【書籍版】51話 ダンジョン統合実動検査演習
「ははは」
川谷の乾いた笑い声が響いた。
「一体、何を言い出すかと思えば……R・E・Aだって?」
彼は椅子に座り込んで足を組みながら、可笑しそうにそう言った。
「REAってのは、一体どこのREAの話です? 千歳アウトレットモール・REAの話ですか?」
「R・E・AのREAに決まってるだろ。君は英国最強の冒険者パーティーすら知らんのか?」
突然つっかかってきた川谷に対して、火又は厳し気な口調でそう返した。
「……は?」
再びフリーズしている様子の川谷を横目に、火又は俺の顔を覗きこむ。
「なあ、水樹君。このクソ面白くもない冗談を言う七三分けはなんなんだ? 誰が南千歳のショッピングモールの話をしてるって? 俺は面白くない冗談を自信満々に言う奴が嫌いなんだ」
「ええとですね、火又さん。いや、火又三佐」
俺は火又のことを引っ張ると、待合室の外へと連れて行く。
火又は長身で細身に見えるが、その濃緑生地の自衛官制服の下には相当な筋肉が搭載されているようで、引っ張るのには結構な力が必要だった。というか、彼の方に着いて来る意思が無いと恐らく動かせない。
待合室のすぐ外で、俺は彼に耳打ちした。
「火又さん。あの件については……あまり、口外しないでもらえますか?」
「どうしてだ? 君はその絡みで招集されてるんだろ?」
「いや、違うんですよ。全然違くて。しかも自分、今のところREA入るつもりないので」
「REAに入らないだって?」
火又は「なんだそりゃ」という表情をした。この人くらい快活でエネルギッシュな人だと、表情も言語能力の一部である。
「レアル・マドリードに言い値で指名されたのに断るみたいな話だぞ。しかも、隊長のキャロルくん直々にスカウトされてるらしいじゃないか」
「いやまあ、そうなんですが」
「一体なぜ断る? あれか? 両親か誰かが病気で、日本から出たくないっていう感じか? そんなのは気にするなよ、水樹くん。ご両親だって、きっと! 大業を成し遂げようとする息子の妨げになど、なりたくはないはずだぞ!」
「いや……違うんですけど。まあ、まあ! 元々自分、冒険者志望でもないので!」
勝手に話を進めて行った末に説教じみてきた火又三佐に対して、俺は割り込むようにしてそう言った。
しかしこの人は、一体……何をどこまで知っているんだ?
「こういう話は、人生でそう何度もあるわけじゃない。一生縁の無い奴だっている。どうかしてるぞ?」
「ま、まあ……ちょっと、色々と考え中と言いますか」
「優柔不断は身を滅ぼす。川の流れの中で漂っている魚は死んだ魚だけだ」
「誰の言葉ですか?」
「バレたか。誰かが言ったことを自分で考えたみたいに言うのは悪い癖なんだ。これはイギリス人の言葉だったと思うんだが、フランスだったか?」
「まあ、肝に銘じておきます。あと、あの七三分けなんですけど。彼が新部署の統括みたいなんですよ」
「どうして何も知らない奴が仕切るんだ?」
「逆にどうしてあなたは知ってるんですか」
「顔が広いからな」
限度があるだろ。
火又を説得してから待合室に戻り、俺はとりあえず多智花さんの隣に座り込んだ。
…………周囲の視線を感じる。
川谷と他の職員、そしてアドバイザーと思われる民間の冒険者。
その誰もが、今さっきの火又の発言をにわかには信じられず、様子を窺っている感じだ。
その異様な雰囲気にあてられた多智花さんはわけがわかっていない様子で、俺のことを不安気に覗きこんでくる。
「あの……この空気って、私のせいですかね? なにか私、マズイことしましたかね」
「大丈夫だ。君は何も悪くないぞ。これは最近にわかに色めき立ってきた、俺個人の周辺にまつわる話だからな」
俺が多智花さんにそう言い聞かせていると、火又も隣に座って来た。
一方の川谷はというと、俺が視線を返すと咄嗟に目を逸らして、何やら口を小さく動かしてブツブツと呟いている。
「REA……? いやまさか。日本の冒険者が……あれが? そんな話、聞いたことが無い……が……?」
そんなことを呟いている川谷を眺めながら、火又がクスリと笑う。
「馬鹿と警官にさよならを言う方法は見つかっていないからな」
火又は可笑しそうにそう呟いた。
よくわからんが、誰かの言葉に違いない。
◆◆◆◆◆◆
披露式には、選挙特番でしか目にしないような政治家やら、何やら偉そうな官僚やらがお越しになっていた。
それで結局、俺のすることと言えば、座ったり立ったり祝辞を聞いたり、あとは適当に握手したり拍手したりするだけ。
本当に、書類上の頭数合わせ以上の意味は無かったのだろう。合っていれば問題無いが、合っていなければ大問題。結局居ても居なくても変わらないのに。おかしな話だ。
式の進行を仕切っているのは川谷だった。
「今回、このような重要な役職を任せて頂きまして、大変……ダンジョンは日本の将来の……新しい科学ともいえる急成長分野であり……その……」
いつもは自信満々かつスマートに事を進めるのであろう印象が感じられたが、そのスピーチはどこかぎこちない感じだった。
スピーチ中、彼がちらちらと俺の方を見たのがわかる。こういうチラ見というのは、見た本人は気付かれていないと思っても、見られる方はバッチリわかっている。胸が平均よりも大きいせいで視線を集めがちな女性も、大体こんな気分なのだろうか。多智花さんとか。
川谷のスピーチが終わると、進行も務める彼は、次のスピーチ者を呼ぶ。
「それでは防衛省統合幕僚監部から、火又三等陸佐のお言葉を頂戴したいと思います」
そう呼ばれて立ち上がったのは、あの火又三佐だ。
『三佐』といえば……たしか、海外の軍隊では少佐階級だよな。いや『三佐』が大佐で、『一佐』が少佐なんだっけ? その辺の細々したことは微妙にわからん。
彼の席の横には、ペアのダンジョン・アドバイザーと思しき女性の姿が見える。火又は立ち上がって彼女に何かを囁くと、颯爽とした足取りで壇上を目指す。
それと同時に、お偉いさん方のヒソヒソとした声が聞こえて来た。
「火又……関東大洞窟災の火又一尉か?」
「元“S”の…………あれから……で、11旅団の司令部に飛ばされたと……」
「オオモリ・ダンジョンの件を受けて……急遽統幕に召集されたって話が……」
壇上を刃物のような鋭さで直角に曲がった火又は、マイクの前に立つと、各席に礼をした。
そしてマイクの位置を正すと、マイクの必要性が感じられない大きな声で喋り出す。
「どうも! 統幕の火又三佐です。色々と形式ばった文句を並べても良いのですが、タイムイズマネー、時は金なりということですので、早速本題に入りましょう! そういえば、このTime is Moneyという言葉を最初に使ったベンジャミン・フランクリンは、この言葉を……おっとっと。速攻で話が逸れるところでしたね」
ぐはは、と火又が一人で笑った。
生まれた時から喉にピンマイクが付いているのではないかというほどよく通る声だ。
「私がこの場を借りてお伝えしたいことは一つです。それは官・民を越え、自・官・民! つまりは自衛隊・官庁・民間の三体完全共同による、これからの日本におけるダンジョン管理の重要性であります!」
時の政治家のような口調で、火又が続ける。
「ダンジョンという未知領域を、将来における日本の莫大な国益とするために! オオモリ・ダンジョンを第二のNY・ダンジョンとして成長させ、管理し! これからの世界的なダンジョン研究を、開発を、資源を! 諸外国に比べて初動で遅れを取った日本が改めてリードする! そのために! 我々は従来の垣根を越えた地点で合流しなければなりません! そこで政府と幕僚の間で決定したことを、ここで皆様に! 先駆けてお伝えできればと思います!」
火又はそこまで言うと、席に座る俺の方へと不意に視線を向けた。
彼は俺に向かって、一瞬だけ微笑んだように見えた。
「第1回、ダンジョン統合実動検査演習!」
火又はそう宣言した。
「自衛隊・行政・民間を総動員した、本格的かつプラクティカルなダンジョン運用能力の構築と向上! 及び連携体制の確立! その演習の実行が決定しましたことを、僭越ながら! ここで公表いたします!」
にわかに周囲がざわついた。
それは何事もなく終わるはずだった形式的な披露式へと、突如として打ち鳴らされた鉄槌だった。
「ダンジョン……統合、実動検査演習……?」
隣に座る多智花さんがそう呟く。
言いたいことを終えて壇上から降りて行く火又の姿を、俺はじっと目で追っていた。
思えば。
後から振り返るならば、ここが全ての臨界点だったのではないか。
オオモリ・ダンジョンに足を踏み入れ、ドラゴンと対峙した。
妖精ケシーと共にレアスキルを入手し、YourTuber詩のぶの事件に関わった。
実業家堀ノ宮と半ば強制的に関わり、REAのキャロルと共にダンジョンを探索した。
そのどの時点でも、俺は自由にスキルを手放して、その全てと縁を絶って、この世界から退場することができた。
しかし、全ての歯車が噛み合い、それが不可逆的な回転を始めるのは、
途中下車を許さぬ特急列車が発車してしまったのは、
思うに、ここからだったのではないかと思わざるをえない。




