6話 絶対に契約を取る日本の営業マン VS 人間はとりあえず絶対に殺すドラゴン
「あのドラゴン、何とかならないのか?」
「なるわけないでっしょー!?」
ドラゴンさんが眠っている洞穴から少し戻った場所で、俺は石の上に座り込んでケシーと話し合っていた。
「ほら、あいつ寝てるしさ。そろーっと行って、そろーっと出ることはできないかな」
「あれ寝てるように見えますけど、気配察知したらすぐに起きて殺されますよ。もう一瞬で氷の息吹でカッチンコッチンにされて砕かれて、あの雪の中で永遠に解けない氷の肉片として埋もれて行くだけですよ」
「具体的な末路をありがとうな」
こいつの歯に衣着せずにむしろ毒を塗って噛んでくる物言いは、危険な状況を正確に理解させる効果がある。
俺は座り込んで頬杖を突きながら、ケシーに尋ねる。
「別の出口って、どれくらい遠いんだ?」
「そもそも感知できないくらい遠いですよー。私だって4年も彷徨って、ようやっと見つけた出口なんですからー。……それで舞い上がっちゃって、あのゴブリン共に掴まっちゃいましたけど」
「それじゃあやっぱり、あそこから出るしかねえじゃねえか……」
「ズッキーさんは、何かスキルとか魔法とか持ってないんですか?」
「持ってるわけないだろ。ただの証券マンだよ」
「ショーケンマン? どういうジョブですか、それ。小剣?」
「営業職だ」
「どんなスキルが必要なジョブなんですか?」
なんだか、微妙に話が噛み合っていないような気もする。
しかし今の俺には、その辺りを正確にすり合わせるだけの体力は残っていない。
「営業スキルと金融スキルだな」
「はーあ。つまり対人技能と商人系のスキルしか持ってないってことですねー。まるで役に立たないですねー」
「その役立たずが居なかったら、今頃串焼きだったことを忘れるなよ」
「その串焼きが居なかったら、出口は見つかりませんでしたけどね」
「はぁ」
ケシーと俺は、同時に溜息をついた。
「あのドラゴン、言葉通じないのか?」
「たぶん通じると思いますよ」
「マジで!?」
俺が驚くと、ケシーはやれやれ、という様子で肩をすくめる。
「そりゃあそうでしょうよ。存在の階層が違うんですから。大は小を兼ねる。下等存在にできることを、上等存在ができない理由はありませんよ」
「なんだ、話が通じるのか……! それなら色々と、やりようがあるぞ!」
俺は急に、暗闇の中で一筋の光明が見えた気分になった。
この世界で一番恐ろしいのは、ズバリ対話が不可能な奴だ!
森で絶対に会いたくない存在、堂々の第一位……クマとかな!
もしクマが……
「ちょっと待ってくれよ。俺には妻と子供がいるんだ。殺さないでくれるかな」
「それなら仕方ないな。見逃してやるから、幸せにしろよ」
「いいのか?」
「川でシャケでも取って食べるさ」
そんな奴だったら、全然怖くない!!
対話ができるなら、いくらでもやりようがあるのだ!
「でも、ズッキーさんみたいな下等な人間種が相手されるわけないじゃないですか」
「なら、人間より上等らしいお前はどうなんだよ」
「私だって無理ですよー。ドラゴンですよー? 魔力も何もかもダンチなんですからー。私はちっちゃい宝石みたいなもので、か弱くて小さな一介の妖精にすぎないんですからー」
そこまで言ってから、ケシーはふと、何かに気付いたようだった。
「……でも、なんであんなところにドラゴンが? 普通はもっと、ダンジョンの奥も奥の奥深くに住んでるはずなんですけど」
「そうなのか」
たしかに、政府機関や軍、それに民間の冒険者たちがダンジョンの探索を始めてから結構な年月が経ったというのに……ドラゴンと遭遇したというニュースは、いまだに聞いたことがない。
やれやれ。俺は一日で、どれだけの世界初と出会えばいいんだ。もしくはドラゴンに会ったことのある奴はいるのだが、単に一人も生還できていないだけなのか。
「とにもかくにも。ダンジョンの出入口にドラゴンなんて、普通は居るわけないんですよ」
「たしかに、ダンジョン入って二秒でボス戦は嫌すぎるな……何か、あそこに陣取ってる理由があるのか?」
「うーん……つまりは……」
ケシーは何かを考え込むようにして、顎に手をやった。
「……何かもっと大きな存在から逃げて来て、あそこに留まった……?」
そこまで議論したところで、俺は話を少し巻き戻す。
「ドラゴンと……会話はできるんだよな?」
「できるでしょうけど、オススメしませんよ。ズッキーさんだって、ハエと話したいとは思わないでしょ?」
「いや。ハエが話しかけてきたら、ビックリして話し込むと思う」
「そういうことじゃなくてね? 意図を汲み取って欲しいですけどね?」
「そもそもドラゴンって、何が楽しくて生きてるんだ?」
「ドラゴンにめちゃくちゃ失礼な人ですね」
「そうじゃなくて、真面目な話なんだよ。何か興味のある話題とかないのか?」
「うーん……たとえば……って」
ケシーは少し考え込んでから、俺のことをじぃっと見据えた。
「もしかして……マジで交渉しようとしてます?」
「営業マンだからな」
◆◆◆◆◆◆
ケシーとの作戦会議の後。
俺はネクタイを締め直して身だしなみをチェックしてから、氷雪系ドラゴンが寝ている洞穴へと足を踏み入れた。
その瞬間にひんやりとした空気に包まれて、全身に鳥肌が立ち始める。
ケシーが言っていたが、ドラゴンは洞穴全体に、自分の属性と同じ結界を張っているらしい。
いわばこの洞穴全体が、あの氷の竜のテリトリーなのだ。
そして、その結界に足を踏み入れたことで……
寝入っていたドラゴンの瞳が、パチリと開かれた。
爬虫類然とした足の爪が雪の積もった地面に突き刺さり、意識を持った巨大建造物が自分の意思で立ち上がったかのような振動が鳴り響く。
圧倒的な威圧を含んだ冷たい風が吹きすさび、鼻の中の水分が凍るのを感じた。
『“…………”』
俺がやや怖気づいていると、そのドラゴンは青色のワイシャツにネクタイ姿の俺のことを、品定めするように眺めた。
そして、何の会話を交わすこともなく……
竜の口が大きく開かれて、その喉奥に、凝縮した氷の力が蓄えられていく。
「ま、待ってください!」
俺がそう叫んでも、竜はみじんも意に介す様子は無い。
まるで、俺のような下等な存在の声など、聞こえてもいないように。
ヤバイヤバイヤバイ!
本当に、俺の声聞こえてるのか!?
理解されてるのか!?
しかしここまで来たら、やるしかねえ!
この俺の周囲ごと吹き飛ばさんとする……おそらくは氷の息吹を怠そうに蓄えるドラゴンに対して、
俺は、言おうと決めていた言葉を叫ぶ。
「貴方の……大切な資産管理のご相談に、乗らせて頂きたいのですが!」
ピタリ、と竜の動きが止まった。
喉元に溜められていた謎のエネルギーが引っ込められ、その竜はゴクリと喉を鳴らすと……
俺を氷漬けにして粉々に砕くはずだった息吹を飲み込む。
『“資産管理……?”』
ドラゴンのドスの効いた声が、脳に直接響いてきた。
やった! 食いついた!
ケシーの言ったとおりだ!
「はじめまして! わたくし、小和証券の水樹という者です!」
『“貴様が何者かなど、どうでもよいわ……。”』
「失礼いたしましたっ!」
俺はビシッと頭を垂れると、それでもめげずに切り返す。
「しかし、わたくし! これまで数多くのお客様の大切な財産の管理と運用に携わらせて頂いた経験のある、資産形成と管理のプロでございます! 僭越ながらこのわたくしであれば、貴方の大切な資産の管理につきまして! 竜である貴方がお守りする、宝物の管理につきまして! 効果的なご助言をすることができるのではないかと! 思いましてぇっ!」
一世一代の大博打……!
新入社員時代から磨いてきた、証券営業のスキル!
日本の営業マンはドラゴンに通用するのか、やってやろうじゃねえか!