☆新規章【書籍版】45話 多智花真木の憂鬱② #
「そうですか……はい、わかりました。お時間取らせて頂き、ありがとうございます……」
ガチャン。
机に備え付けられた電話に受話器を押し込み、多智花は頭を抱える。
「………………」
駄目だ。どれだけ当たっても見つからない。
リストに目を通しながら、多智花は次に電話をかける相手を探す。日本在住の有資格者冒険者のリストには、すでに黄色のマーカーと赤色ペンでぐっちゃぐちゃな模様が書きなぐられている。黄色マーカーで塗りつぶされた名前は、一度断られたもの。上からさらに赤色ペンで二重線が引かれた名前は、二度電話したが二度とも断られたもの。
リストに名前はあっても資格の無い者は、上からすでに黒塗りで潰されていた。
雑な手つきで受話器をもう一度持ち上げて、次に電話する相手の番号を打ち込もうとする。しかし首が折れたかのようにグシャリと頭が垂れてしまい、機械の破損音のような嗚咽が喉から漏れた。
「…………ぐぁ……」
重苦しい。
どうしようもない焦りが募っている。
こうなったら…………条件に満たないテキトーな有資格者に頼んで、披露式だけでもやりすごすしかないか?
いやそんなことをしても、結局は後から適任者を探さなければならない。上手く挿げ替えられないと、普通に報道レベルの問題になる。なにせ、国の一大プロジェクトなんだから。披露式にも呼べない。だがしかし、もうそんなことを言っている場合でもないのだが。
そこで多智花は、ふと気づく。いつもニュースで耳にする、行政の信じられないようなミス。バレないとでも、本当にそれで良いと思ったのかと首を傾げたくなるような、杜撰すぎる失態。そういったものは、きっとこういう状況から発生するのだ。
そして自分は、その当事者になろうとしている。
「多智花さん?」
不意に声をかけられて、多智花は顔を上げる。
そこには、爽やかな笑みを浮かべる濃紺のスーツを着た男が立っていた。
「ああと……川谷さん。どうされました?」
「まだ、ペアは見つかってないんですか?」
聞かなくてもわかるでしょう。
そんな言葉を飲み込んだ。
川谷慎。
大守市役所危機管理対策室ダンジョン管理課々長補佐。
清潔感溢れる濃紺スーツを着こなすこの男は、本来このような田舎の市役所に居るべき人間ではない。慶王大卒の霞が関というキャリア組の中のキャリア組。環境省自然環境局の総務課から、はるばるこの田舎まで出向されているのだ。
しかしそれは、左遷ではない。全てはこの大守市に突如として発生した、オオモリ・ダンジョンのため。その辺の事情は、元道庁職員である多智花も、似ていなくとも遠からずな部分があるのだが。
「まあ、仕方ないですよね」川谷は柔和な笑みを浮かべている。「上が定めた条件をクリアしてる冒険者って、日本にそうそう居るわけじゃないですし」
「そうですね……総当たりはしてるんですが、なかなか……」
「それに条件の上にいるような冒険者は、こんな面倒ごとを引き受けなくても十分に稼げてる、多忙な人たちばかり。上は現場の実情ってのをよくわかってません」
「そうなんですよね……」
あはは……と多智花は愛想笑いを浮かべた。
「でも、他の人はみんな見つけてますけどね」
「…………そうですね」
「もしよかったら、なんですけど」
川谷は不意に多智花に身体を摺り寄せると、小声で耳打ちし始める。
香水の匂いが鼻についた。良い香りだが、愉快な感覚ではない。
「伝手を頼って、僕が見つけてあげましょうか? 多智花さんのペア」
「え……良いんですか」
多智花は驚いて、鼻先の距離にある川谷の顔を凝視する。
霞が関から出向してきたいけ好かない男かと思っていたら……いや実際、かなり嫌味なところがある男なのだが……助けてくれるのか。
多智花が目を丸くしていると、川谷はクスリと笑った。
「もちろん。僕たちはチームなんですから。手伝いますよ」
「あ……ぜ、ぜひ、お願いしたいです……! でも、来週までしか、時間が無いので……」
「わかってますって。来週の頭までに見つけて調整すれば、間に合います」
「あ、ああありがとうございます……!」
感謝感激だ。
多智花は、この川谷という男を今まで心の中で軽蔑していたことを恥じた。
やたらと学歴やら腕時計やらスーツやら革靴やらを、さりげなく自慢してくるだけの男ではなかったのだ。時折感じる視線が妙にいやらしかったのも、自分のバストサイズや尻周りが基準よりもいささか大きいせいであって、男子であれば仕方のないことだったのだ。川谷さまさまである。本当に。
「代わりと言っては、何なんですけど……僕も伝手に無理を言う形になると思うので、ちょっと頼みごとを聞いてもらっても構いませんかね?」
「は、はい! なんでも言ってください!」
「よかった。それじゃあ明日の夜、空けておいてくださいよ」
「……夜? えっと?」
「かまととぶるなよ、多智花」
瞬間、多智花は周囲の気温が2度ほど下がるような錯覚を覚えた。
「そういうことですよ、わかるでしょ?」
「……え、えっと?」
「大体な。あんたがどうしてウチのチームに配属されたのかも謎すぎるんだよ。道庁の使えない下っ端が、偶然居合わせたからって重要プロジェクトに組み込まれやがって」
川谷が冷たい視線で睨みつけてくる。
多智花はまた、喉が締め付けられるような感覚を覚えた。
「アンタがヘマしたら誰が責任を取ると思う? この件の実質的な責任者は、管理課々長でも室長でもなく、僕なんですよ。そのためにこのクソ田舎まで出向してるんですよ。わかってますよね?」
「え……ぁ、は、はい……」
「だから、使えないアンタのためにひと肌脱いであげようってんですよ。ペア冒険者の一人も見つけられないで、よくもまあ給料貰ってられますよね? だからアンタも、ひと肌脱いでくれって言ってんだよ」
そう言いながら、川谷はニヤついた笑みを浮かべた。口角がクイと吊り上がり、頬に皺が寄る。高価なメンズコスメでも覆い隠せない、クレンジングオイルでも洗い流せない醜悪な何かがそこに浮かんでいた。
「………………」
多智花が押し黙っていると、川谷はスッと爽やかな笑顔に戻る。
「なーんてね。冗談ですよ、冗談。マジにしないでくださいね」コツコツと革底の靴を踏み鳴らし、川谷が去っていく。「あっ、でもマジでシてくれるなら相談乗りますよ。その気があったらLainに連絡くださいねー」
多智花は込み上げるような吐き気を感じた。
同時に、過呼吸の前兆も。
◆◆◆◆◆◆
市役所の個室トイレにて、多智花は必死でスマホを弄っている。
くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。
通販サイトでモバイル録音機を注文。あの男、絶対にセクハラ、というか訴える。
絶対に社会的に殺してやる。
くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ。くそっ!
でも、どうする?
ペア冒険者を見つけるのは絶望的。
危機管理対策室には居られない。
対策室どころか、大守市役所にすら居られないかもしれない。
道庁から出向してきて、少なくとも2年は平和に過ごせると思ってたのに。道庁の上司に散々虐められて鬱気味になって、この田舎の平和な役所まで、せっかく異動させてもらったのに。急にオオモリ・ダンジョンなんていうわけのわからない物が出来て、元配属が道庁だったばかりになまじ人事序列が高くて、急遽新設されたダンジョン管理課に急遽で異動になって、そのまま国の新施策の実働要員になって、政治家の思いつきとしか思えない滅茶苦茶なダンジョンの新事業を回すことになって……。
「はぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあっ」
巨大なため息をつきながら、多智花は便座に腰かけて丸まった。
どうしよう。一体どうする?
減るもんじゃないしの精神? 言うは易しの最たるもの。
でも、どうしようもない。
「もうマジ無理………………ん」
ふと目に入ったスマホの画面。それは道庁のダンジョン探索申請履歴にアクセスされている。その申請履歴の一番上に、ちょうど新規の申し込みが更新されていた。
タップして確認してみる。
『水樹了介』。
その冒険者は、そういう名前だった。
【WEB版からの変更点②】
書籍2巻のプロローグにあたる、多智花真木視点の追加章でした。
書籍2巻の刊行にあたり、多智花が担当編集Yさんの心に謎に引っかかったらしく、『多智花もっと出そうぜ』との要請により視点ごと追加されました。
(編集Yさんから頂いた改稿案の半分くらいが『多智花もっと出そう(意訳)』でした。)
またWEB版では多智花の性格について上手く描写しきれなかった部分があったため、2巻を通じて一番描写が強化されたキャラとなりましたね!




