5話 その奥は見ちゃダメ! 絶対見ちゃダメー!
「いやあ、私も長ーいことダンジョンを彷徨っていたんですけどね! よーやっと外へ出れそうなんですよ!」
先導しながら羽でヒラヒラと飛び回るケシーは、後ろ向きになって俺に向き合いながらそう言った。
「ということは、もう出口まで近いのか?」
「近いなんてもんじゃありませんよ! もうすぐ、ほんのちょびっと! すーぐそこに、出口が形成されているはずです!」
ケシーはそう言って、嬉しそうに笑った。
身体がうすーく発光しているケシーは、背中に羽の生えた、手のひらサイズの少女という感じだ。
そして、その身体には……なんというか、服を一切れも身に纏っていない。
言ってしまえば全裸状態。なんというか、そういうタイプのフィギュアを彷彿とさせる。
後ろ向きで目の前を飛んでいると、彼女のプリンとしたお尻が丸見えだ。前を向いたら前を向いたで、色々と丸見えなのだが。そこばっかり見ていたら申し訳ないな。しかし気になる物は気になるわけで。
「うぅぅ……長かったですねー! こーんな暗くて窮屈で広大なダンジョンに閉じ込められてから、苦節4年間という感じですよ! 体感ですけどね!」
「4年間?」
4年といえば、この世界に初めてダンジョンが出現したのも4年前。
それは一体、どういうことなんだろう……考えれば何かわかるような気もしたのだが、今は頭が回らない。それよりも歩き回ったり走り回ったりで、足やら何やらが痛んでいた。
「おぅっ!?」
何かを察知した様子のケシーは、身体をビクつかせると、ヒラリと道の先まで飛んで行く。
「ど、どうした!? あんまり離れないでくれ!」
「キタキタキター! もうビビーッと感じましたよ! 敏感妖精なケシーのレーダーに、ビビビーッ! と反応しましたね!」
「出口か!?」
俺が叫ぶと、折れ曲がった道の先に向かおうとするケシーが声を返す。
「そう! この先が、ダンジョンの出口……に……」
先に曲がり角の向こう側へと飛んで行ったケシーを追って走ると、ケシーがひらりと戻って来た。
「どうだ!? 出口はあったか!?」
「あー……あのですねー……」
ケシーは頬っぺたを爪で掻きながら、バツの悪そうな顔を浮かべた。
「や……やっぱり……別の出口を探しましょうか!」
「えっ、なんで?」
「い、いやー。この出口からは出たくないなーって、思ってですね」
「……なんだそれ?」
「だ、大丈夫ですよ! ここを見つけるのに4年かかりましたけど、もう4年くらい彷徨えば別の出口を見つけられるはずです!」
「いやいや、そんな彷徨えねえよ。俺のことも考えてくれ」
俺がそう言って曲がり角の向こう側を確認しようとすると、ケシーが俺のシャツを引っ張った。
「うおー! 見ない方が良いですよー! はい! 見ない方がいい!」
「は!? なんで!?」
「希望は希望のままにしておいた方が、精神衛生上ね! 絶対良いですよ!」
「いやいや、そんなこと言ってられないんだ。スマホの充電だって、もう60%切ってるんだぞ」
「ぐわー! 見ないでー! 絶対見ない方が良いですってー! ズッキーさんは下等でメンタル激弱な人間種なんですからー! せっかく出来た話し相手が精神崩壊されたら、私だって困るんですからー!」
手のひら全裸少女にそんな風に叫ばれながら、非力すぎて何の抵抗も感じない制止を振り切る。
曲がり角の向こう側に、顔を伸ばしてみると……
そこは薄く輝く水晶で形成された、どでかい洞穴のような空間だった。
内部は温度が低いようで、地面や壁が氷と雪に包まれている。
白雪が降り積もる洞穴には、全体を左右から包み込むような傾斜があった。その坂道を登って行った先には穴が開いており、日の光らしきものが差し込んでいるようにも見える。
「やった! やっぱり出口だ! ……って、うん?」
喜んだのもつかの間。
その洞穴の、中央の奥側には……
大きな図体を丸めて寝入っている様子の……RPGゲームで何度となく見たことがある、巨大かつ強力なモンスター。
いわゆる、ドラゴンが鎮座していた。
しかも、明らかに氷系の全体攻撃をしてくる奴だ。
きちんとレベル上げをしてこなかったプレイヤーを咎めて、絶望の淵に叩き落してくるタイプのボスだ。
少年はみんなそうやって、ボスに挑む時はちゃんとレベルを上げて、なおかつ万全の状態で、必ずセーブをしてから挑戦することを学ぶのだ。
俺はその光景を眺めると、一瞬、固まってフリーズした。
そして何も言わずに、スタスタと歩いて来た道をいくらか戻る。
俺はそのまま地面にしゃがみ込むと、頭を抱えた。
「…………見なきゃ良かった……っ!」
「だーから言ったのにー! ばかーっ!」