、その爬虫類の目を細めて、すこぶる悲しそうな表情になる。
『“なんと儚き宝物よ……! 我は悲しい。これも運命の悪戯、時の巡り合わせなのか……!”』
「で、ですが! ご安心ください! わたくしであれば、外の世界からその“電池”を取り寄せることができます!」
『“本当にか! 頼む、人間! その“デンチ”とやらを持ってきてくれれば、相応の礼をしよう!”』
「お、お任せください! お客様の資産を守ることが、わたくしの使命ですから!」
「へー! ズッキーすごーい!」
やり取りを聞いていたケシーが、俺のことを見直したようにそう言った。
『“いやあ、良かった良かった。危ないところであった。たまには人間種の言うことを聞いてみるものであるな。”』
安心した様子のドラゴンは、ズゴゴゴ! という壮大な音を立てて移動すると、宝物の山の中から何かを探し始めたようだった。
『“ふむふむ……はて、アレはどこにいったかな。あの黒服から逃げて……いや引っ越した時に、どこかに埋もれてしまったかな……おお、あったあった。”』
彼は財宝の山の中から小さな宝箱のようなものを探り出すと、それを俺の前に置いた。
『“人間よ。必ずや持ってきてくれよ。”』
「は、はい! 必ず!」
『“その宝箱は、ささやかな礼である。持って行くとよい。”』
「えっ……いいんですか!?」
「えーっ! いいのー!?」
俺とケシーがそう聞くと、ドラゴンは長い首を上下させて頷いた。
『“よい、よい。どうやら、その中にはスキルを封じた呪文譜が入っているようであるのだが。我には不要であるが故にな。箱がなかなか綺麗だから、取っておいただけなのだ。”』
「あ、ありがとうございます!」
俺はその宝箱を抱えると、洞穴を囲むように伸びる坂道の方をチラリと見る。
「それでは……外から“電池”を取ってくるために、一度失礼しても構いませんでしょうか?」
『“うむ、大義であるぞ。行ってくるとよい。なるたけ、たくさん持ってきてくれ。”』
俺はドラゴンに会釈すると、坂道を上って、出口へと歩いて行った。
外に出ようとする俺の背中に、竜が問いかける。
『“……そういえば。この白箱は、何のための装置であるのか?”』
俺は振り返ると、彼にこう言った。
「それは、時を管理する装置なんですよ」
『“時を管理する! うぅむ。宝物に相応しき、いたく高尚な役目である。”』
彼は満足気に鼻を鳴らした。
会社で、出勤と退社の『時』間を正確に『管理する』ための『装置』。
嘘は言っちゃいないさ。
◆◆◆◆◆◆
ダンジョンから出てみると、そこには俺がダンジョンに足を踏み入れた時とまったく変わらない光景が広がっていた。
貰った宝箱を小脇に抱えてスマホを見てみると、バグったように時間表示が乱れて、改めて時刻が表示される。
あれだけ歩き回ったはずなのに、まだこちらの世界では数分しか経過していないようだった。
生成直後のダンジョンでは、時空が歪んで不思議な現象が起きるというが……これもそういうことなのか。なんにせよ、脱出した直後に行政やら警察に囲まれることにならなくてよかった。
「あー……生還できたなあ」
感慨深くもそんなことを呟いて振り返ると、今さっき通って来たはずのダンジョンの入り口は、また別の場所と繋がったようだった。大守支店跡地であるダンジョンの口は、ドラゴンが支配する洞穴ではなく……俺が最初に入ったような、単なる洞窟の通路になっている。
あんなドラゴンといきなり出会ってしまうような入り口のまま、固定されないで良かった。
これで全部、一件落着というわけだな。
そんなことを考えていると……
「ゲェーっ!?」
隣に浮かんでいたケシーが、そんな素っ頓狂な叫び声を上げた。
「な、なんだ!? どうした、お前!?」
「なにここ!? どこ!? どういうことー!?」
「どこって、ここは北海道の大守市だけど……」
「ホッカイドウ!? オオモリー!? 何それ、どこそれー!? ホッカイドウ王国なの!? ホッカイドウ帝国なの!?」
「ああと……本当になにもわかんないのか、お前?」
「わっかんなーい!? なにこれ!? 別の世界なの!? どういうことなのー!?」
ケシーが混乱してそんな風に叫んでいると、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「まずい! ダンジョンの発生が通報されたんだ! 見つかる前に逃げるぞ!」
「なになに!? なにから逃げるのー!?」
「いいから! お前捕まったら、ひょっとしたら串焼き塩味になるよりひどい目に遭うかもしれねえぞ!」
世界で初めて見つかった、知的モンスター的な意味で!
研究対象的な意味で!
「なにそれー! 串焼き塩味よりヤバイことってどういうことなのー!」
「いいから逃げるぞ! ほら!」